05
「○○、カレーとシチューを大量に作れ」
フリックに突然そう言われ、訳の分からないままに、○○はカレーとシチューを大量に作った。
最近は少しずつ、ハイランドとの小競り合いが減ってきた。
休戦協定が結ばれる方向へ本格的に動き出したからだ。
「おーい、○○。いるか?」
コンコンとノックの音と共にビクトールの声がした。
「はい?」
一瞬自分が寝過ぎてしまったのかと思ったがそうではないらしい。
辺りはまだ暗い。
カチャリと鍵を外し、ドアを開けた。
「よう、○○!」
「おはようございます」
寝ぼけながらビクトールに挨拶をする。
「これからミューズに行くんだが、一緒に行くか?」
この傭兵の砦に来てから初めての外出へのお誘いだ。
「え?今から……ですか?」
「そうだ!」
「これから?」
「おう!朝一で出ないとな。遠いからな」
ビクトールはにこりと笑った。
「私も行って良いの?」
「だから呼びに来たんだよ」
「……き、着替える!」
バタンとドアを乱暴に閉めると、慌てて着替えと出掛ける準備に取りかかる。
「準備出来たら玄関に来いな!」
「はーい!」
とりあえず、動きやすい服装に着替え、髪をとかす。茶色い皮のリュックには化粧品と着替え、おサイフを詰め込んだ。
自室を出てから鍵をかけ、厨房へ向かう。
水筒に水を入れ、手早くサンドイッチを作った。
ビクトールが呼びに来て、30分の早業である。
「お、お待たせ!」
玄関に行くとビクトールが待っていた。
「おっ!早いな!」
ビクトールは笑って腰を上げた。
「でも、仕事じゃないの?私が行っても良いの?」
○○はビクトールを見上げた。
「あぁ。どうせ書類を渡すだけだしな!ここに来てから出てないだろ?たまには息抜きしなきゃな!」
「ビクトール、ありがとう!!」
○○はビクトールの優しさに感激した。
「でも、昨日言ってくれたらもっと早く準備出来たのに」
○○が不平と言うより、不思議そうに聞いた。
「フリックが言ったろ?カレーとシチュー」
「あ……いや、分かりにくい!」
「それに、お前さんのそう言う無防備な所を見たかったしな」
と、意地悪く言うとビクトールは○○の跳ねた髪を片手で直した。
「っ!!」
○○は顔を赤くして髪を撫で付けた。
「○○……顔赤いぞ大丈夫か?」
「あ!ううん!平気!おはよう、フリック!フリックも行くの?」
玄関の外にはフリックがいた。○○は誤魔化す様に早口になった。
「いや、隊長2人も留守にするのは不味いだろう」
「そっか」
「気を付けて行って来いな」
「うん、ありがとう」
フリックの優しい笑みに○○も笑顔で返す。
「まぁ、こいつの事は俺に任せて、お前は砦を頼むぜ」
「言われなくても……」
フリックは言いかけてはたと止まった。
「フリック?どうかしたの?」
フリックが不安げに○○を見る。
「……」
「え?本当にどうしたの?」
「いや……。悪い、考え過ぎだ」
フリックは苦笑しながら○○の頭をぽんぽんと叩いた。
「あぁ……そうか……。大丈夫だ!任せとけ」
ビクトールはフリックが考えた事に気が付き、真面目な顔をした。
「?フリック、行って来ます」
「あぁ、気を付けてな」
○○は不思議そうにした。
「行っちゃいましたねー」
「そうだな」
傭兵達が小さくなって行くビクトールと○○を目で追う。
「心配なら付いて行けば良かったんすよ!」
「……」
「知りませんよ!男と女2人っきりで旅に出すなんて」
「は?」
傭兵の言葉にフリックが間抜けな声を出す。
「いや……ビクトール隊長に限って」
「いやいや!分かんないぜ?あの○○ってじわじわ来る可愛さだから、ビクトール隊長もコロッと!」
「……」
「あり得そうだな……」
「だろ?!」
「さっきから黙ってますけど、良いんすか?!ビクトール隊長に○○取られちゃいますよ!」
次々と言葉をかける傭兵達。
「何を馬鹿な事ばかり言ってる!さっさと仕事につけ!!」
フリックが呆れた様な怒った様な言い方をした。
日もだいぶ上がった頃の事。
「ビクトール!トトの村だわ!」
「おーし!あそこで休憩とるか」
立て続けの戦闘にも、長距離の移動にも息ひとつ乱さずにビクトールは言った。
「よ、良かった!」
ヘロヘロと○○はトトの村まで必死に歩いた。
「しかし、良く頑張って歩いたな」
ビクトールは笑顔で○○の頭を撫でた。
「う、うん。頑張った。そうだ、ビクトール。サンドイッチ作って来たの!食べる?」
