04

あのフリックと傭兵とがやり合った出来事から早くも半年が過ぎようとしていた。

あれから傭兵達は≪雇われ傭兵≫から≪ビクトール、フリックを隊長とした傭兵≫へと変貌を遂げていた。
彼らはビクトール隊長、フリック隊長と呼び慕っていた。
もちろん、バーバラやレオナ、鍛冶師やメイド達には敬意をはらい、○○にはあれ以来一目置く存在となっていた。


最近では、ハイランドとの小競り合いもちょこちょこと行われていた。

○○も忙しい毎日を送っていた。

「ふぅー、今日も疲れたぁ」

皿洗いも終わり、○○は深夜の食堂のテーブルで突っ伏した。

「お疲れのようだね」

「レオナさん、お疲れ様です」

酒場の店主レオナがにこりと笑う。

「どうした?最近なんだか本当に疲れてるね」

レオナは心配そうに○○を見た。

「最近、ちょっと眠れなくて」

ハイランドとの小競り合いは深夜にまで及んで、傭兵達皆が帰って来るまで待ってる○○は少し不眠気味であった。

「休める時にはちゃんと休みな。あんたが倒れたら困るのはあいつ等なんだからね。ちょっと待ってな」

「はーい」

レオナの言葉に○○は反省した。



「ほら、ホットミルクでも飲みな」

レオナがホットミルクの入ったカップを持って帰って来た。

「ありがとうございます!」

○○は嬉しそうにカップを受け取ると一口飲む。

「ふーふー、美味しい!」

「それは良かった。私は先に寝るから、後片付け宜しくね」

「はい!お休みなさい」

レオナは手を軽く振ると出て行った。



「お?まだ起きてたのか?」

寝静まり、静かになった砦の食堂にビクトールとフリックが入って来た。

「ビクトールにフリック。どうしたの?」

○○はカップから口を離し、2人の方を向いた。

「あぁ、これをな」

ビクトールは嬉しそうに酒を取り出した。フリックはグラスを持って来た。

「あ!最近お酒の減る量が早いってレオナさん、言ってたよ」

○○は苦笑しながら2人を見た。

「固いこと言うなよ」

そう言いながら2人は○○が座っているテーブルについた。

「ほら!お前も共犯な」

「あっ!もー!」

ビクトールはホットミルクの入ったカップに酒を少し入れた。

「○○も毎日頑張ってるんだ、たまには良いと思うぜ」

フリックは柔らかく笑いながら○○を諭した。

「……美味しい……」

○○は意外な美味しさに驚いた。

「だろ?」

「飲みやすくなるよな」

2人は満足そうに○○を見て、自分達も飲み始めた。



「どうだ?さすがに慣れたか?」

ビクトールが酒を煽りながら聞いた。

「うん、大量調理って思ったより大変!でも、全員同じメニューだからまだ良いかな」

「そうか」

「ねぇ、2人はいつから傭兵なの?」

○○はふと、不思議に思った事を聞いた。

「あ?あー、いつから?」

ビクトールは首をひねった。

「俺は正確には今回からだ」

フリックがぽつりと呟いた。

「そうなの?そんなに強いのに?あ、もしかしてどこかの騎士団とかに入ってたとか?」

「俺がそんなお上品に見えるか?俺は戦士の村出身だからな。出てから割りとすぐに解放軍に入ったから……」

「あぁ、あのトラン共和国の……解放戦争?えっと、門の紋章戦争ってやつ?」

「そうだ。その時にはもうこいつは≪風来坊≫だった」

フリックは親指でビクトールを指した。

「まぁ、俺はなんつーか、流れ流れてって感じだな」

ポリポリと頭をかきながらビクトールは答える。

「へぇ、じゃあ、2人は解放軍からの仲間なんだ。だから、息ピッタリなのね」

○○はカップに口をつけた。

「はっ!こいつと?」

フリックは鼻で笑う。

「こいつは昔から信用ならねー奴だったぜ。でも、オデッサが……」

フリックは表情を変えなかったがら目だけが少し陰った。

「オデッサ……?」

○○は口に出してから、2人の空気が変わったのに気が付いた。

「解放軍のリーダーだった女だ」

ビクトールが代わって答える。
フリックは腰の剣に手を添えた。

「え?確か解放軍リーダーって少年って聞いたけど」

○○はおずおずと聞く。

「あぁ、坊っちゃんな!」

ビクトールは頷いた。

