65
グリンヒルの抜け道までなんとなたどり着いた。
「何度も、このおれの手をわずらわせおって。今度こそ。とっ捕まえて全員処刑場送りだ!!」
だが、ラウドは諦めずに追いかけて来る。
「シン!!!!」
テレーズは叫ぶ。
シンはただ一人ラウドに向かい、剣を抜いた。
「ご安心を、ここは通しません、お嬢さま」
シンはにこりと微笑んだ。
「っ!!いけません!!死んでは……」
テレーズはシンの笑顔に嫌な汗をかく。
「我が忠誠は、グリンヒルの市長のもとにあるのでもなくワイズメル家のもとにあるのでもなく、ただ、あなたのもとにのみあります。テレーズさま」
シンの微笑みはとても柔らかく、真剣だ。
「そんなことを言って……!!」
テレーズは嫌だと叫ぶ。
そんな中、○○は森の向こうにチラリと赤と黒の人影を見た。
「お嬢さんのことは任せときな。この剣の名にかけて、守ってみせる!!!」
フリックはテレーズを肩に担ぎ上げた。
「ありがたい……」
シンは真剣な表情で頷いた。
「じゃあ、私も」
○○はにこりとシンと並ぶ。
「っ!!○○!!」
フリックは怒鳴る。
「フリック!U主さまとテレーズさまを安全な所に!」
○○はわざと2人を様付けすると、震える手をフリックに振った。
「っ!!!行くぞ!U主!! 」
「え?あ、はい!」
U主が困った顔をするが、フリックの顔を見て素直に頷いた。
「お、おい!!逃げるぞ!! 早く追え!!!!!」
ラウドはそう部下に命じるが、シンが立ちはだかる。
「そうはいかぬ。 我が剣タランチュラとこの身に刻んだ技で、ここは通さぬ!!!!」
シンは強い口調でそう叫んだ。
「【復讐の大地】!」
○○はほぼ、発動時間無しでシンに魔法をかける。
「っ!速い!」
ラウドはそれに驚く。
「【土の守護神】!!」
そして、また魔法をシンにかける。
「助かる」
シンはチラリと○○を見る。
「シンさん!私は後ろから来る軍を引き受けます!なので、別れましょう!」
「承知した」
シンが頷くと、○○はフリック達とは逆の方へ走り出す。
○○がその場を去り、少しするとシードとクルガンがラウドに追い付いた。
「これは、ラウド殿。まんまと逃がしましたか」
クルガンは息も切らさず冷静に言う。
「まだ、これからだ!そいつを捕らえろ!!」
「「「はっ!」」」
ラウドの部下達はシンに襲いかかる。
「っはぁっ!」
シンはたった一太刀で兵達を怯みさせた。
「へぇ、面白いな」
シードは強い相手にニヤリと笑った。
「【火炎の矢】!!!」
遠くからの声と共に炎がハイランド兵達、ラウド、シード、クルガンを囲む。
札を使った○○はすでに森の中へ走り出していた。
「いたぜ!」
シードはシンから○○に興味を移すと走り出す。
「待て、シード!」
クルガンも仕方がないとシードの後を追った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
○○はなるべく他の者から離れる為に懸命に森の中を走る。
目を閉じて確認すると、U主とはだいぶ離れたようだ。
「はっ!っ!!!」
一瞬の隙を突いたのはクルガンであった。
「久し振りだな、○○。うむ、逃げ方も利にかなっている」
クルガンは軽々と○○の首を握り、高く持ち上げる。
喉が締め付けられる苦しさで、息もままならない。
彼の言う事は正しく、結果として、先に走り出したシードよりも、クルガンの方が先に○○を捕まえた。
「っ!!」
声が出ず、紋章も発動出来ない○○は恐怖と痛みに耐え、必死にクルガンを睨む。
「また紋章の発動時間が短くなったな。だが、どんなに短くとも、声が出なければ意味もない」
クルガンは○○を持つ手に力を入れた。
「………………」
もはや、脳に酸素も行かず、目の前が白くぼやけ始める。
「っ!!クルガン!!」
ーーガツン
と剣同士がぶつかる音が響き、クルガンは○○を落とした。
「げほっ!げほっ!」
○○は喉を押さえ、咳き込む。
酸素を必死に取り込もうと、すればするほど、苦しみが増す。
「おい、大丈夫か?」
シードは○○を覗き込むが、○○はシードの手を弾く。
「クルガン!これはどう言う事だ?!」
シードは○○の首筋にクルガンの手形が青黒く付いているのに気付いた。
「……分かるか?」
「はぁ?」
クルガンの言葉にシードはイライラと声を出す。
「分かるか?○○。この意味が」
クルガンは冷静に○○を見た。
○○はまだむせ続けるが、なんとかクルガンを睨みつける。
「シード、今お前は『味方』である俺に刃を向け、『敵』である○○を助けたんだ」
クルガンは静かに言った。
「分かるな?それほどまでにお前は厄介な存在だ」
クルガンは静かに○○を睨みつける。
「……」
○○は座っていた体を何とか起こし、立ち上がる。
「シード。何故○○がここにいるか分かるか?」
今度はシードに聞く。
「え?テレーズを助け出すんだろ?」
シードは不思議そうにクルガンを見る。
「それならば、コックである○○が来るわけがない」
クルガンはシードの意見を否定する。
「じゃあ、なんだよ?」
シードがクルガンに先を促す。
「お前に会うためだろ?」
「俺に?」
クルガンの言葉にシードは嬉しそうに驚いた。
