大事な用と遅れる理由
ーーカララーン
「いらっしゃいませ。あ!マルコ!」
○○が自分の店で働いているとマルコが入って来た。
「どうぞ!何にする?」
「珈琲」
「かしこまりました!」
店が変わってもいつもと変わらない2人の会話。
○○は特性のブレンド珈琲を淹れる。
店構えは前に勤めていた喫茶店と良く似ていた。
レコードはマスターからの開店祝い。
大きな花は常連客の男たちからの開店祝いだった。
新しく明るい店内は女性らしさが良く出ていて女性客を獲得し、マスター直伝のハヤシライスは安くて上手くボリュームもあり、働くサラリーマン達の強い味方になっていた。
ランチタイムも終わり、客足の途絶えた時間。
○○はマルコに珈琲を差し出した。
「こんな時間にどうしたの?仕事は大丈夫?」
○○は立ったままマルコに聞く。
「あァ。仕事は優秀な同僚に任せてきたよい」
ニヤリと笑うマルコの顔は実に楽しそうだった。
「…………サッチさん?」
「いや、ジョズ」
「ジョズさんも大変ね、仕事押し付けられて」
「ハヤシライス」
「はーい」
○○の呆れた声にマルコは注文で遮った。
おぼんに出来上がったハヤシライスとサラダを乗せてマルコの席にいく。
他に客はいない。
「お待たせいたしました。ハヤシライスです」
「○○は?」
「なにが?」
マルコの声に不思議そうに聞き返す。
「昼飯食ったかよい」
「ううん。今食べようとしてたところ」
○○は首を振った。
「なら、食うか?一緒に」
「あー、でもお客さまが来たら……」
○○はマルコの提案に乗りたいが困った顔をする。
「大丈夫だろうよい」
マルコは時計を確認した。
○○はネックレスをいじると頷いた。
「この店大丈夫かよい」
サンドイッチを持って現れた○○にマルコが店内を見回した。
「大丈夫よ!おやつ頃にまた混むから。心配なら宣伝して?」
○○はクスクスと笑ってサンドイッチを頬張った。
「俺が宣伝なんかしたらゴロツキの溜まり場になっちまうだろうがよい」
マルコは無表情のままハヤシライスを口に運ぶ。
「っ……そっか!」
ふふふと楽しそうに笑う○○にマルコも表情を緩めた。
「そうだ。明日時間取れるかい?」
マルコはサラダのトマトにフォークを突き刺した。
「明日?何時?」
○○は水を飲む。
「夜。8時くらいだねい」
「うん、大丈夫。早目にお店閉めるから。でも、何で?」
○○はにこりと笑ってから聞いた。
「…………オヤジに会わせる。遅刻はするなよい」
マルコはニヤリと笑った。
「…………お、オヤジって……」
○○はごくりと喉を鳴らした。
「白ひげの組長って奴だねえ」
マルコが頷いた。
「…………」
「…………嫌かい?」
驚く○○にマルコは表情を引っ込めた。
「いや、あの、一々部下が結婚するからって組長が出てくるの?」
○○は驚いたまま聞く。
どうやら○○はマルコが白ひげの幹部。いや、実質上ナンバー2と言う事を知らない様だ。
それにピンッと来たマルコが軽く笑った。
「オヤジは情に深い男だからよい」
マルコは残ったハヤシライスを食べ干した。
「…………解った!ちゃんとした格好で行く!」
○○は気合いを入れるように頷いた。
「…………頼むから着物とかで来るなよない」
マルコはその気合いに苦笑した。
「あれ?ダメ?極妻!」
「…………ダメだよい」
マルコは可笑しそうに笑った。
そして次の日、早目に店を閉めると、お気に入りのワンピーススーツに身を包み店を出た。
「今日は誰にも道を聞かれませんように!」
遅れたら命が危ない。何たって相手は世界で4本の指に入る極道の男。頂点に一番近い男と称されるのだ。
○○は駅へと足早に向かった。
「すみません」
電車から降り、駅の改札を抜け、言われた場所に行くための道を探す。
そうしているといつもの様に声をかけられた。
「は……い」
初めに目に入ったのは美しい美女。そして特注の車椅子に乗る大きな老人。
「この場所を探しているの。ご存知ないかしら?」
恐ろしいほどの色気を醸し出しながら美女が○○に印刷した紙を見せる。
「…………っはっ!えっと……」
あまりの美しさと恐ろしいほどの大きさに○○は一瞬記憶を失いかける。
(何だろう?あのおじいさん威圧的だ!)
