02

「いらっしゃいませ」

あれから数日、○○は今日も喫茶店で仕事をしていた。

カウンター席とテーブル席が数個ある店内はさほど広くはない。
メニューは軽食とスイーツ系が多い。
マスターの淹れるコーヒーがかなり評判が良く、女性のみならず男性客も獲得していた。

○○は準正社員の様な地位だった。
バイトから入り、もう何年も働いている。
大学生いっぱいで辞め、就職したが、就職した先の社長が酷いワンマンで、○○はぼろ雑巾の様に扱われ、満足な給料を貰えずにいた。

久し振りに訪れたこの喫茶店でマスターに「良かったらうちでもう一度働かないか?」と声をかけてもらい、今ではコーヒーの淹れ方を学びながら通信教育で調理師や栄養士などの勉強をしている。

将来の夢は自分の店を持つ事。

そう語る○○の横には穏やかにそれを聞くマルコの姿はなくなった。

そして、何故その様な夢があるのに金が貯まらないのかは……







「○○さぁん」

馴れ馴れしい猫なで声で話しかけて来るのはバイトの女の子。

「また、お金貸してください」

語尾にハートマークを付けてやって来た。
彼女は浪費癖が激しく、将来の夢の為に金を貯めていた○○の噂を聞き付け、金を借りまくっていた。

「…………あのね、もうお金ないよ」

○○は深くため息をついた。

「何言ってるんですか!お金持ちの彼氏がいるじゃないですかぁ」

バイトはクスクスと綺麗にセットした髪を揺らした。
下品でない香水の香りが鼻を撫でる。
しかし、香りを楽しむコーヒーの店には不釣り合いであった。
何度か注意したが「はぁい」と言うだけで聞き入れない。
仕事態度は悪くないのでマスターも○○も何も言えずにいた。

「…………関係ないでしょ?」

「あっれー?」

○○の不機嫌さを感じ取った彼女が下からクスリと○○を見上げた。

「なーんだ、○○さん振られちゃったんですかぁ?可哀想ー!」

キャハと笑う彼女は一応残念そうに眉を下げた。

「…………それよりお金返してくださいね」

○○は小さくため息をついた。

「はぁい!○○さんの元彼ってお金持ちなんですよね?!」

彼女はクスリと思い付いた様に笑った。

「私!狙っちゃおう!」

彼女は嬉しそうに笑うとその場を去っていった。

「…………はぁ」

○○はもう何度目か解らないため息をついた。

○○はマルコの存在を他の誰にも言っていなかった。
何故金持ちの彼氏がいるとバレたかと言うと、マルコから貰ったアクセサリーをつけていたからだ。
彼女がそれを目敏く見付け、良く見ると石は本物の有名ブランドだったからだ。

○○はそれが煩わしくていつしかそのアクセサリーを着けるのも止めてしまった。








「これは、マルコさん。いらっしゃいませ」

マスターがマルコを出迎えた。

「珈琲」

「かしこまりました」

マスターはいつものテーブル席に座ったマルコに頭を下げコーヒー豆をミルで挽始めた。

マルコは入り口から持ってきた新聞を広げた。
○○を振ったマルコだが、ここのコーヒーと別れるのは忍びなかった様だ。

「マスター、今日はこれで」

帰る支度を整えた○○が店の奥からひょこりと現れた。
マルコは意識的に新聞で顔を隠した。

「あぁ、お疲れ様」

マスターはにこりと笑った。

「あれ、○○ちゃん!もう帰るの?」

常連のお客さんがマルコの隣の席から声をかける。

「はい、帰って勉強します。試験が近いから」

○○は困った様に笑った。

「そっか!将来は店持つって言ってたもんね」

一緒にコーヒーを飲んでいた常連客さんが笑顔で言った。

「え、えぇ。そうしたいと思ってます」

○○は頷いた。

「あーあ、この店からいなくなったらつまんないなー、ぼく」

もう一人がにかにかと笑った。

「じゃあ、来てくださいね」

○○が楽しそうに笑うと「それでは失礼します」と店から出て行った。

「今日の○○ちゃん元気なかったなぁ」

「そうだなぁ。そう言えばさ、あの子また道聞かれてたよ」

「凄いね、いつもだな」

「そうそう、だから行った事ない駅でも詳しいって」

「しかも、解らない所は携帯で調べてんだってさ、この前見たよ!」

「律儀だよなー」

ケラケラと笑い始める3人。

「コーヒーお待たせいたしました」

マスターがマルコのテーブルにコーヒーとケーキを置く。

「頼んでないよい」

マルコは不思議そうにテーブルの上を見る。

「新作なんです。甘い物が苦手な方に食べて頂いて感想を頂いております」

物腰柔らかくマスターは笑った。

「…………」

マルコはケーキに手を付けた。

「ん、旨いよい」

「ありがとうございます」

マルコの言葉にマスターは笑顔で頷いた。

「これ、○○ちゃんが作ったんですよ。誰か大切な人に渡したかったらしいのですが、もう叶わないそうです」

「…………そうかい」

マスターは残念そうに言葉を並べ、マルコは静かに頷いた。

「そう言えばさマスター。○○ちゃんの金貸しどうなったの?」

常連客がマルコの席に立っていたマスターに聞く。

「…………本人は何も言ってないのですが、まだ返して貰ってない様ですね」

マスターは困った顔をした。

「金貸し?」

マルコは不思議そうにマスターを見上げる。

「前、すっごく○○ちゃんが落ち込んでたから聞いたんだよ」

「無理矢理な」

マスターに代わり話し出した常連客。

「そしたら、ある人に金を貸したが返って来なくて困ってる。ってさ。何でも、彼氏にデート代払わせてるのも辛いとか言ってたな」

常連客は難しい顔をした。

「彼氏に相談しろって言ったらさ、「迷惑がかかるから」って、かー!泣けるな!おい!!」

常連客は泣く真似をする。

「……誰にタカられてんだい?」

マルコは静かな声で聞いた。

「言ってくれないんだよ、どんなに脅しても」

「割らなかったよな」

「誰なんだろうな?」

常連客3人は口々にため息をついた。

「ご馳走さん」

マルコはコーヒーとケーキを食べ干すと立ち上がる。

「ありがとうございました」

丁度金を受け取るとマスターは柔らかく頭を下げた。

マルコは足速に店から出ていった。

「ふぃー!疲れた」

「お疲れさん!この大根役者!」

「いや、演技下手過ぎてバレるかと思ったよ」

常連客3人は汗をふきながらホッと息をついた。

「みなさん、お疲れ様でした」

マスターはにこりと笑った。

「いやいや、全部○○ちゃんの為だから!」

「幸せになって欲しいだろ!」

「後は彼氏さん次第だな」

店に残った4人はマルコが出て行ったドアを見つめた。

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