05

「○○さん、本当に大丈夫ですか?」

同僚のイルカに心配されているのは万年事務中忍で万年金欠の○○だ。

「もちろん!大丈夫ですよ!」

○○は笑顔で答えた。





自分の気持ちに気付いた時には時すでに遅く、○○はやはり運がない様だ。




「はぁ、告白も努力もする前に失恋ってか、嫌われてたって我ながら悲し過ぎる結末よね」

○○はため息をつきながらとぼとぼと帰路を歩いた。

この1ヶ月まともに食事も手に付かず、大好きな料理もしていない。
食べる気がしないとは初めての経験である。

食べる事と料理をする事が何より好きな○○にとっては非常事態であった。

「まぁ、良いか。お金は貯まるしね」

○○には借金がある。
それは、親が残したお店の物で、形見でもあるので売る事も出来ない。
そこで店を開けば良いのだが、忍として生きて行くと決めたのでそれも出来ないのだ。

「後2年だもんね。頑張って働かなきゃ!」

○○は気合いを入れた。

「あ、あれ?」

突然足の力が抜け、その場に座り込んだ。

「……力が入らないや」

○○は苦笑した。

「ふぅ、情けないなぁ」

○○はその場でごろりと横になる。

人気のない森は気持ちの良い風が吹き抜ける。

「……今日はご飯作って食べよう。これじゃあ動けないや」

○○は目を閉じ冷蔵庫の中身を思い出しながら今日のメニューを考える。

「野菜スープと、ご飯炊いて」

「煮魚とか?」

「じゃあ、魚買って帰らな…………」

○○は突然聞こえた声に驚いて目を開けた。

「何やってんの?」

「テンゾウさん」

目の前にはテンゾウが不思議そうに立っていた。

「あ、いえ、疲れて寝てました」

○○は身を起こした。
何とか足に力を入れて立ち上がる。

それでも少しふらついた。

「万年事務中忍が?」

テンゾウは腕組みをして無表情に言う。

「ごめんなさい」

○○は思いきり頭を下げた。

「私、ダメで馬鹿な忍だからテンゾウさんが何で気分を害したか解らないの」

○○は頭を下げたまま早口で捲し立てた。

「どうせダントツのドベだし、落ちこぼれだし、どうせモテないですし」

○○はどんどん小声になって行く。

「だから、私が悪かったなら謝ります。だから、その、本当にすみませんでした」

○○は頭を下げたままテンゾウの返事を待つ。

「…………○○ちゃんは何も悪く無いよ」

「へ?」

テンゾウがポツリと呟く声に○○は顔をあげた。

「悪かったのはボクの方だ。ただちょっとしっと」

「じゃ、じゃあ、私を嫌いな訳じゃ?」

○○はテンゾウの言葉を遮る様に恐る恐る声を出した。

「そうだよ。嫌いなんかじゃない」

「良かった!」

テンゾウの言葉に○○は心底ホッとした声を出す。

「私、テンゾウさんに嫌われてるって思って、本当に」

○○は泣きそうになるのを抑えて声を出した。

「うん。だからボクの話を聞いて」

「良かった。本当に」

「○○ちゃんっと!」

ふらりと○○の体から力が抜け、テンゾウがそれを支えた。

「おい!って、寝てるし」

○○は安心しきった顔で寝息を立てていた。
どうやら食欲だけでなく、睡眠欲も削がれていたらしい。

「そんなに安心しきった顔しないでよ。ボクの話も最後まで聞いてっての」

テンゾウはガックリと項垂れる。

彼もまた、この1ヶ月○○の泣きそうな顔が頭から離れずにいたのだ。

「忍のボクが嫉妬とかまずいだろ?」

テンゾウが○○の寝顔に話しかける。

熟睡してしまった○○を抱き上げてテンゾウは地を蹴った。









「ん…………ん?」

○○は目を覚ました。

(ここ、どこ?)

久し振りにまとめて睡眠を取ったせいか、頭がやけにはっきりとしていた。

「あれ?私……」

「あ、起きた?」

「っ?!」

○○の声に扉が開き、テンゾウが現れた。

「て、ててててててテンゾウさん?!」

慌てて手櫛で髪を整えながらテンゾウを見上げる。

「言っとくけど、何もしてないよ」

テンゾウがやれやれと扉に体を預けた。

「あ、うん。すみません」

○○はぺこりと謝ってから辺りを見回した。
寝ているベッドはテンゾウの物らしい。

「だから、何もしてないって。ボクは君をそこに寝かせてからこの部屋には入ってない」

顔を赤くする○○にテンゾウがもう一度声を出す。

「わ、わかってる!」

○○は照れ隠しに叫ぶとベッドから抜け出した。

「それでさ、ボクのベッド貸したんだから、お礼は朝飯ね」

テンゾウがキッチンを指差した。

「す、すみません!お借りしました」

「うん」

テンゾウは短く答える。

「何か好きな物はありますか?」

「…………クルミ?」

「…………嫌いな物は?」

「油っぽいモノかな」

「わかった」

○○は簡易キッチンの置かれた場所へ行き、冷蔵庫を開けた。

「卵にウィンナーか。パンとか無いからホットケーキかな?」

○○はなるべく手早く朝食を作り上げた。





「ねぇ、もしかしてお金が無かったの?」

「は?」

食事をしながらテンゾウが唐突に質問をして来た。

「あの日、結局お昼誰とも食べなかったんでしょ?」

テンゾウはあの日の昼休憩に○○を監視していたのだ。
任務はその次の日からだった。

「…………実は」

○○はテンゾウに親が死んだ事、忍を目指した訳、借金がある事、金欠な事を正直に話した。

「…………と、言う事で」

○○は情けなくなりながらポツリポツリと説明を終えた。

「……じゃあ、ボクのせいじゃないか」

テンゾウは軽く頭を抱えた。

「…………」

○○は何と言って良いか解らずに頷いた。

「じゃあさ、こうしよう。○○ちゃんはこれまで通りボクに弁当を作ってよ。それをボクが買い取る」

「え?」

テンゾウの思いがけない提案に○○が驚いて顔を上げた。

「ちゃんと材料費は別で出すよ。作った物が余ったらそれは○○ちゃんが食べて良い」

実質今までと変わらないで○○には金が入って来る仕組みだ。

「お手軽なバイトだろ?」

「……そこまでして貰うのは……悪いよ」

○○は申し訳無い気持ちになる。

「そんな事ないよ。○○ちゃんは店を出せるレベルの腕前だと思うよ?」

テンゾウがにこりと柔らかく笑った。

「あ、ありがとう」

○○はストレートに褒められて悪い気はしなかった。

「ね?ボクも○○ちゃんもまともなモン食べられて一石二鳥だろ?」

「……でも」

「ボク、稼ぎ良いし」

「…………」

○○は少し悔しそうにする。

「そう言えばテンゾウさんって何者なの?あまり里では見かけないよね?」

「まぁね。暗部だから」

「あん…………あぁ!!」

○○は突然声を上げた。

「なに?」

「テンゾウって、まさか“木遁のテンゾウ”?!」

震える指でテンゾウを指差した。

「…………今さら」

「っ!!!」

木の葉の里の中でも勇名なその名を口にして○○は一人驚いていた。






きみとぼくの距離5



勇名暗部と金欠中忍



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