○○が冷や汗を滴ながら紙を見るとそこは○○の向かう場所だった。
「あ、あっちですね。あの角を曲がって」
○○は丁寧に説明する。
「ふふ、ありがとう」
美女はにこりと笑った。
「グララララ!すまねぇな!お嬢ちゃん」
豪快に笑う老人に○○はギョッとした。
「お、おじょ?いいえ、では」
○○は今しがた説明した道を足早に進んだ。
チラリと後ろを振り返ると美女が老人の車椅子を懸命に押していた。
「え?」
角を曲がるとそこは工事中だった。
歩いている人間は通れるが、車椅子は到底通れない狭さ。
「……」
○○はチラリと腕時計を見る。約束の時間まで10分。このまま行けば間に合うが、老人達はここに来たらまた戻って別の道を探すしかない。
「……こ、ここで行かなきゃ私の命が……」
○○は一瞬迷いながらもすぐに思い返した。
「すみません!あっちに行くには車椅子だとどこを通れば?」
「あぁ!すみません!ここは通れないですね!一度戻っていただいて」
○○は工事の誘導人に話を聞き、そのまま来た道を急ぎ出した。
「あら?さっきの」
再びの○○の出現に美女は不思議そうにする。
「すみません!さっき教えた道なんですが、工事中で。こっちからだと車椅子でも行けるそうです」
○○は息を整えながら言う。
「え?それを言いにわざわざ?」
美女は心底驚いた顔をする。
「えぇ。宜しければ私も手伝います!結構凸凹とした道らしいので」
○○はにこりと笑った。
「嬢ちゃん、さっきは焦っていたみてェだが、時間は良いのかい?」
老人は車椅子から笑った。
「えぇ!これくらいの遅刻を嫌がるくらいなら、こっちから願い下げです!」
○○は困った顔で笑った。
「グララララ!姉ちゃん気に入った!」
老人はやはり豪快に笑った。
「っ!着いた!」
「っとに、助かったわ!ありがとう!」
まさかの急な坂に○○も美女も息が切れていた。
そして、ようやく店に着いた。
店は純和風の高級料亭だった。
「オヤジ!!……○○?」
マルコの声に驚いて前を向くと店の前にはマルコがいた。
手に持つ携帯用灰皿は溢れていた。
「あ、マルコ。遅れてごめん……」
ゼイゼイと肩で息をした○○。
「グララララ!!マルコ!良い女捕まえたな」
老人はニヤリと笑った。
「…………え?」
○○は顔面蒼白になった。
「グララララ!!」
奥の離れに通された。
豪快に笑う老人ーー白ひげ組の組長、エドワード・ニューゲートその人だった。
「ふふ、マルコ隊長も人が悪いわ」
クスリと笑う白ひげの隣に座った美女は白ひげお抱えの看護婦さんらしい。
「確かにな!マルコ!何故早く教えなかったんだアホンダラ!!」
白ひげはニヤリと笑った。
「……○○は堅気の女だ。軽々しい覚悟で手は出してねェが、やっぱりよい……」
マルコは表情を隠した顔で声を出す。
「グララララ!!そう、照れるな」
「なっ!!!」
マルコの慌てる表情に白ひげはまたもや豪快に笑った。
○○は珍しいマルコの表情を思わず凝視した。
「組長、そんなに飲んだらお身体に触りますわ」
美女がにこりと微笑む。
「グララララ!!こんなめでてェ席に飲まずにいられるかァ!!」
白ひげは実に楽しそうだった。
「しかし、珍しいねい。オヤジが駅から車椅子だなんてよい。それに歩けるだろい?」
マルコは咳払いをして続けた。
「なーに!そこまでは車で来たさ!ただな、マルコの女がどんな奴かと思ってな」
ニヤリと白ひげは○○を見て笑った。
(ひぃぃぃ!!わ、私何か変な事言ったかな?言った?だ、大丈夫なはず!!)
○○は無言のまま心臓が爆発しそうだった。
「『これくらいの遅刻を嫌がるくらいなら、こっちから願い下げです!』だったか?」
白ひげはニヤリと笑った。
「す、すみませんんん!!!」
○○は半泣きで頭を下げた。
「グララララ!面白いな!」
「オヤジ、あんまり苛めないでやって欲しいねい」
マルコは呆れながらため息をついた。
大事な用と遅れる理由「で?祝言はいつにする?」
「気が早ェよい。まだ婚約もしてねェよい」
「グララララ!早い方が良い!孫の顔見るまで死ねねェなァ!」
「ふふ、組長頑張りましょうね」
(マルコってもしかして幹部?!)
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