「オデッサに代わってリーダーになったのが坊っちゃんだ」

フリックがどこか遠くを見ながら答えた。

「あ……の……フリックの剣って確か……」

聞いて良いのか迷いつつ、興味は止まらない。

「……」

「あ!ごめん」

無言のフリックに○○が謝る。

「いや、戦士の村には古い風習があってな、剣の名前に大事な名前を付けるんだ」

フリックは腰の剣を握った。

「大体の男は大切な女の名前をつける。俺の剣は≪オデッサ≫だ」

フリックは酒を煽った。

「結婚してたの?」

「いや」

「恋人……?」

「あぁ」

フリックはグラスに酒を注いだ。

「俺がただ1人、尊敬出来る相手だった」

フリックは懐かしそうに声を出した。

「へぇ、どんな人だったの?やっぱり傭兵?」

きっとオデッサがこの世にいないと解ったが、あえて聞いた。

「いや、シルバーバーグって知ってるか?」

「うん、軍師の名門貴族でしょ?」

「そうだ。彼女はそこの出身だった。だが、当時の……まぁ、貴族や国が嫌になったんだ。彼女自身も追われていたからな」

「それで貴族なのに解放軍リーダー。きっと素敵な人だったのね!」

○○は嬉しそうに笑った。

「あぁ」

○○の笑顔に驚いたが、フリックは素直に頷いた。

「ねぇ!どんな人?フリックが惚れるくらいだからやっぱり美人?」


○○は酒の力を借りて楽しくなっていた。

「そりゃな!美人だったぞ!」

ビクトールがニヤリと笑った。

「おい!」

「あー!凄いね!性格良くて、貴族で、美人で!フリックみたいなカッコイイ恋人がいて!オデッサさんて素敵な人なんだね!!なんか弱点とかないの?」

「弱点?弱点……」

ビクトールがうーんと考え始めた。

「…………あいつは」

フリックはぽつりと呟いた。

「ん?」

「あいつはいびきと言うか、歯ぎしりが凄かった」

「……」

「……」

「……」

「……ぷ」

「……ぷは」

「あははは!」

「オデッサさん、私も好きになっちゃう!」

「だろ?」

「ねぇ、もっと聞きたい!」

「そうだな」

「意外にじゃじゃ馬なんだぜ」

「そうなの?」

3人は楽しく≪オデッサ≫と言う故人を偲んだ。







「フリックもいつかまた素敵な人に出会うと良いね!私もフリックやビクトールみたいな……ひと……と……」

○○はゆっくりと寝息をたて始めた。

「寝ちまったな」

「あぁ」

2人とも穏やかに○○の寝顔を見た。

「久しぶりにこんなに笑った気がする」

フリックは穏やかに笑った。

「そうだな」

ビクトールは頷いた。

「何だか、オデッサがそこにいるみたいだった」

「……」

「……こいつに感謝だな」

「……な、こいつにして良かっただろ?」

「そうだな…。お前の勘だけは信用するぜ」

「はは、まぁ、良いや」

「おい、○○。こんな所で寝たら風邪ひくぞ!」

「うーん……むにゃ……」

フリックが揺らすが一向に○○は起きる気配はない。

「運んでやれよ、俺は寝る」

ビクトールは大あくびをしながら席を立った。

「お、おい!」

フリックは焦ってビクトールを呼び止める。

「じゃあなぁー」

あっさりとビクトールは階段を上がって行った。

「ったく」

フリックは○○を横抱きにした。
彼女の部屋の前に着き、ドアノブをひねった。

「ちっ。おい、○○!鍵は?」

フリックはその場に座り、起きない○○のポケットを探り、なんとか鍵を見つけ出す。


ーーガチャリ


ドアを開け、中に入りベッドへ寝かす。

「むにゃ」

「むにゃじゃないぜ、まったく!」

フリックは一息つくと、部屋を見回した。

「……何にもない部屋だな」

女の部屋の割りには何もない。
それもそこはず。
彼女はこの砦に来てから1日も、一回も逃さず食事を作り続けている。外に買い物に行く時間もない。

「……一度くらいミューズにでも連れて行くか」

フリックはそう思いながら部屋を出て鍵を閉めた。

「……明日返せば良いか」

そのまま自分の部屋へ入った。

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