23
ミューズの宿屋の部屋で○○は荷物の整理をしている。
「あった!良かった」
お目当ての物をリュックサックから探しだした。
シードに取られてしまった猫のネックレスに付いていた指輪だ。
これだけはたまたまリュックサックの中に入ったのだ。
「他の指に入れば付けるんだけど。チェーンだけ売ってるかな?」
残念ながら左手の薬指にしかはまらないので、常に付けている訳にはいかなかった。
ーーートントン
「おーい、○○!!」
部屋のドアをノックされ、外からビクトールの声がした。
「はーい!」
「悪いんだが買い物に付き合ってくれるか?他の連中は色々忙しくてな」
「うん!」
「下で待ってるからなー」
「はーい!」
ドアを挟んでのやりとりによって手は休めずに済んだので、荷物の整理はすぐに出来た。
○○は指輪を大切に財布に入れると、そのまま部屋を後にした。
「お待たせ」
「おっ!早いな」
○○が下に行くとビクトールとフリックが待っていた。
「あ、フリックも行くの?」
「悪いか?」
○○の質問にフリックは軽口で答える。
「そんな事は」
「あるよなー!俺と○○のデートに!」
否定しようとする○○にビクトールがニヤニヤと笑った。
「熊とデートか。○○も大変だなぁ」
フリックの目は冷ややかにビクトールを見た。
「あらー、フリック焼き餅?」
ビクトールは負けじと嫌な笑いかたをする。
「ほら!馬鹿な事やってないでとっとと行っておいで!」
どの様に2人を止めようかと考えていたらレオナが呆れた様に声を出した。
「へーい」
「○○、2人の事宜しく頼むよ!」
「俺達は子供か?」
レオナの言葉にたまらずフリックが突っ込んだ。
「クスクス、およそでは暇なコックがちゃんと2人の面倒見て来ます」
○○は笑いながらレオナへと敬礼をした。
「ほら!2人とも行くよ!」
「お、おい!」
「はいよ」
○○が両手それぞれにフリックとビクトールの腕を掴むと、宿屋を後にした。
「まずはどこから行くの?」
○○がビクトールを見上げた。
「そうだな。道具屋にでも行くか」
ビクトールの号令で3人は道具屋へやって来た。
「いらっしゃいませ」
道具屋の店主が話しかけて来た。
「おくすりと特効薬を。後ーー」
ビクトールが店主とやり取りをしているので○○は2人から離れ、店の中を見て回った。
お目当ては先程の指輪をかけるチェーンだ。
「無いかなぁ」
「何がだ?」
「うわっ!」
いつの間にかすぐ後ろにフリックが来ていた。
「「うわっ」とはなんだ「うわっ」とは」
「ごめん、フリック。急に後ろから声かけられたからビックリしたよ」
○○はドキドキと鳴る胸を押さえながら笑った。
「しっかし、色気のない声を出すなぁ」
フリックは意地悪そうにニヤリと笑った。
「悪かったわね!どうせ色気なんて備わってないですよーだ」
○○はまだドキドキと修まらない物を誤魔化す為に、手近な棚を見ながら言った。
「で?何を探してるんだ?」
フリックは○○の手元を見ながら聞く。
「あー、……何でもない」
○○はフリックを見ないようにチェーンを探す。
隣の宝石類の方へと移動する。
「ただ見てるだけには見えないぜ?」
フリックはまだ店主と話してるビクトールをチラリと見ながら言った。
「……実はね」
○○は仕方がないとフリックに向き直った。
「これを無くさない様にしたいの」
○○は財布から指輪を取り出した。
「指輪?」
フリックは○○の手の中に転がるそれを眺めた。
「絶対無くしたくないから、何かに付けようと思って。チェーンか何かに付けてまたネックレスにしようかと」
○○が指輪を見ながら言った。
「また?指輪なら指にすれば良いだろう?」
フリックは不思議そうに○○を見た。
「そ、そうなんだけど……」
○○は困った様に眉根を寄せた。
「オーイ!終わったぞー!」
「あ、はーい!」
ビクトールの声に○○は慌てて指輪を財布にしまった。
「おい、もう良いのか?」
「うん、良いのがなかったし」
フリックの声に○○はにこりと答えた。
「次は?」
○○がビクトールを見る。
「それなんだが、悪いんだがお前らだけで行ってきてくれ」
ビクトールはそう切り出した。
「え?良いけど……」
