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「はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?」
ビクトールが笑いながら○○に声をかける。
「う、うん!だ、大丈夫……」
○○は何とか声を出す。
「もうちょっとだからな!頑張れ」
ビクトールが○○を励ます。
「うん!」
○○は叫ぶ様に声を出す事しか出来ない。気を抜くと、声すら出ないほど疲れている。
「……少し休憩にするか?」
フリックは○○を振り返る。
「……う、うん」
○○はその場にぱたりと寝転んだ。
「あー、草の上って気持ち良い」
「全力で休んでるぜ」
○○の様子を見て、ビクトールは苦笑した。ビクトールは○○の正面に腰を下ろす。
「まぁ、クスクスから歩き続けてるからな。ほら、飲んだ方が良いぜ」
フリックはそう言いながら水筒を差し出し、○○の隣に腰を下ろす。
「ご、ごめんね。私、ただ歩いてるだけなのに」
○○は水筒をもったまま横向きに寝そべり声を出した。
また倒れられても困るからと○○は戦闘には参加せず、ビクトールとフリックが戦っていた。
この辺りのモンスターも、ビクトールとフリックの敵ではなく殆どが一撃で倒されていった。
「悪かったな。お前のペースに合わせなかったからな」
ビクトールは水を飲む○○の頭を撫でながら言う。
「歩くスピードは速いからな。ついつい、非戦闘員ってのを忘れちまうぜ」
「ううん、私が体力ないからねぇ。ビクトールもフリックも羨ましい」
○○は目を閉じる。
「まぁ、砦からミューズは馬だし、ミューズからコロネはビクトールが担いで、コロネからクスクスは船だからな。まともに歩くのは初めてか?」
フリックが考えながら口にする。
「ううん、前にビクトールとミューズまで歩いた。けど、その時はトトの村で休憩入れたりしたから」
○○は眩しいのか、片目だけ開けてフリックを見た。
「私も体力つけなきゃー!ビクトールは見た目も筋肉もりもりだし、フリックは細く見えてしっかり筋肉質だしー」
○○は仰向けになると、腕捲りをして、腕を掲げて見た。
「お前、その腕が筋肉もりもりになったら、どうなるか想像してみな」
ビクトールは嫌そうに眉をしかめた。
「うーん。重いお鍋が振れて便利!」
○○は鍋を振る真似をする。
「……さすがコックだぜ」
ビクトールは呆れた顔をする。
「さて、行くか?日が暮れる前にサウスウィンドゥに入りたいしな」
フリックが一番最初に立ち上がる。
「はーい」
○○は言いながらそのままの体勢で手を出す。
「……何だ?」
フリックは眉をひそめた。
「起こしてください」
○○はにっこりと笑った。
「……ったく、ほら!」
フリックは面倒臭そうにしながらも、手を出した。
「わーい!」
○○がフリックの手を握ると、
ーーーグイッ
「っ!!フリック!お、下ろして!」
○○の手を握ったまま、片腕だけで○○を持ち上げた。足は勿論地面に着いていない。
「お前、本当に軽くなったな」
フリックが眉間にシワを寄せ、言いながら手を離した。
「っと!離す?普通」
○○はすとんと、地面に足から無事に着地した。握られていた手が痛かったのか、逆の手で擦っていた。
「よし、なら行くぞ!」
ビクトールも腰を上げると、サウスウィンドゥへ向けて再び足を進めた。
「着いた!!わぁ!何か、素敵な街ね!」
○○は疲れきった顔だったが、一度街に足を踏み入れると目を輝かせた。
「サウスウィンドゥ市はこの辺りじゃ一番古い都市でな。交易と観光が盛んだ」
ビクトールが笑いながら説明をした。
「へぇ!ビクトールは本当に色んな事に詳しいのね!」
○○が尊敬の眼差しをビクトールへ向ける。
「まぁ、昔から知ってるからな」
ビクトールの目に少しだけ翳りが入った様に見えた。
「とりあえず宿屋へ行こう」
3人は宿屋へと向かった。
宿屋では、観光地と時間が夕方を過ぎてしまった事により、4人部屋一部屋しか取れなかった。
夕食を済ませた3人は部屋へと帰って来る。
