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「おーい、○○ーいるかー?」
ビクトールが部屋に入って来ながら声を出した。
「ビクトールー!星辰剣様!お帰りなさい!!」
○○は自分の部屋から出て、ビクトールーーーと言うよりも星辰剣に向かって行った。
「もー、暇で暇で仕方がなかったわ。目が見えないから本も読めないし、料理も出来ない」
○○は心底嬉しそうに笑った。
「そうか。部屋からは出なかったのか?」
ビクトールが○○の頭を撫でた。
ビクトールの手が触れた瞬間はピクリと震えたが、後は大人しく撫でられている。
「うん。担がれて来たから。ここがどこだか分からないの……」
○○は困った様に笑った。
「まったく、フリックの奴……」
ビクトールは舌打ちをした。
「まぁ、明日にでも案内してやるからな」
ビクトールは優しく言うが○○は困った様な顔をする。
「ビクトールもフリックも優し過ぎるよ……。嬉しいんだけど、やっぱり傭兵としての役割を優先してよね」
○○はにこりと笑った。
「…………お前……」
ビクトールは驚いた。
「大丈夫だ。今日も逃げてきた兵士を引き入れて来たぜ」
ビクトールは笑った。
「凄い!さすがね、ビクトール!」
○○はにこにこと笑った。
「よし、なら飯にしよう。貰って来たぜ」
ビクトールは星辰剣を外すとベッドに立て掛けた。
「外しちゃうの?星辰剣様」
○○は唯一見える星辰剣を見る。
「ほら、星辰剣様もお休みだ」
ビクトールの顔は「うるさいから」と言っている。
「そっか、お休みなさい、星辰剣様」
しかし、ビクトールの顔は今の○○には見えず、そのままの意味でとらえる。
「あぁ」
星辰剣はそう静かに言った。
「ほんじゃま、食うか」
「ねぇ、星辰剣様の邪魔にならない?」
○○は静かになった星辰剣をじっと見ていた。
「そうか?なら、お前の部屋にでも行くか」
「そうしようか?」
ビクトールの言葉に○○は自分の部屋に入った。
2人はベッドに並んで座る。
「今日のメニューは?」
○○は手渡された深めの皿の匂いをかぐ。
「あー、なんか、色々入れて煮たやつだ」
「……」
ビクトールの説明に○○は不安そうにした。
「ほれ、スプーン」
ビクトールが差し出すスプーンを○○は何回か空振りしてようやくスプーンを受けとる。
「いただきます!」
○○は悪戦苦闘しながら、やっとスプーンで具を掬うと口に運ぶ。しかし、口から少しはみ出す。
「うー……食べにくい……。ちょっと味濃いけど美味しいね」
○○は楽しそうに笑った。
「はぁ、ちょっと待ってろ」
ビクトールはバクバクと食事を流し込む。
「ふー、ご馳走さん」
ビクトールは一気に食べ終わった。
「は、速っ!」
○○はビクトールの気配に驚いた。
ビクトールは○○から皿を取り上げるとスプーンで具を掬う。
「ほれ、あーん」
「……」
ビクトールの言葉に○○は動きを止める。
「い、いいよ!自分で食べるよ」
○○は慌てて首を横に振る。
「なーに言ってんだ。ここ、汚してるぞ」
「っ!!」
ビクトールは呆れながら○○の口元を手で拭う。
「大人しく口を開けなって」
ビクトールはニヤニヤとスプーンを出す。
○○はおずおずと口を開けた。
「よしよし」
ビクトールは○○が食べたのを確認するとドンドン食べさせる。
○○は恥ずかしそうにしながらも、もぐもぐと大人しく食べる。
「……なんかこう……」
ビクトールは○○に食べさせながら口を開いた。
「ん?親鳥になった気分?」
○○はクスクスと笑った。
「いや…………イケナイ事してる気分」
「……」
ビクトールの言葉に○○は呆れながらため息をついた。
「……悪かったな」
「何が?」
皿の中身がほとんど終わった時、ビクトールは呟いた。
「ほれ、終わりだ。……いや、あの時お前を庇えなくて」
ビクトールは最後の一口を○○の口へと入れながら言う。
「ううん、ビクトールは考えがあったんでしょ?」
ごくんと飲み込み、ご馳走様と言ってから答える。
「あぁ……3年前の時は15のガキが花嫁候補だったから、あの2人を庇ったんだが……」
ビクトールは食器を一度部屋のテーブルに置いてから帰って来る。
「考えてみたら、最初の……デイジーの時……あいつも花嫁候補だったんだよ」
ビクトールは悔しそうに頭をかいた。
「あいつ、俺より歳上だったから、別にガキ狙いじゃなかったんだよな」
ビクトールはそう吐き捨てた。
「……そっか」
「俺がもっとしっかりしてりゃ、お前がこんな目に会う事もなかったってのによ」
「ううん、ビクトール。私は貴方が助けに来てくれるの信じてたから」
○○は手探りでビクトールを探し、足の上に自分の手を重ねた。
「怖くなかったって言ったら勿論嘘になるけど、それでも信じてたから」
○○はにこりと笑った。
「それに、ナナミちゃんやアイリちゃんじゃなくて良かったって思ってる」
