29
「残念だが、実験の為にミューズに戻ってもらおうか」
男は木の影から静かな声でそう言った。
「じ、実験?わ、私はサウスウィンドゥの親戚の家に行く所」
「ほう?」
「っ!」
○○は何とか誤魔化せないかと口を開くが、男は剣を持ち上げた。
「どうやってミューズから逃げ出して来たのかは知らないが、見逃す訳にもいかん」
男はそう言いながら木の影から月の光指す道まで出て来た。
灰色の髪を後ろへ流し、白と黒の軍服に身を包んだ男は、無表情であった。
「さぁ、ミューズへ戻るが良い」
男は静かにそう言った。
「あ、いや、無理です!」
○○は恐怖でどうにかなりそうな頭を必死で動かす。
「……面白い事を言う女だな……」
全く面白くなさそうな顔で男はそう言った。
「……お前はもしや傭兵の砦でコックをしていなかったか?」
「っ!」
「やはり」
頭の回転の速い男は○○の顔を見て、判断を下した。
「……」
○○は何故バレたのかを考えながら、男を油断なく見た。
「お前、シードを知っているな。ハイランド軍では猛将と呼ばれる男だ」
男は○○をじっと見ながら声を出す。
「っ!!」
○○はその言葉に全身がゾワっと鳥肌が立つのを感じた。
「やはり……か。私の名はクルガン。知将と呼ばれている」
男ーークルガンは静かに名乗った。
「……」
○○はこの情況をどうしたら良いのか悩んでいた。しかし、あのシードの知り合いとなら、やはり恐怖を感じる。
「名乗った相手に黙りか。同盟軍の人間は礼儀も知らんのか」
クルガンはそう、促した。
「あ、……わ、たしは○○。傭兵の砦でコックをしていた者です」
○○は丁寧に、しかし油断はせずにそう名乗る。
「そうか。では○○、お前はシードの元に来る気はあるか?」
クルガンは話を切り出した。
「え?」
あまりの事に○○は嫌そうな顔をする。
「シードはお前を嫁に迎えるとも言っている」
クルガンは興味なさそうな顔のまま淡々と言葉を紡ぐ。
「いや、に決まってるじゃないですか!あの人が何をしたか知ってるんですか?!」
○○は思い出した恐怖に叫んでしまった。
「知っている」
「っ!!」
「あいつは嬉しい事や楽しい事を事細かに喋る癖を持っている奴なのでな。まぁ、この事を知っているのは私だけだろうが」
クルガンはやれやれと声を出した。
「事細か……」
ゾワリと背中に嫌な物が這った。
せっかく、シードのした事をフリックが楽にさせてくれたと言うのに、それを知っている人間が他にいる嫌悪感を感じたのだ。
「そ、それなら私が行かない事も解ってるんじゃないの?!知将と呼ばれる貴方なら!」
「そう、だな」
○○は思いきりクルガンを睨み付けた。
「私は行かないわ!」
○○はキッパリと言い放った。
「そう、答えるだろうと思っていた。だから、私はシードが出来ない事をする」
「な、何っ!くっん!」
言いながらクルガンは素早く○○に迫る。驚いて逃げようとした○○を軽々と捕まえた。
クルガンは右手で剣を持ち、左手で、○○を背中から首を拘束した。
「お前を殺す」
「っ!!」
クルガンは目を鋭く輝かせた。
「お前はシードの弱味になる。惚れた女とは色々と厄介なものでな。やる気の原動力にもなれば、堕落の元ともなる」
クルガンは淡々と喋る。
「そして人質ともなる」
「ひと、じち……」
○○は苦しそうに声を出す。
「そうだ。例えば今のシードならお前を殺されたくなくば、金を用意しろなどと言う様な脅迫には応じるだろう」
「……」
「まぁ、あいつの場合は自分の危険顧みずお前を助けようとするだろうな」
「っ!?」
「まぁ、あれだけの事をされて納得は行かないだろうが、シードと言う男はそう言う男だ」
「……」
「だから、お前はシードの弱味となる」
クルガンはやれやれとため息をついた。
「どうだ?私と一緒にシードの元に来る気になったか?」
クルガンは○○の首を少し緩め、見下ろした。
「そ、そんな訳が無いでしょう!」
○○は背の高い男を思いきり睨み付けた。
「まぁ、そうだろうな。では、やはり殺すか。心配するな。シードには、逃走中に死亡とだけ伝えておく」
クルガンは冷たい目で、左手で再び○○を拘束すると、剣を振り上げた。
「っ!【ふくしゅうの大地】!!」
○○が必死に叫ぶと、紋章は素早く発動をする。
そして、クルガンの手から逃れ、剣を避け、転がった石を投げつけた。
「ほう、随分と速い……」
クルガンは初めて表情を動かし、驚いた。
○○はクルガンと距離を取れたが、まだ彼の間合いの中だった。
「なるほど、敵にするのもやはり危険だな」
クルガンは剣を構え直すと腰低く体勢をとった。
「おい!うちのコックをいじめるなっての!」
「っ!!ビクトール!!」
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