19

「ほら、入れ」

連れて来られたのはマンションの一室。
そこは、昔一緒にいたサッチの部屋だった。

「お邪魔します」

○○はサッチに手を握られながら中へ入った。
玄関で靴を脱ぐとようやく掴まれていた手は解放された。

「何か飲むか?」

サッチが手を洗いに自慢のキッチンへと入る。

「んー、飲むのも良いけどお腹減った」

○○がいつも座っていたカウンター前の背の高い椅子に座った。
つい定位置に座ってしまう。

「お前、遠慮と言う」

「サッチが無理矢理連れてきたんじゃない。久し振りなんだから、ご自慢の手料理でもてなしてよ」

サッチの言葉を遮る様に挑発的に○○は言葉を発する。

「……わーったよ!何が食いたい?」

サッチが冷蔵庫をガチャリと開けた。

「美味しい物」

「分かった!待ってろ!」

サッチは適当に食材を選び出すと乱暴にドアを閉めた。

サッチご自慢の包丁は彼の見た目とは裏腹に丁寧に研ぐので良く切れた。

○○は前に
『自分で研がなくてもホームセンターとかで電動の奴ですぐ研いでくれるのあるじゃない?』
と、研ぐのに時間をかけるサッチに言った。
『手をかけて愛情持って研いだ方が良く切れるさ』
と笑って返された。

そんな事を思い出しては○○は懐かしく部屋を見渡した。

「皆、元気?この前少し会えたの」

○○は小さな声を出した。

「あ?あァ。マルコは相変わらずファンキーなおっさんだし?ジョズはデケェし?イゾウは毒舌だし?エースとハルタはうるせェし?ビスタは紳士だし?」

サッチは手早く進む料理の手を止めずに口を開いた。

「ビスタさんだけ誉め言葉」

○○はくすりと笑った。

「みんなお前を心配して」

「サッチも?」

「俺?」

トントンと動かしてた包丁を止め○○の方を見ると、目が合う。

「元気?」

「……あァ」

再び包丁を動かし始めた。

「……そっか、良かった」

○○もサッチから目線をはずした。









「ほら、食え」

サッチはカウンター越しに皿を○○の前に置いた。

「ん!頂きます」

「召し上がれ」

きちんと手を合わせて頂きますと言う様になったのは、サッチと出会ってからだ。

「どうだ?旨いか?」

サッチは○○の隣までやって来て椅子に座り、ニヤリと笑った。

「うん、美味しい」

○○は素直に笑った。

「そうか。残さず食えよ」

サッチはにかりと笑った。

「もちろん。サッチの数少ない長所だもんね」

○○はくすりと笑って頬張る。

「お前ね!俺は仕事も出来るし?優しいし?良い男だし?」

サッチは親指を立てて自分を指差した。

「あー、はいはい」

○○は適当に頷いた。

「だー!お前、相変わらずひねくれてんのな?拗ねて出てった癖によ」

サッチが不機嫌そうに言う。

「…………辛かったんだよ」

「あ?」

○○はポツリと呟く。

「サッチが他の綺麗な女の人と一緒にいるも、他の人の香りを付けて帰ってくるのも」

○○は食べる手を動かし続けた。

「……気持ちはお前にしか無かったよ」

サッチは小さく声を出した。

「……それが分かるのはエスパーくらいだよ」

○○は食事の手を止めた。

「……だよな、悪ィ」

サッチが俯く。
ずっと言いたかった事だった。
付き合っていた頃、浮気をしても笑顔で軽口を言って受け入れてくれる○○に甘えたのは自分だ。そのたびに二度としないと心に誓っても、綺麗な女性に「寂しい」と言われるとどうしても体を重ねてしまう。
○○が傷付いてると本当に理解したのは自分の前から彼女がいなくなってからだった。

根拠もなく自分達は大丈夫などと思っていたのだ。

「…………」

○○は食事を続けた。

○○は親の愛を知らないまま育ち、●●と言う友人とその家族に救われるが、それでもやはり一歩引いていた。
そんな彼女の心に無理矢理入ってきたのがサッチだった。
サッチの強引なアプローチに初めは侮蔑を込めていたが、いつしか心を開くようになった。
サッチだけが何よりも○○の事を知ろうとしてくれたからだ。

しかし、付き合ってからは関係に安心したかの様にサッチが浮気を繰り返し、結果○○はサッチから逃げたのだった。






カチャカチャと○○が食事をする音だけが部屋に響いた。


「ご馳走さま」

○○は手を合わせた。

「お粗末さま。茶でも淹れるか」

サッチが綺麗に無くなった皿を手に取り再びキッチンへと入る。

「……お前さ」

ポットに茶っ葉を入れて湯を注ぐ。

「なに?」

「ホテルって。ちゃんとあいつに優しくされてんのか?」

サッチが皿を洗ってから言う。
ポットから湯飲みに注ぎ、○○に差し出す。

「…………うん」

「何だよ、その間は。…………付き合ってるんだろ?」

サッチは眉間にシワを寄せた。
その事実を認めたくなかった。

「……んーどうなんだろう?」

○○は湯飲みに口を付ける。この湯飲みはここにいる時専用にしていたものだ。

「どうって……」

「ちゃんと告白をしてないし、されてない。付き合おうって口でも言ってないし、言われてない」

○○は事実を口にする。

「なんだよ!それ?お前遊ばれてんじゃねェの?」

サッチは口を荒げた。

「…………」

「おい!」

無言の○○にサッチがカウンターをダンッと叩く。

「そうじゃないと、思いたい」

「っ!!」

○○の言葉にサッチが怒る。

「お前な!自分を大事にしない奴と付き合うな!」

「サッチが言わないでよ!私は凄く傷付いたの!」

○○は立ち上がりサッチを睨み上げた。

「初めから信じなければ傷付かない!頼らなければ大丈夫!勝手に好きになって諦めてれば怖くない!なら、何の問題もないじゃない!」

○○はキッとサッチを睨む。

「……○○……」

サッチはショックを受ける。
確実に○○をこの様にしてしまったのは、他でもない。サッチ自身なのだ。

「…………なら、俺がお前を抱いても良いだろ」

サッチの顔から表情が消えた。

「嫌!離し」

サッチは○○を担ぎ上げて寝室へと向かった。

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