「……喜ぶ事ではない。○○はU主を逃がすためにお前を止めに来た。言わば、囮だ」
クルガンが○○を見る。その視線を追うようにシードも○○を見た。
「囮……」
シードは呟きながら○○を見る。
「……」
○○は背中に冷や汗をかきながらも2人を真っ直ぐ見た。
「新しい軍師殿はなかなか酷い事をするな。シード、お前の純粋に○○を思う気持ちを利用されたのだ」
クルガンは静かに言った。
「っ!」
○○はクルガンの言葉に少し動揺する。
「現にお前は同盟軍リーダーのU主ではなく、ただのコックの○○を追った。軍人としては些か問題あり、だ」
クルガンは厳しい視線をシードに送る。
「……まぁ、そうだな」
シードは自分に呆れながらも頷いた。
「そこでだ、シード。もう一度確認するが、○○は何の為にここにいる?」
クルガンはチラリと○○を見る。
「はぁ?今、自分で言ったろ?俺からU主を逃がすためにだろ?」
シードが更に呆れながら言った。
「……○○はお前に何をされた?」
「っ!!」
「っ!」
クルガンの言葉にシードと○○は同時に傭兵の砦が落ちた夜を思い出す。
「シード、お前は○○に乱暴を働いている。その○○が普通、こんな役を引き受けるか?」
クルガンは冷たい目で○○を見る。
「……」
シードは静かに○○を見た。
「お前に会ったら、また無理矢理事をされる危険は高い。だが、○○はここにいる。よほど、U主への忠誠心が高いのか……それともこいつは、それだけの人間か、だ」
クルガンはゆっくりとシードの剣を引き抜く。
「例え、連れて帰ってもお前の物になる可能性は極めて低い。生かしておいても、この先何度お前に嫌な目に合ってもきっとまたやって来る。それはお互いに良い事などない」
クルガンはシードに静かに語りかける。
「ならば、お前の手で終らせるのも一つの方法だ」
クルガンはシードの手に剣を握らせる。
「……」
シードは剣を握ると○○をみつめた。
「…………なるほど、さすが知将」
○○は痛む喉を無視して、無理やり声を出す。
「……まだ」
○○は静かに目を閉じる。黒い剣と光輝く盾が近付いて見えた。
○○はゆっくりと目を開ける。まだ、時間稼ぎは必要のようだ。
「……」
シードがゆっくりと剣を握り○○に近付く。
「……」
○○はフリックとの約束、生きて帰る事が出来ない事に体が震えた。
「……」
シードは○○の間近で歩みを止める。
「……」
○○は覚悟を決めて目を閉じて下を向く。
剣を降り下ろされる時の衝撃を少しでも感じたくないと歯を食い縛った。
「っ!!」
だが、降ってきたのは剣の刃ではなく、シードの腕だった。
「先にお前を無理矢理抱こうとしたのは俺だ。何が純粋だ!不純じゃねーか!!」
シードは○○を抱き締めたまま怒鳴った。
「やれやれ、シード」
クルガンは呆れた様に息を吐いた。
しかし、始めから分かっていた様で、特に驚いてはいない。
「○○って言うんだろ?クルガンから聞いた」
シードの声に○○は混乱した頭で頷いた。
「なぁ、○○。俺は本気でお前の事が好きになっちまったんだ。なぁ、一体どうしたら良いんだ?!」
シードは切なそうな声を出した。
「……」
「お前は敵で、これも作戦なのは理解できた。だがな、それでも今、お前をこの手に抱けるだけで身体は喜んでるんだ」
シードは○○の肩に顔を埋める。
「っ!」
「なぁ、俺は本気なんだ……。もうお前を無理矢理抱こうとは思わねー。正直、今も抱きたいのは変わらないがな。それでも、俺はお前にこの気持ちが本物だと解って欲しいんだ」
シードはぎゅっと○○を抱く腕を強くする。
「………………私は」
シードのあまりにもストレートな言葉に○○の心は揺れる。
「ん?」
「私は、好きな人がいる」
○○はそう、きっぱりと声を出す。
やはり真っ先に浮かぶのはフリックの姿だった。
「………………それで?」
シードは真剣な表情で聞く。
「そ、それで?いや、だから、貴方の気持ちには答えられない」
○○は困惑しきった声を出す。
「大丈夫だ!俺、諦め悪いから、お前がそいつにフラれるまで待ってやる」
シードはニヤリと笑った。
「な、なんて不吉な!!」
○○は思わず素で突っ込む。
「あはは、俺はお前が好きだ」
シードは○○の顔を笑顔でみつめた。
「…………」
○○はあまりにもストレートなシードに胸をドキドキとさせる。
そして、それを素早く否定する。
「お前が俺の足止め役なら、素直に足止めされてやるよ」
シードはニヤリと笑うと○○の腰を撫でた。
「っ!む、無理矢理はしないんでしょ?」
○○は困った顔をする。
「あ?あぁ……まぁ、そうだな」
シードは眉間にシワを寄せる。
「なら、これだ」
「っ!!!」
シードはポケットから猫のネックレスを取り出す。
「これを返して欲しかったら、俺に抱かれるか?」
シードはニヤリと笑った。
「っ!!………………」
○○はフリックに初めて買って貰ったネックレスを見た。
「…………まぁ、とりあえず今日は良いか」
シードは笑いながらネックレスをしまい込む。
「お前は俺を好きになるぜ」
「っ!!!」
シードの自信に満ち溢れた顔に、○○はカッと頬に熱が集まるのを感じた。
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