「あの短時間でか?凄いな。よし、飲み物買ってきてやるよ。今日は天気も良いからその辺で食おう」
ビクトールは驚き、嬉しそうに店に入って行った。
そして、水筒を二つぶら下げて帰って来た。
「はい!これどうぞ」
「お!上手そうだな」
ビクトールはサンドイッチを手に取り、パクリと大きな口を開けてかぶり付いた。
「上手い!」
「良かった」
○○は安心したように自分もサンドイッチにかぶり付いた。
「ところで、さっきのフリックは一体どうしちゃったの?ビクトールは何か気付いたみたいだったけど」
○○は疑問に感じていたことを口にした。
「あ……あー、その、あれだ」
ビクトールは言い難そうに口を開いた。
「つまりだ、オデッサが死んだ時とちょっと状況が似てたからだな」
「そ、そうだったんだ……」
聞いてしまって○○は少し困った顔をした。
「あぁ。フリックが解放軍の隠れ家に残って、オデッサと俺と坊っちゃん達が出て行った。時なんだ」
ビクトールは遠い日の事を思い出す様に目を細めた。
「そうだったんだ……。でも、それなら、フリックに心配して貰えたって事かな?私」
「そりゃそうだろう」
「そっか、なんか嬉しいね」
「?変な奴だな。仲間の心配は誰だってするだろう?」
「仲間!認めて貰えてたんだ!」
「当たり前だろう?○○は立派な俺達の仲間だぜ!」
「うん、そうだね!ありがとう!」
○○は照れたように嬉しそうに笑った。
「そうだ。さて、これ食ったら出掛けるぞ!」
「も、もう?!」
「おぅ!日が暮れるまでにミューズに着きたいからな」
「あ、待って!トイレに行ってくる!」
○○は急いで口にサンドイッチを入れると、、店に入って行った。
「そんなに慌てなくても良いのによ」
ビクトールは空を見上げた。
「オデッサ……。今度こそあいつは守っるぜ」
「ほら!○○!!あれがミューズだ!」
「う、わー!大きい!」
巨大な城壁で囲まれた巨大な都市が見えてきた。
「お前、ひょっとしてミューズは初めてなのか?」
「初めて!高い壁!凄いのね」
「そうか。なら、今日は宿とって、明日はミューズ観光だな」
ビクトールは歩みを止めずに言う。
「本当?!楽しみ」
○○は嬉しそうに笑ってミューズの城門へ走り出した。
「ビクトールー!早く!!」
「現金な奴。ガキか」
そう言いながらビクトールは優しく笑った。
「よし、ここが宿屋だ」
「いらっしゃいませ」
「2部屋あるか?」
「申し訳ございません。本日団体様が入っているので、ツイン1部屋しか空いてないのですが……」
宿屋の主人が申し訳なさそうに言った。
「うーん、どうするか?」
「良いじゃない、ツインなら」
「は?」
ビクトールは驚いて○○を見た。
「ベッド二台あるんですよね?」
「ええ!もちろん!朝食はサービスさせていただきます!」
宿屋の主人は空き室が出るのを嫌い、そう言った。
「ね?ビクトール」
にっこりとビクトールを見上げた。
「まぁ、お前が良いならな」
「ありがとうございます!前金になりまして、お2人で200ポッチでございます」
「はいよ」
「では、こちらが部屋の鍵で、こちらが明日の朝お使いいただける朝食券でございます」
「良い部屋だね」
○○は荷物を下ろしながら部屋を見回した。
「っ疲れた!!」
そのままベッドに寝転がった。
「はは、お疲れさん!良く頑張ったな」
ビクトールは笑いながらベッドに腰かけた。
「けっこう必死だった。でも、さすがはビクトール!全然疲れてないみたい」
○○は驚きながらビクトールを見上げた。
「そうか?あれくらいで疲れてたら傭兵なんて勤まらないぜ」
「凄いなぁ。私も鍛えたらそうなるかしら?」
「いらないだろ」
「……もしかして、もう手遅れ?」
「いや、抱き心地が悪くなりほ!!」
「セクハラ!」
ビクトールに枕を投げ付けた。
「これくらいで照れる様な年じゃないだろ」
「そう言う問題じゃない!レディに向かって」
「レディねぇ……」
「もー!」
「ほら、怒ってないで風呂でも入れって。そしたら飯食いにいくぞ」
「そうしよう」
○○は着替えを出して、備え付けのバスルームに向かう。
「明日筋肉痛になるからちゃんとマッサージしとけよ!なんならしてやろうか?」
ビクトールはニヤニヤと○○を見る。
「……ビクトールのおやじ」
○○は冷たくそう言い放つとバスルームに消えた。
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