耐える事
「それがね、友達の旦那が浮気してるらしいのよ!」
そんな事を話始めたのは最近出来たいわゆるママ友と言う人だ。
安定期に入り、○○の住んでいる役所で企画されたマタニティ教室で知り合った妊婦の友達とランチをしようと言う事になり、近くのカフェで待ち合わせをした。
止めどなく出て来る話題に○○もそのママ友も楽しんでいた。
そこで出たのが冒頭の問題発言だ。
「浮気?」
「そう。友達は妊娠8ヶ月なのね。でも、最近旦那さんの帰りが遅いらしいの」
「帰りが遅い……」
そう言えば必ず電話はくれるが、シャンクスも最近帰りが遅いのだ。
「それにね、『体鍛えるためにジョギングする』って夜出掛けるんだって!」
「夜、出掛ける……」
そう言えば最近のシャンクスは○○が寝静まった後に出掛けている様子がある。
「これは、怪しいわよね!」
ママ友は言いながらオレンジジュースを飲んだ。
「…………怪しい……」
○○は不安が胸の中で黒い渦になった。
「ただいまー……」
夜8時に帰宅してきたシャンクス。
「お疲れ様!」
「疲れた!」
どかりとソファーに腰を沈めた。
本当に疲れているのかぐったりとしている。
「あ、あのさ、シャンクス」
「飯」
「ん?」
「悪い。腹へった……」
シャンクスは○○の言葉を遮り声を出した。
「う、うん。すぐ支度するね!」
○○は慌ててキッチンへと姿を消した。
シャンクスはその後ろ姿を見送りながら、ぐしゃりと赤い髪を撫でた。
食事の支度を整え、ソファーを覗くとシャンクスがぐったりと目を閉じていた。
「シャンクス、大丈夫?ご飯出来たよ?っ!!」
○○が近付くと急に腕を引かれた。
気付くとシャンクスの背面には天井が広がっていた。
「しゃんく、ん!」
○○の言葉を飲み込む様に荒々しい口付けが降ってきた。
思わず目をギュッと閉じる。
シャンクスからは荒い呼吸が聞こえた。
まるで、余裕など無いようだ。
「っ痛っ!」
「っ!!悪ィ」
シャンクスを押し戻そうとする手を強い力で急に握られて、思わず声を出した。
その○○の声にシャンクスは焦った声を出して○○の上からどいた。
「シャンクス……」
「先、風呂入るよ」
シャンクスは○○に目を合わせないでフラフラと風呂場へ向かった。
○○は最近のシャンクスが解らなくなってきた。
前の様に難しい顔を時々するが、それは照れから来る物でもない。
時々聞こえる思い詰めた様な深いため息が聞こえるのだ。
「…………言ってくれなきゃわからないのに……」
○○は泣きそうになるのを懸命に堪えた。
最近はベッドで一緒に寝るのも、シャンクスは○○に背中を向けて眠るのだ。
○○はそれが悲しくて最初は背中にくっ付いていたが、それもしなくなり、2人の間には妙な隙間が出来ていた。
(このまま別れたいって言われたらどうしよう)
こんなにも近くにいるのに。
触れられる距離にいるのに触れることの出来ない愛しい夫。
○○の気持ちは離婚を決意した時と重なり、静かに涙を流した。
ーーカチャッ
玄関で聞こえた音に目を覚ました。
いつもあるはずの温もりはそこにはない。
「……うぅ」
○○は自分しかいないベッドの上で溢れ出す涙を止める方法がなかった。
「っ!!」
パチンと自分の両頬を両手で叩く。
「このまま離婚なんて嫌だ!」
○○は外に出てもおかしくないマタニティパシャマの上にカーディガンを羽織ると財布だけ持ち裸足にサンダルで外に飛び出した。
急いでエレベータに飛び乗ると、一階まで行く。
ちょうど、シャンクスの車が車庫から出て、角を曲がった。
「っ!!タクシー!」
○○は運良く来たタクシーを捕まえると、飛び乗る。
「今角を曲がった車を追って下さい!」
一度言ってみたい台詞を言うと○○を乗せたタクシーは走り出した。
シャンクスの車は郊外へ向かっている様だ。
(……どこまで行くのかな?)
