倒す!

君が思うような人ではないかも、僕はしれなくてーー



○○はじっとカンベエを見ていた。
あのうら若き乙女はこの男のどこが気に入っているのだろう、と。

「……顔?」

「何だ?」

ポツリと呟いた声に耐えきれずにカンベエは○○に顔を向けた。

「あ、いえ。失礼しました」

そう言いながらも○○はカンベエの観察を続けていた。カンベエはため息を付くと再び瞑想に入るように目を閉じた。

「○○殿はカンベエ様が好きですか?」

ニヤニヤと笑いながら声を出したのはゴロベエだ。

「いいえ」

「おやおや、ご冗談を」

間髪入れずの否定の言葉にゴロベエは楽しそうに笑った。

「ただ、興味はあります。これだけの人間を短期間で惚れさせるのは、最早特技としか思えません」

○○はいたって真面目な表情でゴロベエを見た。

「なるほど、なるほど確かにカンベエ様は魅力的な方ですからね」

ニヤニヤと楽しそうな笑顔のままゴロベエもカンベエを見る。

「確かに、ゴロベエ殿もキララ君も皆さんカンベエ殿に惹かれてこの戦に参加している様なものですからね」

それまで見ているだけだったヘイハチもなるほどと声を出した。

「そう思いますよね!カンベエ様!何をしているんですか?まさか、妖術などの類いなのですか?」

○○は興味津々とカンベエに近付いた。

「まさか。……ただの侍だ」

カンベエは呆れたような顔をしながら目を開けて○○を見た。

「そうですか。…………あら?」

○○が残念そうに顔を伏せるとカンベエの様子が引っ掛かった。

「カンベエ様、肩を?」

○○が不思議そうにカンベエの肩に手を伸ばすとカンベエは軽く身を引く。

「気にするな」

カンベエは何でもない様に声を出した。

「気にします!カンベエ様の体調が万全で無くては困ります!」

キララちゃんの為にもと心の中で○○は付け加えた。

「……」

「少し揉みましょう!さあ!」

○○の迫力にカンベエがたじろぐ。

「まぁまぁ、カンベエ様。良いじゃないですか」

ゴロベエがそう声を出し、ヘイハチも一緒になってカンベエを○○に差し出した。

「どうですか?」

○○はカンベエの肩甲骨の辺りを強く押す。

「ん、なかなか」

「ありがとうございます」

カンベエの気持ちの良さそうな声に○○は満足そうに笑うと背中の方へと手を動かす。

「んー、カンベエ様。うつ伏せで寝てください。腰の、この辺りが少しこってます」

「…………あぁ」

○○に調子の悪い所を指摘され、カンベエは素直に背を向けて寝転んだ。

無言でカンベエの背中や腰、足まで揉みほぐす。

「……」

○○は何かを思い付いた様にカンベエの腰に跨がり、上体を前に倒しぺったりと胸をカンベエの背に付け、手を首に回した。

「島田カンベエ敗れたり」

○○は静かな声をカンベエの耳元で囁く。

「……おやおや」

「これはこれは」

驚くように目を開くゴロベエとヘイハチ。

「くく、あははは!」

突然カンベエは楽しそうな大きな笑い声を上げた。

「え?きゃっ!!!」

カンベエの様子に驚いた○○だったが、カンベエが上体を起こすので○○はそのままカンベエの背から転げ落ちた。

「貧弱な刺客だな。お前の様な細腕で何が出来る?」

カンベエは楽しそうに笑いながら○○を上から見た。

「……何だかとても悔しいです!!」

○○は子供のように頬を膨らまして怒った。

「あははは!残念でしたね!」

ヘイハチは楽しそうに腹を抱えて笑った。

「くく、なるほど。ならば○○。お前の細腕でもカンベエ様に勝てる方法を伝授しよう」

ゴロベエは楽しそうに膝を叩くと立ち上がり2人の近くにやって来る。

「侍を倒す事が可能なんですか?」

