偽りの関係3
それから数日は今までの事が夢だったかの様に穏やかな何も無い時間が過ぎた。
「□□さん、これ頼めるか?」
「はい」
シャンクス部長の頼み事もにこりと笑顔で引き受ける。
別れ始めの頃は辛くて泣きそうになり、何度トイレに駆け込んだか解らない。
それでも大人の私も伊達に失恋などしていない。
だが、浮気だか不倫だかだ。誰にも愚痴れずに辛かった。
吹っ切れたと言っても過言ではない。
と、言いたい所だが、私の携帯電話のアドレス帳にはまだシャンクス部長のプライベートナンバーが入っていた。
我ながら女々しい。消そうと何度思っても消せない。
あの夢のような穏やかで刺激的な時間を証明するのは最早このアドレスしかないのだ。
別れたのに本当に女々しい。
「はぁ……」
「どうした?」
私のため息にシャンクス部長が反応する。
「いえ、何でもありません」
お前のせいだ!と叫んでやりたいが、私も彼もこの職を逃したくは無いだろう。
私はシャンクス部長に背を向けて自分のデスクに座った。
翌日、出勤すると掲示板に人だかりが出来ていた。
「おはよー、どうしたの?」
「「「っ!!!」」」
私が声をかけるとそこにいた全員がびくりと体を震わせた。
「え?な、なに?」
私は不思議に思いながら掲示板を覗き込む。
「っ!!な、なに、これ?」
そこには私の目線は黒いマジックで消されているが、明らかに私だと解る女とシャンクス部長がラブホテルから出て来ている写真だった。
普段はそんな所使わないのに。
あの日はたまたまだったのに。
別れてからこんな写真が出回るなんて。
私の頭は大パニックを起こしていた。
「おう、おはよう。どうした?」
シャンクス部長が出社してきた様だ。
今まで掲示板にいた人だかりはサーっと消えた。
「□□さん?」
呼び掛けられ私はギギギと錆び付いた様に不自然に振り返った。
不思議そうにしていたシャンクス部長だったが、掲示板に貼られた写真に目が行くと、少し驚いた顔をした。
「あー、バレたな」
シャンクス部長はそれだけ言うと写真を外し、何事も無かった様に自分のデスクに座った。
私はまだパニックを起こしたままで、取り合えず席に座った。
修羅場とか待ち構えているのだろうか?
私は不安でその日に何をしたか覚えていない。
ただ、シャンクス部長が憎らしいほどにいつもと同じだった事だけは覚えている。
私は次の日仕事を休んだ。
仕事から帰り家に行き着いた時、堪えていた涙が止めどなく流れ落ちた。
好きになってはいけない人を好きになり、その人と別れてから会社にバレる。
そして、浮気相手だと私を皆は白い目で見た。
辛かった。
普段の私はあからさまに冷たい視線を受けた事の無い、悪い事などあまりした事の無い人間だ。
シャンクス部長の様に、何があっても自分を崩さずに保てる人間の方が圧倒的に少ない。
シャンクス部長からはもちろん連絡はない。
私は誰にも頼れない、愚痴れない、助けを呼べない状況に参っていた。
私は生まれて初めてずる休みと言うものしてしまった。
健康だけが取り柄で、高校も皆勤賞だったのにだ。
私はその日一日を家から一歩も出ずに過ごした。
電話はならず、誰からも心配されず。
辛い一日を過ごしたのだ。
このまま退職しようかと本気で考えた。
しかし、次の日シャンクス部長よりも上の上司から呼び出しを食らった。
出来たら行きたくなかったが、仕方無い。
私は勝負スーツに着替えると会社へと向かった。
自分自身で終止符を打つために。