タクシーのメーターが気になるが、クレジットカードも持っていると自分に言い聞かせた。
「止まりましたね」
タクシーの運転手が言う。
「…………止めてください」
そこはあまりにも意外で○○を放心させた。
結局カードで支払いを済ませると、○○はその建物に足を踏み入れた。
ーーカキーン!
そこかしこで聞こえるのはバッドがボールをとらえる音。
「バッティングセンターって、こんな時間までやってるのね」
○○は昼間と代わらないその光景に目をぱちくりとさせた。
てくてくと歩くと、ひとつのブースに目を止めた。
「…………シャンクス……」
そこには110キロの球を必死に打つシャンクスの姿があった。
何かを振り払うようなフルスイングをしていた。
○○は壁にもたれかかってその様子をじっと見ていた。
「…………は?○○?」
ようやく終わったのか、少しスッキリとした顔付きでシャンクスがブースから出てきた。
「シャンク」
「何やってんだ!こんな薄着で!」
○○の言葉を遮りシャンクスが怒った様に声を出す。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねェだろうが!ほら」
シャンクスは今しがた汗を拭いたタオルを○○にかけた。
「…………臭い」
「悪かったな!」
シャンクスは口を尖らせた。
「いつからいたんだ?」
シャンクスは○○を促して歩き出す。
「えっと、30分くらい?」
「ほぼ、最初じゃねェか」
シャンクスは呆れた様に声を出す。
「どうした?あー、いや、何となくわかるけどよ」
シャンクスは決まり悪そうに頭をかいた。
駐車場に着くと、車に乗るように促す。
「どうした?乗れよ」
「良いの?」
「は?」
「私を乗せたら、このまま帰るんだよ?」
○○が下を向きながらポツリと呟いた。
「乗れ」
「……」
シャンクスの怒った様な声に○○は黙って助手席に乗り込んだ。
シャンクスはエンジンをかけ、車を走らせた。
「一応聞くが、どうした?」
「………………」
「俺が浮気してるとでも思ったのか?」
「…………うん」
○○の声にシャンクスは盛大にため息をついた。
「だって、最近夜遅いし、こんな時間にいなくなるし……」
○○はポツポツと話し出した。
「悪かったよ。書き置きのひとつでもすれば良かったな」
シャンクスはちらりと○○を見た。
「…………シャンクスは、私が嫌いになった?」
○○は泣きそうになるのを懸命に堪える。
「何でそうなる」
「だって!」
シャンクスの呆れた声に○○はがばりとシャンクスを見た。
「だって、最近全然話してないし、寝る時も背中向けるし…………」
○○の声はどんどん弱くなる。
「それで、俺がお前のこと嫌いになったって?」
シャンクスは自分の行いに嫌気がさした。
「だって!」
「何だよ」
「お、奥さんが妊娠すると、旦那さんは浮気するって」
「どこ情報だ?」
「い、色々」
○○は困った顔をする。
「正直に言うと今お前と一緒にいるのは辛い」
「っ!!!」
「勘違いするなよ?好き過ぎるからだ」
「?」
シャンクスの言葉は○○の理解を越えていた。
「簡単に言うとヤれないからだ。俺だって男だ。○○と一緒にいるとどうしても手を出したくなる。でも、お前は妊婦だ。ガキに万が一の事があったら、俺は自分を許せねェ」
シャンクスは真剣に言葉を紡いだ。
「俺が我慢すりゃ良いだけなんだけどよ。生憎と我慢って言葉が俺の辞書にはねェ。ベックにもよく言われるよ」
シャンクスは苦笑をした。
「妊婦になると性欲が無くなるのは聞いて知ってたからな。こればっかりは仕方ねェだろ」
シャンクスは自分に言い聞かせる様に言った。
「シャンクス……」
○○は申し訳なさに静かに涙を流した。
「止めてくれよ、その顔でも押し倒したくなるんだ。さっきだって止まらなくなりそうだったしな」
シャンクスはだっはっはっと笑った。
耐える事
「あのね、シャンクス」
「ん?」
「実は……」