○○は嬉しそうに目を輝かせてゴロベエを見上げた。

「あぁ。この先必要になるかも知れんからな。どうですか?カンベエ様」

「……あぁ」

ゴロベエがカンベエに笑いかけた。

「それではカンベエ様。先程とは逆に仰向けで寝てください」

「……あぁ」

ゴロベエの言葉に仕方なくカンベエは頷いた。

「○○、カンベエ様に乗って。そう、もっとくっ付いて」

ゴロベエの思いの外真剣な表情に○○は頷いた。これで侍を倒す事が出来るのならばと、○○はゴロベエの指示に従った。

「うむ。良い出来だ」

ゴロベエが満足そうに頷くと「ただいま戻りました」と言う声と共に襖が開いた。

「か、かかかかかか!カンベエ様?!!!」

驚いた大きな声と共に真っ赤な顔でキララ達が帰って来た。

「き、キララちゃん!?」

キララの表情で理解した。そう、今正に○○はカンベエを押し倒している体勢なのだ。

「くっ!!!」

「きゃっ!!!」

カンベエは○○を自身に抱き寄せ、その場から起き上がった。背中には冷たい汗をかいた。

ひゅん、と言う一閃は余りにも速く、畳は綺麗に刀で斬り付けられていた。

「え?きゅ、キュウゾウ、さん?」

○○は驚いたままキュウゾウを見上げた。

「……」

キュウゾウの表情は無表情だが完璧に不機嫌な顔だった。

「御免」

「え?あ!ちょっと!キュウゾウさん!」

キュウゾウは刀を納めると○○を肩に担ぎ、そのまま部屋を出て行った。

「……こんなにうまくいくとは」

ゴロベエは驚いたままキュウゾウの出て行った方を見た。

「……ゴロベエ。まさかとは思うが……」

カンベエはゴロベエを睨んだ。

ゴロベエはキララ達が帰って来た事に気付いた。少し若者たちをからかおうと○○をカンベエにけしかけた。だが、本気でカンベエを殺しに来るキュウゾウに驚いた。

「カンベエ様!お怪我は?」

キララは心配そうにカンベエに駆け寄った。

「あぁ、大事ない」

カンベエはホッと息を吐き出した。






キュウゾウは人気のない物陰に○○を連れ出した所で、ようやく下ろした。

「キュウゾウさん?」

○○は目を合わせようとしないキュウゾウと目を合わせようと背を伸ばした。

「お前は」

「え?」

「………………」

「キュウゾウさん?あの!」

ようやく声を出したキュウゾウだったが、再び黙ってしまった。

「何をしていた?」

キュウゾウは体ごと○○の方を向くと声を出した。

「え?あ!そうなの!カンベエ様を倒そうと!」

○○はキュウゾウに少しでも近付こうと背伸びをした。

「カンベエ殿を?」

「そう!ゴロベエ様が侍の倒し方だと!」

○○は必死に理解して貰うと説明をした。



「……はぁ」

「……キュウゾウさん」

話を聞き終わり、キュウゾウは大きく呆れたように息を吐いた。

「そう簡単に騙されるな」

「……ごめんなさい」

キュウゾウの厳しい声色に○○は小さく項垂れた。

「……」

キュウゾウは○○の顎を掴むと目を強引に合わせた。

「○○が他の男と触れ合っていると自制が利かない」

「……ごめんなさい」

「……」

キュウゾウは無言のまま○○を抱き締めた。






「……おや、若者が」

「うわぁっ!」

シチロージの言葉にそちらを向いたリキチが驚きの声を上げた。

「おや?確かお前さん既婚者でしたよね?」

「だども!普通見ないべ!」

「ふふ、そうでげすね」

シチロージはくすりと苦笑してリキチをキュウゾウと○○の側から離れるように歩いた。




この思いのまま、選んだ事に何も悔いはないーー

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