02

「ただいま帰りました」

ドアが開き、風と共に女が入ってきた。
女を見たベックマンは驚いた。
昨日見たリンゴの女だったのだ。

「この、役立たず!買い物ひとつに一体何時間かかっているんだい!!」

老婆は女を厳しく叱咤した。

「…………申し訳ありません」

女は反論する事なく小さく謝罪しながら丁寧に頭を下げた。

「ったく、愚図でノロマだね!お前は!」

老婆は近くにあった雑巾を女に投げ付けた。

「……」

「早く買った物をしまっておいで!」

「……はい」

女は静かに奥へ引っ込んだ。

「ふん、まったく」

老婆は怒りながら鼻を鳴らした。

「そんなに怒る事かい?」

ベックマンは老婆に目を細めた。

「ああ言う愚図にはこれが一番さ。小さい時に親を海賊に殺されてね。親戚をたらい回しにされてたから、仕方なく引き取ったのさ」

老婆は「私は優しい」と笑った。

「器量は悪くない様に見えるが」

ベックマンは煙草に火をつけた。

「そうかい?私には良く分からないが手を出すんじゃないよ。来月頭に領主様の第7夫人になるんだからね!」

老婆は「あんな子でも貰ってくれる領主様は何て心が広いんだ」と笑った。
どうやら、仕度金をたんまり貰った様だ。

「……終わりました」

女が入ってきた。

「客だよ。私は少し出掛けるが、粗相は無いようにな!」

「……はい」

老婆が叱咤するとそのまま出て行った。

「…………」

女はちらりとベックマンを見て目をそらせた。

「コップをひとつ頼みたいんだが」

ベックマンは煙草を吹かした。

「…………はい」

女は小さく頷いた。

「どんなのが出来る?」

「お待ちください」

女は静かに言うと何個か見本を用意した。

「ふむ、これが良いな」

ベックマンはコップを見比べてからひとつを選ぶ。

「……かしこまりました」

女はベックマンにそっと近付くとコップを受け取る。
やはり顔が赤く、視線は合わない。

「名前は?」

「え?」

「名前。俺はベン・ベックマン」

ベックマンは自ら名前を名乗った。

「……黎と申します」

黎は小さく口を開いた。

「黎か、良い名だな」

「っ!!…………作業に入ります」

ベックマンの言葉に顔を真っ赤に染めてから何とかそう言った。


黎は粘土を良くコネ、手押しろくろを回し、あっという間にベックマンの所望したコップを形作った。


「見事な物だな」

ベックマンは感心して言う。

「…………あ、ありがとう、ございます」

黎は仕事を褒められ少し嬉しそうに笑った。

「笑った顔は良いな」

「え?」

ベックマンの言葉に黎が顔を上げる。

「っ!!」

ベックマンは黎の細い手首を掴んだ。

「あの婆さんが言った様な人間には見えんな」

ベックマンは黎を間近で見る。
黎の顔は「カーッ」と音が聞こえて来そうな程真っ赤になる。

「は、はなし」

「領主様と結婚?第7夫人なんてのになるのか?」

ベックマンは黎の言葉を無視する様に話し続ける。

「そんなもんになって幸せになれるのか?」

「っ!…………」

ベックマンの低い声に黎の体はびくりと跳ねる。

「なァ、俺と来てみるか?」

「っな」

「どうだ?」

ベックマンの言葉に初めて黎と視線が絡んだ。

「…………は、離して下さい」

黎の首までが赤く染まった。

「っや!」

その首を指の側面でなぞると黎は軽く暴れた。

「出来上がる頃にまた来る」

ベックマンはニヤリと笑うとあっさり引き上げた。


ーーバタン


ドアが閉まり黎が一人きりになるとずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

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