89
「レオナ、今日悪いんだけど、先に上がって良いかな?」
時間はまだ夜の8時を回った頃だ。
酒場はまだ満席状態だが、○○はレオナに声をかけた。
「え?ああ、良いけど……。どうしたんだい?調子でも悪いのかい?」
レオナは心配そうに○○を見る。
「うん、少しだけダルいみたい。明日の仕込みも先にしたから、大丈夫かな?」
○○は元気なく笑った。
「それは良いけど……。フリック!」
レオナはテーブルでハンフリー達と飲んでいたフリックを呼ぶ。
「なんだ?」
フリックが立ち上がると近付いて来た。
「○○が……」
「あ、良いよ!大丈夫!フリック。私先に帰ってるから」
○○はフリックに笑って両手を振った。
「どうかしたのか?」
フリックは不思議そうに○○を見る。
「なんか、ダルいみたいだよ」
レオナは心配そうに声を出す。
「そうなのか?」
フリックに見られて○○は少し慌てる。
「大丈夫!大丈夫!寝たら治るから!じゃ、また明日!」
○○はフリックとレオナに背を向けて、酒場を後にした。
「……大丈夫かね?」
レオナは○○が去った方の扉を見る。
「…………」
フリックもじっと扉を見つめた。
「あ、そう言えばあの子、賄いも食べてない」
レオナは思い出した様に声を出した。
「何か消化の良い物でも作るわ。持って行ってやって」
「悪いな」
レオナの心遣いにフリックは感謝した。
○○が酒場を出て行ってから一時間ほど経った。
フリックはレオナが作ったお粥を手に部屋へ戻る。
鍵をあけ、ドアを開けた。
真っ暗な部屋の真ん中のテーブルにある蝋燭に灯りを点す。
「……○○?」
てっきり○○の部屋で寝ていると思っていたフリックは、自分のベッドに丸まるように眠る○○を見た。
どうやら深く眠っている様で、ぴくりとも動かない。
フリックは剣やマント、それに防具類を外して軽装になる。
ベッドの端に腰を下ろし、○○の頭を撫でる。
「伸びたな」
ポツリと呟くのは○○の髪の事。
傭兵の砦からほとんど無休で働いていた○○の髪はすっかり伸びていた。
もちろん傭兵の砦などには男だらけの為、美容師などと言う洒落た者はいない。
「……○○」
フリックは○○を小さく呼ぶ。少し動きはあるが、全く起きる気配はない。
○○は傭兵の砦から持ち出せたわずかな化粧品とヒルダから貰ったワンピース、フリックのプレゼントしたネックレスとシュシュくらいしかお洒落をする道具を持ってはいなかった。
他にもウェディングドレスと変装用の化粧品や香水は持っていたが共にタンスの中にしまい込まれていた。
「そう言えば、服を買ってやる約束だったよな」
フリックは○○を撫でながら思い出す。
「ん……」
小さく○○が声を出す。
起こしてしまったかと思ったが、少し体勢を変えただけで再び規則正しい寝息が聞こえてきた。
「○○」
呼んでみたが起きない。
「……お粥あるぞ?」
食べ物で吊ってみるが起きない。
「……」
フリックは苦笑すると○○にそっと口付ける。
反応が無い事を良い事に触れるだけの口付けを繰り返す。
「ん……ふりっく?」
○○は目を覚ます。
「気分はどうだ?お粥あるぞ?」
フリックは何事も無い様に○○を撫でた。
「…………フリック」
○○は両腕をフリックの首に巻き付ける。
「ん?」
フリックは一瞬驚いたが、柔らかく笑った。
○○は自分からフリックに口付ける。
「腹減ってないのか?眠気は?」
フリックが苦笑しながら大胆な行動に出た○○に聞く。
「……少し減ってるけど、眠気は覚めた」
○○は甘える様にフリックにすりよる。
「じゃあ食うか?」
フリックがチラリとテーブルにあるお粥の入った小さな鍋を見た。
「…………」
○○も一度それを見たが、不満げにフリックを見上げる。
「なんだよ、言いたい事があったら口で言えよ」
フリックはニヤリと笑うと○○の唇に指を這わす。
「……お粥食べる……」
○○はため息をつくとベッドから抜け出した。
「これ、フリックが?」
「まさか、レオナだよ」
○○はテーブルに座り、お粥を食べる。
「……美味しい。お腹減ってたんだね、私」
○○は戸惑った様に笑った。
「そうか」
フリックは自分のベッドに深く腰掛け壁にもたれ掛かった。
「…………聞かないの?」
○○はチラリとフリックを見る。
「なんだ、聞いて欲しいのか?」
「…………分かんない」
○○はお粥を食べ進める。
「そうか」
フリックは頷いた。
○○はお粥を食べ終わると水差しに手を伸ばす。が、掴めずに手を戻す。
○○は立ち上がるとフリックに近付いた。
「食べ終わったか?」
○○は靴を脱ぐとフリックの言葉を無視してフリックに口付ける。
「今日は甘ったれだな」
フリックは上に乗る○○に笑いかける。
「私だって、恋人に甘えたい時だってあるわよ」
○○が艶っぽく笑う。
フリックはその表情に襲いかかりそうになるのを堪える。
「そうだな。じゃあ、今日は○○の好きな様にすれば良いさ」
フリックの熱を帯びた青い瞳に○○はにっこりと笑った。
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