08

「な、なんか緊張して来た」

市庁舎の待合室でビクトールとフリック、そして○○が待っていた。

「大丈夫だって。アナベルは忙しい女だが、良い奴だぜ」

ビクトールはソファーに寛いでいる。

「ほら、一般市民はなかなかお偉いさんに会うチャンスなんて無いし!」

○○はそわそわしながら声を出した。

「まぁな。緊張して仕方がないんじゃないか?」

フリックは○○を肯定した。

「だ、だよね!」

○○は部屋を歩き回る。

「だからって少しは大人しく座ったらどうだ?」

ビクトールは呆れたようにソファーを叩いた。

「あ、うん。そうする」

○○はビクトールの隣にちょこんと腰をかけた。

「……」

「……」

「……」

「もー!」

○○は声を出した。

「落ち着け?な?」

ビクトールは苦笑しながら○○の頭をぽんぽんと叩いた。

「だってね、さっきから手がね!」

「うっわ!冷てっ!」

○○の差し出した手をビクトールが握ると、ひどく冷えていた。

「だから緊張してるの!」

○○は怒った様に声を出した。

「はいはい」

ビクトールは苦笑しながら返事をした。

「ね?緊張してるの!」

「分かった、分かった」

○○がフリックにも近付いて手を差し出すがフリックは呆れて返事をするだけ。

「冷たいの!」

「うわっ!」

イライラした○○がフリックの数少ない肌を露出している顔に手をつけた。

「冷たいな……」

顔を包み込まれたフリックは身動き出来ずに固まっていた。

「よし、いっちょ緊張ほぐしてやるぜ」

ビクトールがニヤリと笑うと○○の背後から近付いた。

「ほら、こちょこちょっと」

「うにゃ?!きゃっ!やっ!止めっ!あはははは!」

ビクトールが○○のわき腹をくすぐると○○は笑い始めた。

「ちょっ!やめっ!ふ、フリック!見てない、で、た、助け!」

涙を流し、顔を赤く染め、笑いを堪える##NAME##は必死にビクトールから逃げようとフリックにしがみつく。
それをフリックは呆然と見ていた。

「っ!お、おい、ビクトール止めろ」

「ほら、緊張ほぐれて来たろ?」

フリックは慌ててビクトールを止めようとするが、ビクトールは楽しそうにその手を止めない。

「も、い!や、やめ!あ、っ!」

○○はぎゅっと目を瞑り、フリックにしがみつき、くすぐったさから逃げようとする。
すでに体に力は入らないでいた。

「っ!おい!いい加減にしろ!」

フリックはようやく我に返り、○○の肩を抱き寄せビクトールから遠ざけるとビクトールに蹴りを入れた。

「うっ!痛ぇ!!」

ビクトールは蹴られたわき腹を抑えうずくまった。

「大丈夫か?○○?」

「う、うん」

真っ赤な顔に涙目で○○はフリックを見上げた。


ーーガチャリ


「おい!先程からうるさいぞ!」

若い男が入って来て、強い口調で声を出した。

「す、すみません……」

○○が今にも泣きそうな声で謝る。

「原因はそこの熊だ」

フリックは冷たくビクトールを親指で差す。

「なっ?!俺は緊張をほぐそうとだな!」

「相変わらず声の大きな男だね」

ドアから背の高い女が現れた。

「よう!アナベル!」

「相変わらずね、ビクトール」

ビクトールが床に座ったままで片手を上げる。

「アナベル……?え?市長さん?」

○○は不思議そうに女ーーアナベルを見た。

「えぇ。初めまして」

にっこりとアナベルは○○を見た。

「は、初めまして!ワタクシ傭兵の砦で調理師をさせていただいております、○○と申します」

○○は深々と頭を下げた。

「私はアナベル。宜しくね、○○」

アナベルは○○と握手をした。

「とりあえず市長室に来て」

アナベルは颯爽と部屋から出て行った。

「素敵な人ね」

「ほら、行くぞ」

○○の背中をフリックが押し、続けて市長室に向かった。




「あぁ、……そう……わかったわ」

アナベルはビクトールから資料を受け取ると、素早く目を通した。

「助かったわビクトール」

「なんのなんの」

アナベルの笑顔にビクトールは手を振り答える。

「引き続きあなた達はハイランドを警戒してて」

「了解だ、市長さん」

「宜しく、傭兵隊長さん」

アナベルとビクトールは少しふざけた様に笑った。

「ねぇ、フリック……あの2人って……」

「……さぁな」

○○とフリックはこそこそと話す。

