08
「大丈夫か?」
先程の場所から離れ、落ち着いてきたところでベックマンが声を出した。
「あ、スミマセン」
○○が慌ててベックマンに抱かれている手を退けようとするが、動かない。
それを意外に感じてベックマンを見上げる。
「離れるな。化粧落ちてるぞ」
ベックマンは○○を見ないままポツリと呟いた。
「っ!!うそ!?」
○○は慌てて目元を拭う。
有り得ない場所を拭った指先に黒いアイライナーが付いた。
「……うわ」
○○はどうしようと声を出す。
「仕方ない」
ベックマンが小さくため息をついた。
「え?」
「そのままで社長に会いにくいだろ?俺の部屋を貸してやる」
ベックマンが煙草を吹かした。
「いえ、それは……」
「面倒ごとは慣れてる」
○○の言葉にベックマンが小さく笑った。
「お、お願いします」
悪戯っ子の様な小さな笑顔に○○の心臓はどくんと鳴った。
(っ?!ないない!それはない)
○○は勝手に集まる頬の熱を否定した。
「厄介事に巻き込まれてな、少し遅れる」
『大丈夫か?』
「あァ、もう俺の部屋だ。こう言う事は誰かさんのせいで慣れてるからな」
ベックマンが煙草をくわえたまま笑う。
『お前が厄介事に首突っ込むのも珍しいな』
「誰かさんのが移ったな」
『チッ』
シャンクスが小さく舌打ちをした。
『まァ良い、了解だ』
電話の向こうでシャンクスが頷いた。
『しかし、お前が自分の部屋に女入れるの珍しいな』
明らかにからかっているのが解る声にベックマンは小さく笑った。
「俺は誰かと違って部屋は綺麗にしてるからな。いつ誰を入れても問題ないな」
ベックマンは煙草を吹かした。
『今は綺麗だろ!』
「●●がいるからな」
『くっ』
シャンクスの言葉が止まる。
『まァ、良い。とにかく待ってるからちゃんと連れて来いよ!』
「あァ」
『それと』
シャンクスは一度そこで言葉を切る。
『俺の奥さんの大切な友達だ。手ェ出すなよ?』
ニヤリと笑ったのが声だけで解った。
「……善処する」
ベックマンはそれだけ言うと携帯の通話を切った。
「お待たせしました」
タイミング良く○○がリビングに入ってきた。
先程までの頼りない感じとは違い、いつもの出来る女風にきりりとしていた。
「見事なものだな」
短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「ふふ、化粧は女の武器ですもの」
○○はクスリと笑った。
「その様だ」
ベックマンは立ち上がり上着を羽織る。
「さっきまでとは別人だな。特に纏う雰囲気が」
ベックマンは○○を近くでじっと見つめた。
「私にとっては化粧は仮面ですから」
「仮面?」
「えぇ。素顔は弱味が多くなります。信用していない人間に弱味は握られたくないもの」
にこりと完璧な笑みを見せる。
「……信用するのが怖いのか?」
「裏切られるのが嫌なだけ」
「なら、お前さんの素顔をもう2度も見てる俺はどうなんだろうな?」
ベックマンは○○の顎を指で上げた。
「……さぁ?」
○○は目を細めてにこりと妖艶な笑みを見せるだけ。
「…………お頭が待ってる、行くぞ」
ベックマンは○○から離れながら煙草をくわえた。
「おかしら?」
○○は不思議そうに首を傾けた。
「…………社長の事だ」
ベックマンは鍵を持ち上げながら言った。
「歩ける距離なんですか」
「すぐ近くだ」
「仲良しなんですね」
「止めろ、気色悪い」
「…………社長とは付き合い長いんですか?」
「そうだな。もう覚えていないくらいには」
「やっぱり仲良しさんなんですね」
「…………」
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