04

杏樹はモビーディック号を出ると町へと向かって歩き出した。

すると、遠くの方から誰かが歩いて来るのが見えた。

段々と近付いて来るのは酒場の女店主だ。

「あら、こんにちは」

女店主はにこりと妖艶に笑った。

「……」

杏樹は無視を決め込んだ。

「あら、怖い」

女店主がクスクスと笑った。

「あ、そうか。マルコさんが取られたんでご機嫌斜めなのね」

女店主の言葉に杏樹は振り返る。

「……」

「ふふ、ご馳走さま」

女店主はニヤリと官能的に笑った。

「……」

「とても情熱的な夜だったわ」

女店主がうっとりと言う。

「…………そう。良かったわね」

杏樹はくるりと踵を返した。

「あら、どこかへお出掛け?」

「……マルコ隊長の所へ」

「それは、マルコさんにご迷惑でなくて?」

クスクスと笑う女店主に再び振り返る。

「もうマルコさんは私のもの。貴女には会いたくないそうのよ」

「それをマルコ隊長に聞きに行くの」

「あら、なら私が教えて差し上げてよ?」

「私はマルコ隊長の口から出た言葉を信用する」

杏樹はニヤリと妖艶に笑った。

「例えそれが後悔する事でもね」

再びくるりと回ると杏樹は歩き出した。

「っの!クソアマ!!!」

女店主が豹変してナイフを片手に杏樹へと襲い掛かる。

「ふん!」

素早く鋭い刃を避け、脇で女店主の腕を挟み、そのまま蹴り倒す。

「っ!!」

「これでも元グランドライン海兵で、現海賊よ?」

女店主を腹這いにして倒し、その上に乗り、ナイフを持つ腕を思い切り踏みつけた。銃を手に触れさせる。

「…………ふふふ、はははははは!!!」

女店主が狂ったように笑い出した。

「貴女こそ舐めないでくださる!私はグランドラインで酒場を営む主人よ」

「っ!!!」

女店主の合図と共に、突然現れた男達によって羽交い締めにされる杏樹。
銃は落とされた。

「ふふ、良い気味」

女店主は服に付いた砂を叩き落とした。

「マルコさん程の海賊が何故貴女を選んだのかはわからないけど、私はマルコさんを頂くわ。貴女の代わりに」

ニヤリと笑いながら女店主は杏樹を顎を上に向けた。

「あんたがマルコ隊長に選ばれる訳ないじゃない」

杏樹は侮蔑を込めた笑みを浮かべる。

「貴女がこの島で浮気をして、ここに残るの。そこを私が慰める」

女店主は良いながらナイフで杏樹の服を切り刻む。

「こんな体でマルコさんを虜に出来るのなら、簡単だと思うけど?」

女店主がクスクスと笑いながら杏樹の胸を鷲掴みにする。

「…………」

「ねぇ?どんな風に取り入ったの?教えて」

女店主が官能的な仕種で杏樹の素肌を撫でた。

「貴女みたいな女の人に無理じゃない?なんか、臭いし」

杏樹は面倒臭そうに口を開く。

「っ!!」

「っ」

女店主が杏樹の顔を思い切り殴った。

「もう、良いわ。あんたらでその女を好きにしなさい」

女店主は鼻息荒く男達に命じた。

「へへへ!良いのか?」

男が舌舐めずりをして杏樹の肌を乱暴に撫でる。

「良いわよ!」

「そうかい、なら返してもらうよい」

「っ?!」

女店主が振り返ると、ぼぼぼぼと言う音と共に青い炎を身に纏ったマルコが怒りの表情を隠さずにいた。

「マルコ隊長……」

杏樹は殴られた頬を張らしながらマルコを見た。

「お前ェ、俺以外の男の前で肌晒すとは、良い度胸してるじゃねェかよい。後で覚えてやがれ」

マルコが杏樹を鋭い目付きで睨み付けた。

その視線に、マルコの青い炎に、杏樹の胸はドクリと高鳴った。

「ま、マルコさん!この人達が無理矢理私達を!」

女店主が辛そうな顔付きを作り、マルコに寄り添った。

「……」

「わ、私、怖くて」

女店主がマルコの腹を撫でる。

マルコは女店主をはたいた。

「テメェは後だ」

マルコは女店主を冷たい表情で睨み、地を蹴った。

「ふ、不死鳥マルコ!!」

「くそ!俺達はあの女に!」

男達は口々に言い訳をする。

ガツンと一人の男に蹴りを喰らわせた。

「どうでも良い。お前らが俺の女の肌を見た事を死ぬほど後悔させてやるよい」

マルコは無表情のまま男達を蹴り倒して行く。

意識が無くなる寸前まで追い込んでは他の男を、また追い込んでは他の男を。

あまりにも酷い光景に女店主の顔は見る見る内に青く染まって行った。






「で?テメェは何がしたいんだい?こんなもんまで用意して」

マルコは返り血を付けたまま女店主が座り込む足元に何かを投げた。