「ほんじゃま、傭兵風情は退散するぜ」

「そう、また頼むわ」

「あぁ、任せておけって。ほら、行くぞ!」

ビクトールは○○とフリックを連れて市長室から出た。






「ねぇ、良かったの?あれだけで…」

市庁舎から出て、街中を歩きながら○○はビクトールに聞いた。

「あ?あぁ、書類を渡せば今日は終わりだ」

ビクトールは大きく伸びをした。

「……そうじゃなくて……」

○○はちらりと市庁舎を振り返った。

「なんだ?」

「……ビクトールが良いならいいけど……」

ビクトールは不思議そうに○○を見た。

「変なやつだな」

ビクトールは笑いながら○○の頭を撫でた。

「アナベルさんって、綺麗な人だったね」

「ん?そうだな」

○○がぽつりと呟きにビクトールが答える。

「あーあ、私も美人さんに産まれたかった」

○○は笑いながらそう呟いた。

「お前見てくれ悪くないんだから贅沢言うなよ」

「またまた、お世辞言っても何もないよ!」

「本当本当」

「そう、ありがとう」

ビクトールの言葉に軽く答える○○。

「冗談だと思ってるな?この目が信用できないのか?!」

「……」

「……」

「……」

「……ぷ」

「ビクトールのばかぁ!!」

ビクトールの笑い顔を見て○○はプリプリと怒った。

「おーい、○○、冗談だぞー」

「もー、ビクトールのご飯にはお肉入れてあげない!」

「いや!それは!悪かった!」

「……」

「許してくれ!な?あ、ちょっと待ってろ」

ビクトールはそう言うと裏路地へ消えて行く。




そして、数分後



「ほら!○○!」

「なに?」

ビクトールが差し出した紙袋を受け取り中身を覗く。

「うわぁ!クリームパン!しかもまだ熱々!」

○○は嬉しそうにクリームパンをひとつ取り出した。

「お、よく買えたな」

フリックが驚いたようにクリームパンを覗き込んだ。

「あぁ、ここのクリームパンは大人気でな、すぐに売れちまうんだ。昨日、無理言って予約したんだ」

ビクトールは頭をかいた。

「これで機嫌直してくれ、な?お前は魅力的な女だからな」

ビクトールは照れたように笑った。

「ありがとう、ビクトール。うん、許してあげるわ」

○○も少し照れたように笑ってクリームパンを一口食べた。

「うん!美味しい!」




ぶらぶらと観光をした3人は宿屋に帰り、帰り支度をして、街の門の前にいた。



「ほ、本当良いの?」

「おう!俺は一人で帰るから、お前らは先に行ってくれ」

フリックの乗ってきた馬で○○も一緒に帰る事になったのだ。

「なんか……ごめんね」

「良いって事よ。それより上手い飯頼むぜ」

「うん!」

○○はフリックの乗る馬の後ろ側に乗った。

「うわ……ちょっと怖いかも……」

「慣れれば大丈夫だ。それよりちゃんと腕回せ」

フリックに両手を引っ張られ、ガッシリとフリックに抱き付くように掴まった。

「あらー、フリックさんたら助平」

「言ってろ」

ビクトールの冗談を鼻で笑うフリック。

「ほんじゃま、気を付けて行けよ!」

「あぁ」

「ビクトールも!」

フリックは馬を操り走り出す。

「は、速っ!」

「あんまり喋るな!舌噛むぞ!」

「っ!」

フリックの楽しそうな声に○○は必死に口を閉じて、しがみついた。






その夜、○○は自分の部屋で物思いに更けていた。

久しぶりの遠出、ビクトールとの旅、ビクトールの過去、フリックとの朝の散歩、ミューズ市長アナベル、そして馬。


○○はネックレスを外してまじまじと見た。

「あれ?これって……」

猫のモチーフの飾りは首輪だと思っていた物が取り外し可能な事に気付いた。

「あ……これ指輪になってる」

軽くVの字になった指輪には透明な宝石が付いていた。

「これだけでも可愛いなぁ……でもちょっと小さい?」

○○は右手の人差し指から順に試した。

「人差し指……中指……薬指……小指なら入る」

しかし、小指にしか入らない上にブカブカ。

「なら……左手の……くすり……」

左手の薬指にはめると、計った様にピッタリとはまった。

「……ぐ、偶然なのに」

左手の薬指。偶然なのにピッタリとはまる。

○○は顔を真っ赤にしながら指輪を外し、元の猫に付けて首から下げた。

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