「俺はアナベルに一度今回の事を報告して来る」
「なるほど!」
○○は嬉しそうに手を叩いた。
「アナベルさんに宜しくね!ビクトール!!」
○○はニヤニヤと笑った。
「お前、その笑い方は止めた方が良いぞ」
ビクトールが苦笑しながらぽんぽんと○○の頭を叩いた。
ビクトールは市庁舎へと歩いて行った。
「じゃあ、フリック。後は何が残ってるの?」
○○はフリックを見上げた。
「紋章屋に行こうと思う」
「紋章?私、紋章屋って初めて!」
○○が嬉しそうに笑うのを見て、フリックも穏やかに笑った。
「そう言えばフリックも紋章宿してるのよね?」
○○は興味津々とフリックを見た。
「あぁ。雷の紋章な」
「え?見たい!」
○○は目を輝かせた。
「は?」
「あ!あそこにベンチあるよ!そこでゆっくり」
○○はベンチを指差すとにこりと笑った。フリックはため息をついたが、○○に従った。
2人はベンチに並んで腰をかける。
「ね?見せて」
「仕方ないなぁ。ほら」
フリックは右手のグローブを外すと○○に手の甲を見せた。
「へー。これが雷の紋章……」
○○は物珍しそうにフリックの手を見る。
「ねぇ、これ、触っても平気?」
○○は紋章から目を離さずに聞いた。
「そりゃ、大丈夫だが」
「わぁ!本当だ!」
「っ!」
○○は遠慮無しにフリックの右手を触り始めた。
「これ、どうなってるのかなぁ?」
○○は叩いたり、触ったり、引っ掻いたり、近くで見たりと楽しんでいる。
「……おい、○○」
はぁ、と盛大にため息をついてフリックが空いている左手で○○の手を掴んだ。
「え?あ、ごめん!嫌だった?」
○○は慌ててフリックの手を離した。
「お前はもうちょっと……何でもない」
フリックは軽く項垂れた。
「ほら、紋章屋行くぞ!」
フリックは掴んだままの○○の手を持って立ち上がらせた。
「はーい!」
○○は今更ながら恥ずかしくなり、誤魔化す様に返事をした。
「いらっしゃいませ……」
紋章屋に入ると、男の紋章師が出迎えた。
「こいつに合う紋章を教えてくれないか?」
フリックが○○を指差しながら言う。
「え?私?」
○○は思いもよらない展開に目をぱちくりとした。
「……こちらにお座りください」
紋章師とフリックに促され、カウンター前の椅子に腰かける。
「……そうですね、土の紋章などいかがでしょう」
紋章師は○○の目をジーっと見て、声を出した。
「売ってるか?」
「……はい」
「なら、それを宿してくれ」
「……かしこまりました」
フリックと紋章師の会話に着いて行けずにただ黙って椅子に座る○○。
「……どちらに宿しましょうか?」
「え?」
「右手、左手……。お客様は額にも宿せます」
○○が困っていると紋章師が説明をした。
「えっと?じゃあ右手で」
「……かしこまりました」
紋章師は棚から土の紋章を取り出すと、○○の手を取った。
ーーーキーン
「……できました」
紋章師は静かに○○の手を離した。
「あ、ありがとうございます」
○○は自分の右手をまじまじと見た。
初めて紋章を宿したのだ。
店から出ると○○は不思議そうに手を掲げて太陽にかざしてみた。
「どうだ?」
「何か不思議」
○○は紋章を飽きる事なく見ている。
「でも、何で私にも紋章を宿したの?」
○○は不思議そうにフリックを見た。
「あ?いや、○○に武器とか持たしても、いまいち危なっかしいし、かと言って、いつ何時昨日みたいな事が起こるか分からないし……な」
フリックの言葉に忘れていた物がゾワリと背中を通った。
「ご、ごめんね。私、迷惑ばかり」
○○は少し落ち込み気味に言った。
「いや、迷惑じゃないぜ」
フリックは優しく笑い○○の頭をぽんぽんと叩いた。
「ただ、まだこの戦いは始まったばかりだ。これからこのミューズだってどうなるか……。だから、御守りみたいなもんさ」
「御守り……」
「あぁ。いざって時は遠慮なく使えよ!今度は眠りとかは止めてくれ」
フリックはニヤリと意地悪く笑った。
「だって!あれは!」
「ははは」
○○が怒るが、フリックは楽しそうに笑った。
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