女店主は「ひぃっ!」と情けない悲鳴を挙げた。

「それは、海楼石の手錠?」

元海兵の杏樹はその扱いも訓練していた。

「あァ、俺達能力者に取っての天敵だねい」

マルコは無表情のまま、着ていたシャツを杏樹にかけた。

「それを?」

杏樹はマルコを見た。

「情けねェ話だが、昨日の酒には睡眠薬も仕込んでたんだよい。それで眠っちまったところを」

マルコは眉間にシワを寄せた。

「マルコ隊長はただの人どころか、抵抗すら出来ずにこの人に抱かれたと?」

杏樹は思い切りマルコを睨み付けた。

「いや……こいつが目の前で勝手にし始めたんだよい」

マルコは呆れた様に頭をかいた。

「…………」

「そんな目で見てもそれが事実だよい」

「……騙されてあげましょう」

必死なマルコに杏樹はクスリと笑った。

「テメェ」

「だって!!!」

マルコの言葉を遮り、女店主が泣き出した。

「だって!!!マルコさんが好きになったんだもの!!!無理矢理しても意味がないじゃない!!!なら、見られてする方が興奮するじゃない!!!」

女店主が杏樹を睨み付けた。

「あんたなんかただの女じゃない!美人でも体が良いわけでもなち!!!」

女店主が杏樹を指差した。

「お前ェ、この女の良さが解らねェとは、男を良く分かってねェな」

マルコは無表情に杏樹の腰を抱き寄せた。

「俺の女に手を出した事をあの世で恨むんだな」

マルコは片足を上げた。

「ひぃっ!!」

「マルコ隊長!」

杏樹は情けなく座り込む女店主の前に手を出した。

「何だよい」

マルコは不機嫌そうに杏樹を見る。

「この人はこれで十分よ」

杏樹はマルコを見つけた。

「何がだい?」

マルコは聞き返す。

「この人、本気でマルコ隊長が好きだったんでしょ?ならマルコ隊長に蹴られたなら、ただのご褒美じゃない。Mっぽいし」

杏樹はクスリと笑った。

「……」

「マルコ隊長が蹴る殺すほどの価値は無いわよ」

杏樹の笑みは海賊のそれだった。

「……俺はお前ェの教育を間違えたかねい」

マルコは呆れながら首の後ろに手をやる。

「ふふ、私も立派な海賊ですから」

杏樹はにこりと笑った。

「そうだねい」

マルコが頷いてから、すっと女店主の側に座り込んだ。

「ひぃっ!」

「お前ェ、ここで親父の恩恵受けて店を続けたきゃ、これ以上俺達を怒らすなよい」

地を這う様な低い声で脅され、女店主はただコクコクと頷くしか出来ずにいた。








「ハルタ隊長が?」

杏樹は驚きに目を見開いた。

「あァ、『付き合ってるか分からないとか言われて悔しくないの?』だとよい」

マルコは忌々しげに言葉を吐き出した。

「もしかして、今のハルタ隊長の真似?」

杏樹は声色を変えたマルコに驚いて声を出す。

「…………似てたろい?」

マルコは大真面目に声を出す。

「………ど、ドウテシヨウ?」

杏樹は顔を引き吊らせた。

「テメェ……」

「ふふ、マルコ隊長おかしい!」

杏樹は怒るマルコにクスクスと笑った。

マルコはおもむろに杏樹を抱き締めた。

「そんなに俺は信用ないのかよい」

抱かれているのでお互いの顔は見えずにいた。

「……そう言う訳じゃ無いですが、私だって言葉が欲しいです」

杏樹のふて腐れた様な声にマルコはフッと笑った。

「こんなに態度で示してんのに、まだ必要かい?」

「女は男より欲張りですから」

杏樹はわざと不機嫌そうに声を出す。

「そうかい」

マルコは杏樹と向き合う。

「杏樹、お前の事はこれから何があっても守ってやる」

マルコは真剣な顔をした。

「だから、俺について来い」

「50点」

「…………何が不満だい」

マルコは目を細めた。

「解ってる癖に」

杏樹はマルコに睨む。

「ハッ!俺に愛を囁けと?」

「それは、是非!」

杏樹は期待に満ちた目でマルコを見上げる。

「…………」

「キャッ!」

マルコは杏樹を押し倒した。

「愛してるよい」

「私も愛してます」

そのまま2人の影は重なった。








海賊の貴方へ









「マルコ隊長と杏樹、また一緒にいるわね」

「だから、マルコ隊長は杏樹に溺れきってるものね!」

「見てて楽しいよね」

「あら、ハルタ隊長」

「笑ってない杏樹に興味ないもん」

「ふふ、そうね」

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