30
「おい!うちのコックをいじめるなっての!」
ミューズから逃れて来たビクトールが、○○に追い付いたようだ。
「っ!!ビクトール!!」
○○はビクトールを見た。
「○○大丈夫か?」
「うん!」
ビクトールは剣を肩に背負っている。○○はビクトールの姿に安心した様に頷いた。
「しっかし、猛将の次は知将か?お前って、つくづく運がないな。フリック並みか?!」
ビクトールはそう言ってケラケラと笑った。
「お前は、'風来坊'だな」
「覚えててくれて、ありがとうよ」
ビクトールはクルガンの声にニヤリと笑った。
「お前が猫の持ち主か?」
「猫だぁ?!」
クルガンの言葉の意味が解らず、すっとんきょうな声を出す。
「ネックレスだ」
「っ!」
クルガンの声に反応したのは○○だった。
それを見たビクトールは何を言っているのか理解した。
「あれはフリックの野郎だ」
ビクトールはやれやれといない男の名をあげた。
「……青雷……」
「そうだ」
クルガンは何かを納得した様に呟いた。
「さて、じゃあそこ通してもらいやしょうか?」
ビクトールは会話中に○○とクルガンの間まで移動していた。
「そう言う訳にもいかん」
クルガンは腰を落として構えた。
「そいつは、残念だ!」
ビクトールは両手で剣を握ると、クルガンに迫る。
ビクトールは力ある一打を食らわそうと剣を振り上げる。
しかし、クルガンは素早く避ける。さらに、反撃をビクトールへと喰らわすが、ビクトールもギリギリで避ける。
「そ、そうか」
○○は解ったと呟いた。ビクトールは力があるから、一撃は強いけど、クルガンの方が素早いのだ。
せっかくの一撃も、当たらなければ意味がなくなってしまう。
「なら、【ふくしゅうの大地】!!」
○○が素早く紋章を発動をする。
「くっ!」
クルガンが丁度ビクトールに攻撃をしている所であった。
ビクトールはクルガンの攻撃を紋章の力も借りて避けると、そのまま攻撃も喰らわす。
「ぐっ!!」
クルガンはもろにビクトールの重い一撃を食らい、よろける。
「ナイス!○○」
ビクトールはそう言うと、クルガンに追い打ちをかけようと剣を振るが、ギリギリのところで避けられる。
クルガンが○○をチラリと睨み付ける。
ぞくりと恐怖が背中をかける。
「【守りの天がい】!!」
「【雷撃球】!!」
「○○ーー!!!」
○○とクルガンはほぼ同時に呪文を唱えた。
ビクトールは片腕をあげ、凄まじい爆風に耐えながら叫んだ。
「っくっ!」
先に声をあげたのはクルガン。
「はぁ、はぁ、はぁ」
爆風が収まると魔法防御で助かった○○がいた。
「○○!!」
ビクトールの声に○○はチラリと目だけを向ける。
○○は魔力を使い過ぎで倒れそうになっていた。
対するクルガンも爆風の勢いに体勢を崩していた。
「○○!!」
ビクトールは○○を肩に担ぐと、その場から逃げ出した。
「くっ!待て!」
クルガンはフラフラと立ち上がった。
「ふ、【ふるえる大地】ぃ!!」
○○は残り少ない力で、震える声で叫んで、紋章を発動をさせる。
「おい!!」
「ぐっ!!!」
ビクトールの焦った声に、クルガンの苦しそうな声が重なった。
ビクトールは後ろを振り向かずにその場から走り去った。
○○は意識を失っていた。
(首が……痛い)
○○の意識が浮上する。
「ん……い……」
「お、起きたか?」
○○の呟いた声に、目を閉じていたビクトールが、反応した。
「びく、と……る?」
○○は薄目を開けて確認する。
「気分はどうだ?」
ビクトールは○○のおでこに手を置いた。
「首……痛い……高い……固い」
「……ずいぶん言ってくれるじゃねーか」
ビクトールはニヤリと笑った。
○○が少し目を動かして、今の情況を確認した。
どうやは夜明けはまだ先の様だ。
そして、ビクトールの膝に頭を乗せる、膝枕状態で寝ている。
「ここは?」
だいぶ意識がハッキリしてきたのか、○○の声はしっかりして来た。
「すぐそこがコロネの村だ。とりあえず、気絶してるお前さんを担いで入るには妖しい時間だったからな。野宿中だ」
ビクトールは説明をした。
「……ごめんね、ビクトール。もしかして私を担いでここまで?」
○○は申し訳なさそうな顔をする。
起き上がろうとするが、くらりと目眩に襲われ、すぐにビクトールに押し戻された。
「まだ、寝てろ。お前は魔力を使い切っちまったんだ」
やれやれとビクトールは苦笑した。
「あぁ、夜通し歩いちまったぜ。まぁ、お陰でここまで着いたがな」
ビクトールは○○の頭を優しく撫でた。
「他の人は?」
「……まだだ」
「そう」
ビクトールは静かに否定の言葉を口にした。
「フリックが、コロネの村で待ってろって」
○○はビクトールを見た。
「あいつなら、すぐに来るさ」
「……ビクトール、どうしたの?」
「ん?」
「……なんか……」
ビクトールはいつもの顔をしている。飄々と掴み所の無いような、そんな表情を。
しかし、○○には、何だか泣いている様に見えた。
「ビクトール……何が、あったの?」
○○は優しく両手でビクトールの両頬を包み込んだ。
「…………何も」
ビクトールは愛おしむ様に○○の片方の手を握り締めた。
しかし、その目は○○を見ているが、違うものを見ている様でーーー。
「ビクトール……もしかして、アナベルさんに何か……」
○○の声にビクトールは眉ひとつ動かさずに○○の目を見つめている。
「…………アナベルは、死んだ」
「っ!!!」
「と、言っても噂だ。ハイランド兵士達がそう叫んでいた。死体も見ていない」
ビクトールは全く表情を崩していない。なのに、やはり泣いている様に見えた。
「ビクトール……」
ビクトールはゆっくり上半身を屈め、○○の上に覆い被さった。
○○はごく、自然な動作でビクトールをだきしめた。
「○○…………悪い…………」
ビクトールはそう言うと、札を一枚取り出した。
「【ねむりの風】」
ビクトールは静かに札を発動をさせる。
「びく、と……る……」
○○は再び眠りに落ちて行った。
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