01
「今日は久し振りにマルコとデート!」
○○は早る気持ちを抑えつつ待ち合わせの居酒屋へと足を進めた。
マルコはとある会社でかなりの地位にいるらしく、金持ちだった。
そんな彼と付き合っているのは偶然で、○○の勤める店の客だった。
割りの良い職場でにこにこと人当たりの良い笑顔で接客をしていた○○とマルコはお互いに惹かれ合って付き合い出したのだ。
○○には自分の責任ではあるが貯金と言う物がほとんどなく、デートの時の支払いは殆どがマルコだった。
それに申し訳ないと思いつつも○○はマルコに見事に依存していた。
少し照明を落とした店内でもマルコの特徴的なヘアスタイルを見付けるのは容易な事であった。
「お待たせ!マルコ!ごめんね?」
○○は困った顔で笑った。
「ずいぶんと遅かったじゃねェかよい」
マルコは不機嫌でも上機嫌でもなく声を出した。
「うん、何かおばちゃん軍団に道聞かれてさ」
○○は「参っちゃうよねー」と笑った。
「ヘェー」
「あ!信じてないな!これ、履歴」
○○が携帯を取り出して証拠を見せようとする。
「毎度、毎度良くそう嘘の証拠を出して来るねェ」
マルコは呆れた顔で酒を煽った。
「へ?」
○○は驚きながらも胸にズキンと嫌な痛みが走った。
「まァ、良いよい」
マルコはコツンとグラスをテーブルに置いた。
○○はきっとこれから嫌な事が始まると解った。
「悪ィが、お前の他に好きな奴が出来た」
「っ……そ、そう……」
マルコの無表情な声に○○はマルコから視線を外した。
「お前より小さくて、お前よりしっかりしてて、お前より守ってあげたくなる」
「あの」
マルコの言葉をこれ以上聞いていられなくなり○○は立ち上がった。
「解った。うん。マルコ……さんの家にある私の物は捨てて良いよ。返さなくて良い。マルコさんの物は郵便物で送る」
○○はその場から逃げたいが為に早口に捲し立てた。
「○○」
「あ、うん。鍵」
○○はそれを貰った日から肌身離さず大切に持っていた鍵を取り出した。
「ちょっと待って」
キーホルダーを外そうとしたが、指先が震えて上手く行かなかった。
「…………良いや、これ」
○○はこの場から離れたい一心で、鈴のキーホルダーごとテーブルに置いた。
本当は○○の祖母がくれて大切な物だった。
「あ、後今これしかないけど」
○○は財布から五千円札を取り出した。
それも一緒にテーブルに置く。
「あ、そっか、アドレス」
○○は震えるの手でマルコに見せながらマルコのアドレスを削除した。
「…………」
マルコは一連の動作を感情なく見ていた。
「じゃ、じゃあ、その、今までありがとうございました」
○○はマルコの顔を見れないまま頭を深く下げた。
「……あァ」
マルコがそれだけ言うのを確認すると店を飛び出した。
「あー……あ、振られちゃった」
○○は悲鳴を上げる心を無視して軽い調子で呟く。
「これからどうしよう」
○○はてくてくと歩きながら空っぽの財布と空っぽの預金通帳を思い出した。
「はぁ……」
○○は深くため息をついた。
「すみません!」
「はい?」
振り返ると知らない女がいた。
「駅ってどっちですか?」
「あー、地下鉄の駅ならすぐそこですよ」
「ありがとうございます!」
女はホッとした様な顔で○○が指差した方へと歩いて行った。
○○は不思議なほど道を聞かれる事が多かった。
どうやら、声をかけやすい部類に入る様だ。
「……家帰ったらマルコ……さんの物片付けなきゃ」
○○はとぼとぼとアパートへ向かった。
「えーっと、このジッポはいるだろうしー、携帯の充電器でしょ?それから、髭剃りもある。服、パジャマ。…………歯ブラシは捨てて良いよね?」
アパートに帰りつくとさっそく段ボールにマルコの荷物を積めていく。
意外に多いその量に少なからず驚いた。
「…………写真か……」
アルバムなどは無いが、テーマパークなどにあるカメラマンが撮ってくれる写真を良く買っていた。
「……送り付けても彼女さんが驚くから捨てるか」
ぱさりとごみ袋の中へそれを入れる。
だが、やはりそれを拾い上げた。
「…………いつか、懐かしくなったら捨てよう」
そのいくつかの写真だけは押し入れの奥にしまい込んだ。
「…………これは、捨てられないから捨ててもらおう」
○○は今まで貰ったアクセサリーのプレゼントは箱ごと段ボールに積めた。
「……ふぅ、綺麗になった……」
○○がため息をつくと、急に視界がブレ出した。
「っく、何泣いてんの!あんな人と付き合えた事事態贅沢だったのに!」
○○は大声を出して笑ったが、涙は後から後から出てきた。
ひとしきり泣いて、笑ってを繰り返すと、段ボールを持って夜中のコンビニへと向かい、マルコ宛へ荷物を送った。
気付けない私後戻りなんて出来ない
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[mokuji]
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