82
カチャカチャと食器を洗う音が台所に響く。
「なぁ、何か飲む物貰えるか?」
台所に入って来たのはフリックだ。
「あ、はい」
洗い物の手を止め、グレミオがグラスを食器棚から出す。
「アルコールが良いですか?」
「そうだな」
グレミオの言葉にフリックが頷いた。
「しかし、初めて会った時はまさかこの家で一緒に食事をするなんて夢にも思わなかったですね」
グレミオはワインの瓶を差し出しつつ口を開く。
「そうだな。片や貴族のぼんぼん。片や反乱軍の荒くれ者」
フリックはくすりと笑った。
「ふふ」
グレミオは笑い、天井を見た。
「長いですね」
「そうだな……」
○○と坊っちゃんが二階に上がってから、かれこれ2時間くらい経つ。
「ビクトールさんも、カスミさんもU主くんも宿の方へいらしたんですよね?フリックさんも先に行って良いですよ。○○さんの事なら責任持って預かります」
グレミオが真面目な顔で言う。
「いや……悪いが待たせてくれ」
フリックはワインに口をつけた。
「それは勿論構いませんよ。こちらが○○さんを借りてる訳ですし」
グレミオは洗い物を再開する。
フリックはグラスとワインを持って再びテーブルに座る。
「あの……」
洗い物を終えたグレミオがフリックの近くに座る。
パーンは寝室で、クレオは風呂場だ。
「ん?」
フリックが手酌でワインを飲んでいた。
「込み入った事をお伺いしますが、○○さんとは、そのお付き合いを?」
グレミオがフリックに聞いた。
「…………まぁな」
フリックは頷いた。
「そうですか……。その、ソールイーターには、オデッサさんも……」
グレミオは言いにくそうに口を開く。
「………………」
「あ!いえ!その」
無言のフリックにグレミオは慌てた。
「まぁ、大丈夫だろ」
フリックは無表情でワインを流し込んだ。
「ふふ、今頃2人で楽しくやってるんじゃないの?」
風呂上がりのクレオがニヤリと笑った。
「クレオさん?」
グレミオが不思議そうにクレオを見た。
「ぼっちゃんもお年頃だからね。さっき、部屋の前を通ったら、ぽそぽそと話声が聞こえたよ」
クレオは楽しそうに笑った。
「……」
「……」
グレミオはなんの事やら目をぱちくりとさせ、フリックは眉間にシワを寄せた。
「さて、私もそろそろ寝るわ。お休み」
クレオはさっさと寝室へと去って行った。
「………………○○に何かあったら、お前ら責任取れよ」
フリックは低い声で呻いた。
「ど、どうやってです?」
グレミオは恐る恐る聞いた。
「知るか!!」
「ひぃ!」
2時間前
「男の子の部屋でも、片付いてるのね。あ、久し振りの帰宅だから?」
○○はそう部屋を見て言った。
「それもあるけど、グレミオがすぐ片付けるんだ。だから、自分の部屋なのにどこに何があるか……」
坊っちゃんは恥ずかしそうに言った。
「お母さんみたいね」
○○はクスクスと笑った。
「僕もそう思う」
坊っちゃんもクスクスと楽しそうに笑った。
「さて、じゃあ、見てみようか?」
「あ、はい」
坊っちゃんと○○は椅子に座る。
坊っちゃんはグローブを外す。
「……包帯も」
○○は坊っちゃんの右手を見た。
「うん……」
坊っちゃんは苦笑しながら、包帯を取る。
「綺麗な紋章……」
○○が坊っちゃんの右手を見て、呟いた。
「…………ありがとう……」
坊っちゃんは驚いた顔をする。
「あ、私、紋章見る時は目を閉じるけど、気にしないでね」
「はい」
○○はソールイーターに手を触れ、目を閉じる。
坊っちゃんは緊張した面持ちで○○の様子をうかがう。
すると、突然○○がパタリと倒れた。
「っ!!○○さん!!」
坊っちゃんが焦った様に声を出す。
「お、起きて!起き……」
坊っちゃんが○○の肩を揺する。
「…………」
ゆっくりとした動作で○○が起き上がる。
「良かった!どうしたか……と……」
○○は威厳ある顔を優しくし、坊っちゃんの頭を撫でた。
「っ!!!」
薄暗い場所に○○はいた。
立っているのか、座っているのかも解らない感覚。
手を足を動かしても上手く行かない重い感覚がまとわりつく。
○○は見えにくい目を凝らし、見ると、人がたくさんいるようだ。
(あ、これはソールイーターの中……)
○○は不思議に思いながら働かない頭を動かそうとする。
流されると、体も心もここへ溶けてしまいそうだと思った。
(あ……あれは……)
○○は何となくその赤毛の女性に近付いた。
手であろう物を伸ばしてそれに触れる。
『マッシュ妹だ!お前の妹が産まれたぞ!!』
『お前もたくさん勉強するんだぞ』
『もう、ーーもこのイヤリングが似合う年頃だな』
『ーー、結婚しよう』
『最期に願いを叶えてやる』
『反逆者だ!!捕まえろ!!』
『解放軍……だと?』
『あんた、良い目だ!気に入った!』
『俺は君が心配なんだ!』
『この女性が解放軍リーダー』
『ぬすっと茶って……』
『何て事したんだ!!』
『俺がやろう……』
感情が、情景が流れ込んで来た。
[ 82/121 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]