04
顔を洗い、スーツはいつもよりシワのある格好で○○はベックマンのいるリビングへやって来た。
「あ、あの、ありがとうございました……」
いつもと違い少しおどおどとした声にベックマンは不思議そうに○○を見る。
「…………別人だな」
ベックマンの視線の先には化粧っ気のない顔を隠すように立っていた○○。
「あ、あまり見ないで下さい」
いつも会社で見る様に自信満々の彼女はどこにもいなかった。
会社での彼女は隙がなく、ベックマンも仕事以外の話をした事がなかった。
元々一般社員と副社長と言う役職の違いのせいか、会う事も稀だが。
だからだろうか、ベックマンは少し、ほんの少し興味を持ったのかもしれない。
「朝飯食ってくか?」
それは完全にベックマンの気まぐれと言って良かった。
彼女がイエスともノーとも言ってもさほど気にならない質問だった。
イエスと言われれば食わせるし、ノーと言われればそのまま帰すつもりでいた。
この時は。
「い、いえ、そこまでご迷惑は」
ーーぐーーーー
「……」
「……」
「……」
「…………はっはっはっ!!!」
あまりに見事な腹の音にベックマンは思わず大笑いをした。
「っ!!す、スミマセ!こ、これは!!」
○○は顔を真っ赤にして慌てて腹を押さえた。
「ククク、今用意する」
ベックマンは上機嫌でキッチンへと姿を消した。
○○は完全に帰るタイミングを失ってしまった。
「美味しい……」
○○はあまりの美味しい出汁の効いた味噌汁に驚いた。
「そうか?」
ベックマンはまだ残る笑い顔で言った。
結局、ノーと言った相手を半場無理やり留まらせていた。
「はい。私は料理が苦手なので尊敬します」
○○は自分を落ち着かせようと素直に言う。
「そうか」
「はい。きっと施設で育ったからあまり美味しい物を食べられなかったせいだと思います。それに、自分で作っても全然美味しくないので止めました」
「その言い方は誰か旨いのを作る奴が近くにいたからなのか?」
ベックマンは施設うんぬんを無視して後半部分の話題を拾う。
「…………そうなのかもしれません」
料理の得意だった彼女や彼氏を思い出した。
みんな自分には無いものを持っていた。
「俺は今の顔が好きだな」
「へ?」
ベックマンの言葉に○○は不思議そうにする。
「化粧をしてるのも良いが、素顔も良いと言う事だな」
ベックマンの言葉に自分が素っぴんである事実を思い出す。
「止めてください。コンプレックスなんです」
背が低いとかではない。
大きな目、少し丸い顔。
化粧を取ると年よりずいぶんと幼く見えてしまうのだ。
赤髪に入ってから舐められない様にと努力してきたのだ。
白髭は社員全員が家族のようであり、そんな心配は最初の数ヵ月だけだった。
「何故?」
「な、何故って」
「女は若く在ろうとするだろう?」
「あぁ」
○○は頷いた。
「全ての女の人がそうとは限らないって話です」
○○はクスクスと笑った。
「なるほどな」
ベックマンが静かに頷いた。
それからは内容など薄い話をした。
それでも何となく、ホッとする空気に包まれている事を感じていた。
「それでは失礼しました」
「あァ、頼むからもう酔ってトイレで寝るなよ」
「ねっ!!寝ません!」
「そうか?」
「……気を付けます」
「そうしてくれ」
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