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「あらあら!いかがしました!」

ベックマンが見付けた高級旅館へ入ると仲居が驚いて2人を見た。

「足を滑らせて川に落ちてしまって、空いてる部屋はあるか?」

ベックマンが人の良さそうな笑みを懸命に浮かべた。

「それが、本日は団体のお客様が入ってまして。……離れなら空いておりますが」

仲居が申し訳なさそうに言う。

「空いているならそこで良い。まだ時間は早いが良いか?」

「はい、それはもちろん。あ、少々お待ちください」

仲居はすぐにバスタオルを持って来る。

時間も早いので他の客もおらず、2人は注目される事なく離れの豪華な部屋へ案内された。

「大浴場は後10分程で入れます。ここの離れには特別露天風呂がついていますので、ご自由にお入り下さい。浴衣はこちらに」

夕食の時間やその他もろもろを説明し、仲居は「服は洗濯もいたします」と言って出て行った。

「副社長、私先に行きます」

「俺も行こう」

2人は着替えを持つと大浴場へと向かった。

離れからは少し離れていたが、やはり誰ともすれ違わずに行けた。









「はぁー!生き返るー!」

温かいお湯に浸かり、冷えきった体は徐々に温まって行った。

「寒かったから、本当に良かった!幸せー!」

○○はうきうきと広い温泉を堪能した。

ここは地元でも有名な温泉宿だ。
高級でも有名で旅行雑誌の常連。
そんな場所の離れなど、一泊いくらするのか○○には見当もつかなかった。

「…………ま、まぁ、大会社の副社長だし。ここは任せよう」

○○は汗を滴ながらそう呟いた。

「わぁ!このシャープ良い香り」

○○はシャープやボディーソープ、洗顔も充実していてかなりご機嫌だった。

脱衣場にも角質落としや化粧水、乳液、クリームなども充実していた。

「明日朝起きたらお肌つるつるになるかな?」

○○は温泉を満喫していた。








「副社長?何してるんですか?」

やっと温泉から出て、浴衣を着こなした○○が脱衣所から休憩処へ行くと、ベックマンがお椀を持っていた。

「しじみ汁だそうだ」

「しじみ汁?」

○○は不思議そうにベックマンに近付く。
お椀の中にはしじみが入っていた。

「麦茶とかじゃないんですね」

○○は珍しそうにお椀を見た。

「……良いな」

「へ?」

「浴衣」

ベックマンの言葉に○○は顔を赤くする。
やはり、化粧を落とすとどうも上手く表情が隠せないでいた。

「あ、ありがとうございます。そ、その副社長もお似合いです。えっと、色っぽくて」

○○が何とか言い返そうとベックマンの浴衣姿を褒めたが、色気があり過ぎて直視出来ずにいた。

「そうか」

ベックマンは小さく笑った。

そんな会話をしていると、団体客らしい人の流れが大浴場へとやって来た。

「行くか」

「っ!は、い」

ベックマンが○○の肩を抱くと、自然な動作で離れへと足を進めた。

それから仲居に連絡をし、服を預けた。
「明朝までにクリーニングいたします」と言うと濡れた服を持ち去った。

(……そう言えばこれで服が帰って来るまでは副社長と2人で過ごさなきゃいけないのか)

今更ながらこの状況に少し緊張して来た○○であった。


「飲むか?」

ベックマンが急須を持っていた。

「あ!やります」

○○は慌ててベックマンへと手を伸ばす。

「…………大丈夫か?」

ベックマンが眉間にシワを寄せる。

「お茶くらい私だって」

○○は急須を受け取ると茶筒を開ける。

「…………えい」

少し考えてから急須に茶葉を大量に入れた。

「止めろ。俺がやる」

お湯をそそごうとしたところをベックマンが止めた。

「………………お願いします」

不服そうに○○はベックマンに急須と茶筒を渡した。

ベックマンはくわえた煙草を口の端に移動させ、急須に入った大量の茶葉を一度茶筒へと戻した。

それから茶筒の蓋へ適量茶葉を入れる。

お湯を直接湯飲み入れる。

急須へ茶葉を入れ、湯飲みのお湯を急須へと入れる。

少し急須を揺らし、時計回りに5回回し、テーブルに急須を置く。

それからやっとお茶として出たものを湯飲みへとそそいだ。
もちろん、最後の一滴までちゃんと注ぐ。

「…………へぇ」

○○は不思議そうにお茶を飲む。

「…………美味しい」

○○は驚いて呟いた。

「うん、良い茶葉だな」

ベックマンも満足そうに頷いた。

「お茶を入れるのも大変なんですね」

○○はふぅとため息をついた。

「面倒でもやるとやらないとでは味が違うからな」

ベックマンは煙草を灰皿に置き、お茶を飲む。

「…………ダメだ。私には出来ない。絶対結婚とか出来ないです」

○○はイタズラっぽく笑った。

「俺とか?」

「そうですね」

2人はくすくすと笑った。

「そいつは、残念だ」

○○はベックマンが吹かす煙草の煙を目でおった。

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