「○○……」
ビクトールは小さく呟いた。
「私は、大丈夫だよ」
「……はぁ、参ったね、こりゃ」
ビクトールは情けなさそうに項垂れた。
「まさか、目が見えなくなった相手に慰められるとはな」
「ふふ、元気出た?」
○○は小さく笑った。
「……慰めるんなら、ちゅーでもしてくれよ」
「……」
ビクトールは自分に呆れながら言う。
「○○?」
いつもの様に「私はそんな安い女じゃないわ」と言われるのを期待していたが、○○は真剣な表情で黙っていた。
「……本当にそれで元気出るの?」
○○はビクトールに詰め寄る。
「は?まぁ、そりゃ、俺だって男だからな」
ビクトールは珍しく戸惑いながらもそう言う。
「……」
○○はベッドの上に両膝で立つとゆっくりビクトールに近付く。
「お、おい○○……」
ビクトールは戸惑いながらも逃げる事はしない。
○○はゆっくり手探りでビクトールの顔を探す。
腕から肩へ、首を通って頬を両手で包む。
「ビクトールは頑張り過ぎだよ……。アナベルさんに、デイジーさん……」
○○はじっとビクトールがいるであるだろう暗闇を向いて喋る。
「……」
「だ、だからこれは安いとは思わない」
○○は右手でビクトールの唇を確かめると、そこへ自分の唇を一瞬重ねる。
「……元気出た?」
○○は少し照れながらにっこりと笑った。
「あ、……あぁ」
ビクトールは頷いた。
「良かった。ん?」
○○がビクトールから離れようとしたが、ビクトールの手が腕を掴んでいた。
「な、何?」
○○は少し不安そうにする。
「いや、もう一回」
ビクトールは真剣な声で言う。
「え……」
○○は眉間にシワを寄せる。
「そんな顔するなって、もう一回だけ、な?」
ビクトールは必死に○○を見る。
「う……」
「これは、あれだ。お前を頼れる仲間と見込んでの頼みだ、な?」
「わ、分かったわよ」
ビクトールに『頼れる仲間』と言われ、悪い気はしない○○は了承をする。
「もう一回だけだからね」
○○はもう一度手探りでビクトールの唇を探し当て、唇を重ねる。
「っ!ん、んん!」
一瞬で離れようとした○○をビクトールの手が阻む。
ビクトールの大きな手で頭の後ろを押さえられ、逆の手でビクトールの片膝の上に座らされ、腰を持たれる。
「は、び、んん!」
呼吸をする事さえ許されない、噛みつく様な荒々しい口付けは長く続く。
舌を絡ませ、角度を変えながら、ビクトールは○○の唇を貪った。
「ん……う」
○○の腰に力がすっかり入らなくなった頃、ようやくビクトールは惜しみつつ○○を解放した。
「……」
「……」
「……」
「……」
ビクトールはやり過ぎたと思いながらも○○を抱く手は離せないでいた。
「あ、の……」
ビクトールはしどろもどろに口を開いた。
「……ビクトール」
「お、おう」
○○の声にビクトールはビクリと返事をする。
「こ、恋人でもない人に、このキスは……。って、そもそもこれちゅーの範囲を逸脱してるよね?」
○○は顔を真っ赤にしたまま抗議の目だ。
「いや、その、つい、お、お前が可愛いから。って、お前だってあるだろ?こう言う経験」
ビクトールは焦りながら早口で捲し立てる。
「なっ!……あ……ある」
○○は困った様に小さく呟いた。
「だろ?」
「でも!こんな!」
「なんだ?良かったのか?」
「っ!!」
ビクトールは普段のペースを取り戻しつつある。
「なんだ、ならもう一回……」
「し、しないよ!!」
ビクトールの言葉に○○は両手を突き出す。が、ビクトールの手が腰を掴むのでそれ以上距離は開かない。
「一回って言ったのに……」
「一回だろ?離してないぜ」
「う……」
ビクトールはニヤニヤと笑った。
「な、仲間って!頼れる仲間と見込んでって言ったよね?!フリックともするの?!」
「しねぇ!!嫌な事言うなよ!」
○○の言葉に間髪いれずに否定する。
「……はは、なんかさ」
「ん?」
「俺達って、良い雰囲気にならないもんだな」
ビクトールは柔らかく笑った。
「ふふ、そうだね」
○○は呆れながら笑った。
「ありがとな、○○。お陰でなんか色々吹っ切れたぜ」
ビクトールが素直にそう言った。
「そう?なら、良かった」
○○はにこりと笑った。
「何かあったら、また頼むぜ」
「それは嫌」
ビクトールの言葉に○○はにこにこと笑った。
「そいつは残念だな」
ビクトールは少し寂しそうに笑ったが、○○には見えなかった。
「さーて、ほんじゃま寝ろよ」
ビクトールは○○をベッドに下ろすと立ち上がる。
「うん、お休みビクトール」
「お休み」
ビクトールはパタンとドアを閉め出て行った。
○○はぱたりとベッドに倒れ込む。
「……」
○○はビクトールの口付けを思い出さない様にしないと眠りにつく事ができなかった。
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