15

眩しさに目を覚ますと布団にはベックマン一人きりだった。

カーテンから漏れる明かりはまだそれほどなく、早い時間だと分かる。

ベックマンは煙草をくわえ、髪を無造作に結ぶ。

立ち上がり、浴衣を着ると部屋にいるはずの○○の姿を探す。

「……?」

どこからか微かに水の音が聞こえ、そちらに歩く。

足音を消しそちらに向かうと、昨日仲居が話していた露天風呂があった。

(そう言や、昨日は大浴場に行ったからな)

そっと覗くと○○が露天風呂に浸かっていた。

朝日に照らされて白い肌にひとつだけ付けたベックマンの痕が赤く目立った。

それを見て何かが満たされるのを感じた。

「っ!お、おはようございます」

露天風呂のドアが開き、驚いて○○が振り返る。

「あァ、おはよう」

ベックマンは身を隠そうと湯船に深く浸かった○○を目を細めて見た。

ベックマンは浴衣を脱ぎ出す。

「え?」

「俺も入ろう」

「っ!」

ざぱんと露天風呂に入ってくるベックマンから少しでも離れようとする○○。

「…………」

「……」

「……」

「…………ふっはははは!」

「っ?!」

突然笑い出したベックマンを驚いて振り返る。

「そう、緊張するな。別に取って喰ったりしねェ」

ベックマンは火のつかない煙草をくわえ直した。

「……そ、そうですか」

○○は無表情を作ろうとして失敗していた。

「悪かったな。ヤり過ぎたか?」

「……いえ、あれくらいなら」

○○はふるふると首を左右に振った。
元彼はそれこそ一晩中離してはくれなかった。

「タフだな」

ベックマンは小さく笑った。

「…………あの」

「なんだ?」

「…………いえ」

○○は側にあったタオルを引き寄せた。
それを体に巻き付けると湯船から上がろうと立ち上がる。

「な、なにか?」

出ようとして手を取られた。

「っ!」

ベックマンに手を引かれ、再び湯船に浸かる。
ベックマンが○○をタオル越しに後ろから抱き締める様な体勢だ。

「…………どうしたんですか?」

○○はドキドキと速くなる鼓動を落ち着かせようと呼吸をする。

「朝起きたら居ないんだ。これくらいは良いだろう」

ベックマンは胸の下を抱き締めた。

「……すみません。そのまま寝てしまったので……。良く寝てらしたので起こすのもどうかと思いまして」

○○は小さな声で説明した。

「そうだな」

ぎゅっと抱き締める腕に力を籠めた。

「……は、離してください」

○○が小さく抵抗をする。

「何故?」

ベックマンが事も無げに聞く。

「あ、あの。……のぼせちゃいそうで、辛い……」

○○がベックマンを見ようと後ろを怖々振り返る。

「…………そうだな」

ベックマンは思わず抱きたくなるのを押さえ、抱き締めていた腕を緩めた。

「先に失礼します」

濡れたバスタオルを体に巻き付けて○○は部屋の中へ入って行った。

「……俺も意外と若いな」

ベックマンはお湯を掌ですくい、顔を乱暴に洗った。

「……」

くわえていた煙草が濡れ、舌打ちをしながらそれを風呂の脇に置いた。

「動揺してるの……か」

自分自身の感情を不思議に思いながらベックマンは空を見上げた。









それから朝食を食べ、クリーニングされた服を着て、宿を出た。

ちなみに支払いはベックマンがカードで済ませてしまだので、○○には値段が分からなかった。




帰りの電車は特に会話が弾む事はなく、それが気まずいのではなく心地よかった。


自然と繋がれた手に○○は温かい気持ちと胸がきゅんと狭くなるのを感じた。





これが、恋なのだと遅まきながら気付いたのだった。

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