04
数日後、ベックマンは老婆が家から出た隙を狙って黎の家を訪れた。
「出来たか?」
ベックマンは黎に近付いた。
「はい」
黎はベックマンを見て顔を赤くして頷いた。
「こちらです」
黎はベックマンに箱を差し出した。
箱を開けてコップを取り出す。
持った瞬間にベックマンの手に馴染む不思議な手触りだった。
「良いな」
ベックマンは満足そうに頷いた。
「……ありがとうございます」
黎はベックマンの表情に嬉しそうに頭を下げた。
「……貴方の事を想って大切に作りました」
黎は小さな声で顔を赤くして喋りだした。
「誰かを想いながら仕事をするのはこれで最後です。領主様の所へ行ったら大量に作らされるだけですから」
黎は悲しそうに笑った。
「それだけでは無いぞ。領主の所へ行ったら女として辛い事もある」
「っ……」
ベックマンの言葉に黎の表情は沈み、そして頷いた。
「それを解っていて行くのか?」
ベックマンは容赦なく聞く。
「…………えぇ、こんな私を育ててくれた婆様の為です」
黎は消え入りそうな声を出した。
「それで良いのか?」
ベックマンは真剣な顔で聞く。
「……それしか、ないから」
黎は泣きそうになる顔で項垂れた。
「ならば、俺に拐われるか?」
「へ?」
ベックマンの言葉に黎は不思議そうに顔をあげた。
「俺はお前が欲しい。と思う」
「…………」
ベックマンの言葉に黎の顔がみるみる赤く染まっていった。
「照れる姿も良い」
ベックマンがニヤリと笑った。
「っ!っ……」
黎の口が半端に閉じたり開いたりした。
「わ、私は」
そして、意を決して口を開いた。
ーーバタン
急に玄関の扉が乱暴に開いた。
「お、お帰りなさいませ」
黎は入ってきた老婆に頭を下げた。
「黎!喜びな!今から結婚式だ!」
老婆は上機嫌で笑った。
「え……」
黎の顔が不安に揺れた。
「……」
ベックマンが黎を抱き込もうとして、それより先に老婆と共に来た男たちに黎は連れて行かれた。
黎はベックマンを振り返りながらも、外に連れ出された。
「お前さん、コップを受け取ったのかい?代金寄越しな!」
下卑な笑みを浮かべて老婆はベックマンに手のひらを差し出した。
ベックマンは乱暴に金をばら蒔くと外へ出る。
強風荒れ狂う中、黎を乗せた馬車はもう見えなくなっていた。
綺麗な刺繍が施された高級感漂う美しい純白のドレスに身を包み、美しく化粧を施された黎は鏡に写る自分を他人のように見ていた。
諦めにも似た感情が彼女の心を支配していた。
「馬子にも衣装。良く言ったものね」
黎はポツリと呟いた。
幼い頃、両親を海賊に襲われ亡くし、親戚を転々とした。
皆優しかったのだが、何故か長く居られなかった。
そんな時に名乗りを挙げたのが老婆だった。
厳しい事を言うがそれでも住む場所、食い物には困らなかった。
「…………」
それでも黎が思い出すのは老婆でも領主でもなく、ベックマンと言う男だった。
本気か戯れ言かは分からないが、自分を拐うとまで言った男の顔を思い出した。
コップは我ながらこれ以上ない良い出来だった。
少しでも夢が見れて黎は小さな幸せを胸に抱いた。
物思いに耽っているとメイド入ってきた。
「黎様、お時間です」
黎は静かに立ち上がった。
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