09

○○の体に這い寄る大きな手。

「フッフッフッ」

「っ!な、何で……?」

○○に跨がる様にして見下ろすのは別れたはずの元夫。

「そんな簡単に俺から逃げられると思ったのかい?○○チャン」

フッフッフッと楽しそうに笑う。

その顔にぞくりと嫌な汗を流し、必死に逃げようとする。

しかし、力の差は歴然で、すぐに両手を押さえ付けられる。

「い、嫌っ!!」

○○は目一杯元夫を睨み付ける。

「フッフッフッ。凄い嫌われようだな」

○○の動きを易々と封じ、至極楽しそうに笑う元夫。



「ーーーーっっ!!!!!」

自分の声にならない悲鳴で目を覚ました。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

肩で息をする。全身が汗でぐっしょりと濡れている。

恐怖を感じる悪夢から目覚めても、触られていた箇所に嫌な感触が残っている気がした。

「っ!ふぅっ!」

後から後から涙が溢れる。
もう居ないと解っても、それでも恐怖は拭えない。

○○は両手が白くなるほどに強く握り締めた。

(大丈夫。大丈夫)

頭の中で何度も繰り返し、落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

時計を確認するとまだ午前3時。
起きるには早過ぎて迷惑な時間だ。

○○はそっとため息をついて、手を洗おうとベッドから出る。


ついでにトイレを済ませると、キッチンから音がした。

「……シャンクス……さん?」

「おっ○○。お前も何か飲むか?」

シャンクスは笑って水を飲む。

「あ、はい」

○○は差し出されたペットボトルを受け取る。

「じゃ、俺は寝るよ」

「はい、お休みなさい」

「………………ここには」

シャンクスはふと真面目な顔付きをした。

「お前が怖がるものはないよ」

「っ!!!」

じゃあな、とシャンクスは自室へ入って行った。

「…………ありがとうございます」

○○は心に暖かい物を感じながら声を出した。






それから朝までは先程の夢が嘘だった様に安眠ができた。

「良く、寝た」

○○は大きく伸びをすると、ベッドから出て、着替える。

洗面所で洗顔を終わらせ、軽く化粧もする。



「おはようございます」

リビングに行くと、珈琲を飲みながら新聞を読むシャンクスの姿。

「おう!良く眠れたか?」

「はい!……シャンクスさん」

「ん?」

「ありがとうございます」

普段の調子のシャンクスに○○は礼を言う。

「ん?何にだ?」

シャンクスは珈琲を口にしながら不思議そうに○○を目で追う。

「全部です」

「そうか?○○は本当に笑った顔の方が可愛いな」

シャンクスはにかりと笑った。

「……あ、ありがとう……ございます」

○○は照れながらも何とか礼を口にする。

「珈琲飲むか?」

シャンクスが新聞をローテーブルに置くと、立ち上がる。

「っ!私が入れます!」

○○はシャンクスに悪いと声を出す。

「夕飯は奥さんの役目。朝の珈琲は夫の役目」

シャンクスは○○を指差し、そして自分を指差した。

「あ、はい」

○○は慌てて頷いた。

「ブラック?」

「出来たら砂糖とミルクを」

シャンクスの問いに○○は恥ずかしそうに言う。

「了解!」

シャンクスはマグカップに珈琲を注ぎ、砂糖とミルクをたっぷりと入れる。

「ほい」

「ありがとうございます」

○○は受け取ると、一人用のソファーに腰かける。
シャンクスは三人がけのソファーに戻り、新聞を読み始める。


○○はこの何でもない様な穏やかな時間を幸せと噛み締めていた。

(頑張ってシャンクスさんの役に立とう!せめて、この2年間は)

○○は甘いミルク珈琲を飲みながら決意を固めていた。

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