「先にお風呂場使って良いい?」
○○が着替えとタオルを持って2人に聞いた。
「良いぜ」
フリックが先に頷いた。
「なんなら、一緒に入るか?」
「いくらくれる?」
ビクトールのセクハラ発言に○○が間髪入れずに聞き返す。
「そうだな。サービスによ……」
「安心して行ってこい」
「ありがとう、フリック」
ビクトールがさらなる事を言うので、フリックがビクトールを枕で殴った。
「うー、やっぱり靴擦れだ……痛いなぁ。明日、新しい靴買おうかな?」
○○はシャワーを浴びながら右足を見ている。血がシャワーのお湯に混じり、流れて行く。
「はぁー!気持ち良かった!」
○○は嬉しそうにホカホカと風呂場から出てきた。
「さて、じゃあ俺も入るかな」
ビクトールが○○と入れ違いに風呂場へと消えた。
「やっぱりお風呂は最高ね!あ、フリック。包帯ある?」
○○が、着替えを片付けながら聞いた。
「包帯?どこか怪我でもしたのか?クスクスの時のやつか?」
ベッドに腰を下ろしてくつろいでいたフリックが眉間にシワを寄せた。
「ううん、あれならもう大丈夫。靴擦れが出来ちゃって」
○○が荷物の整理をしながら苦笑した。
「どれだ?」
フリックは立ち上がると、○○の様子を見る。
「こっち」
○○がベッドに座って右足をフリックに見せる。
皮が捲れ、まだ血が出ている。
「これは、酷いな」
フリックは眉をひそめると荷物から包帯を取り出した。
「足出せ」
フリックは包帯を片手に○○の座るベッドへ座った。
「え……い、イイよ!自分でやるよ!」
○○は慌てて手を振る。
「いいから、出せって」
フリックはグイッと○○の足を引っ張り、胡座をかいた上に乗せる。
「ちょっと!」
○○は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にする。
「動くなって」
フリックは暴れる○○の足を掴むと、器用に包帯を巻いていく。
「っ!ん!」
くすぐりに弱く、靴擦れの痛さから○○はシーツを掴んで力を入れる。
「これで、よし!終わった……ぜ……」
フリックは夢中で気付かなかったが、○○は半涙目の真っ赤な顔でシーツを握りしめ、口を必死に押さえていた。
ーーガチャッ
「あー、やっぱり風呂はさっぱりするな……。……フリック……それはさすがに……」
風呂場から出てきたビクトールは2人の様子を見て、盛大に勘違いをする。
「っ違っ!!おい!○○!!何て顔してんだ!!」
フリックは焦りながら○○を見て、怒鳴る。
「フリックが……無理矢理……」
くすぐったさと、靴擦れの痛さを気にする様子の無かったフリックにそう声を出す。
「っ!何言ってやかる!」
フリックは顔を真っ赤にして○○を睨んだ。
「あーあ……。フリック……いくらなんでも、無理矢理は良くないぞ、無理矢理は。まぁな、○○が可愛かったのは仕方がなかったかもしれんが」
ビクトールはフリックに諭すように頷いた。
「何を言ってるんだ!勘違いもいい加減にしろ!俺は風呂に入る!!!」
フリックは用意いていた着替えとタオルを掴むと、風呂場へ消えて行った。
「で?結局何があったんだ?」
ビクトールは呆れながら落ち着いてきた○○を見た。
「靴擦れが出来ちゃって、フリックに包帯あるか聞いたら巻いてくれたの。でも、フリックたら無理矢理やるから、痛いし、くすぐったいし」
○○は困った顔をして足を見せた。包帯には薄く血が見えた。
「結構出てるじゃねーか。こう言う事はちゃんと言ってくれ。先に包帯巻けば、靴擦れも楽になるからな」
ビクトールは厳しく言葉を出した。
「ごめんね。迷惑かけない様にって思ったんだけど。余計に迷惑かけちゃったね」
○○は反省したのか、しゅんと小さくなる。
「おう!迷惑かけたくなければ、気になる事はちゃんと言ってくれな」
ビクトールはにこりと笑うと○○の頭を撫でた。
「ありがとう、ビクトール」
○○は本当に嬉しそうに笑った。
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