20
夜も更けた頃、ふとフリックは目を覚ました。
「まだ、こんな時間か」
隣のベッドではビクトールがイビキをかいて眠っていた。
たったの1日で色々な事があった。
戦争に勝ったと思ったら、あっという間に後ろを取られ、敗北。
一年半ほど暮らした砦は、自分達の手で爆発させた。
仲間もどれ程死んだか分からない。
ルカ・ブライトと言う男は、間近で見ても狂気に包まれた恐ろしい男だった。
U主やジョウイ、ナナミ、ピリカは無事であるだろうか?
自分達で決めたとは言えども、子供にとっては辛い出来事になっただろう。
レオナやバーバラ、アップルは無事だろうか?
戦う術を持たない者達は逃げ延びただろうか?
運良くこの白鹿亭で会えるかとも思ったが、馬を飛ばしたせいか、残念な事に仲間はいなかった。
先にミューズへ居れば良いが。
頭で考えていても仕方がない事は分かっているが、考えずはいられなかった。
ビクトールとの合流場所に行く途中に○○の悲鳴を聞いた。
何事かと思い、駆け付けたら半裸で手込めにされている所であった。
○○の恐怖に歪む顔は二度と見たくは無いと思った。
○○の無事が分かっている今でもシードの顔を思い浮かべると、怒りにかられた。
「……」
フリックはベッドから降りると水受けからコップへ水をくみ、一気に流し込んだ。
少し落ち着いたが、完全に目が覚めてしまった。
仕方なくフリックは開いている窓に近付いた。
気候良く、爽やかな風がフリックの頬を撫でた。
「フリック?」
○○の声が聞こえ、窓から身を乗り出すと、同じように身を乗り出している○○がいた。
「なんだ、眠れないのか?」
フリックは○○に柔らかく笑いかけた。
「うん。ビクトールは?」
フリックはチラリと部屋のベッドで眠っている相棒を見た。
「寝てるぜ」
「そっか」
○○は夜空を見上げた。
風が出ているお陰か、良く星が見えた。
「ねぇ、フリックは寝ないの?」
○○がフリックへ視線を戻した。
「あぁ。寝てたんだが、目が覚めちまってな」
フリックは溜め息をついた。
「ねえ、なら私の部屋へ来ない?」
○○は軽く首を傾げる。
「このまま話しててビクトールが起きても可哀想だし……」
○○は少し困った様に笑う。
「それに、本当は今一人でいるのが怖いの……。少し話すだけで良いから」
○○の瞳が不安そうに揺れた。
「……そうか。……そうだな」
フリックは薄く笑うと、頷いた。
「ありがとう!今、ドアの鍵開けに行くね」
○○は嬉しそうに部屋の中へ消えて行った。
それにならい、フリックも部屋を後にした。
ーーーパタン
部屋の扉が閉まるとビクトールはイビキを止め、目を薄く開く。
「チッ」
小さく舌打ちをすると、再び目を閉じて寝始めた。
ーーーカチャリ
ドアを開けるとすでにフリックはドアの外にいた。
「ごめんね、こんな時間に」
○○は言葉とは裏腹に嬉しそうに笑った。
「いや、構わないよ」
フリックは促されるまま、○○の部屋へと足を踏み入れた。
シングルの客室は狭く、ベッドと簡単な机が置いてあるのみだった。
机には○○愛用のリュックサックがポツンと置かれていた。
先に○○がベッドに座り、少し迷ったが、フリックは隣に腰かけた。
「こうやってフリックと話すのも久しぶり……ってか、あんまりないかな?」
○○はフリックに笑いかけた。
「そうだな。お前も俺も忙しい身だからな」
「そうね」
○○はクスクスと笑う。
「ねぇ、レオナにバーバラにみんな無事かな?」
○○は足をパタパタと上下させながら聞いた。
「どうかな。まぁ、あいつらも要領良いからな。無事だろう」
フリックは膝の上で両手を組み、それを見つめていた。
「……他は……」
「ポールが……」
「ん?」
「ポールは助けられなかった」
フリックは無表情でそう静かに告げた。
「……そう、なんだ」
○○はショックを受けながらフリックを見た。
「あ、アップルちゃんは、無事かな?……途中まで一緒だったの……」
○○は下を向きながらポツポツと口を開いた。
「ビクトールがそんな事言ってたな。はぐれたのか?」
フリックが○○を見ながら聞いた。
「……アップルちゃんと逃げてる途中に……あのシードって人が、いたの。」
○○は淡々と話す。
「アップルちゃんに、とても強い人だと聞いたから、なんとかアップルちゃんだけ逃がしたの。でも……」
「……」
フリックは○○の言葉を静かに聞いていた。
「私は捕まって……。で、傭兵の人が、助けに来てくれたんだけど……」
ふるりと恐怖で震える。
「でも、本当に一瞬で殺されてしまったの。それでね、あの人、交換条件を出して来たの」
「交換条件?」
フリックの問いかけに○○はこくりと頷いた。
「わ、私があの人に、そ、その」
○○は言いにくそうに言い淀む。
「だ、抱かれればその間は誰にも手を出さないって……」
「っノヤロー」
○○の言葉を聞いてフリックは低く唸った。
フリックの組んだ手は、力を入れすぎて白くなっていた。
「それじゃあ、○○はそれであいつの言いなりになってたのか?!」
声を荒げるフリックに○○はビクリと体を震わせる。
「だ、だって、私なんて2秒で殺せるって……!!そしたら次はアップルちゃんをって!!」
○○はとうとう泣きながらフリックを見上げた。
「それは同意の上じゃねーよ!脅迫って言うんだ!!」
フリックは姿の見えない男を睨み付けた。
「……。へへ、フリックが私の為に怒ってくれてる」
○○はフリックを見て嬉しそうに笑った。
「当たり前だろう!!」
フリックは声を荒げた。
「本当にね、凄く怖かったの。何回も、何回もあの人に触られた時、もう、いっそ殺してくれーって思ったわ」
○○は遠くを見る様に話す。
「別にね、生娘じゃあるまいしね」
○○は自虐的に笑う。
「関係ないだろ」
「え?」
フリックの言葉に○○は慌てて顔をあげた。
「初めてとか、初めてじゃないとか、関係ないだろ!そう言うのは、好きな相手としてこその物だろう!!」
フリックは真剣な眼差しで○○を見た。
「う、ん」
「大切なのは○○、お前の気持ちだ」
「う、ん、うん、うん!」
○○は我慢出来ずにフリックに抱き付いて泣き始めた。
フリックは一瞬、躊躇ったが、背中をポンポンと叩いた。
「……俺が忘れさせてやろうか?」
フリックは真剣な目で静かに口にした。
[ 20/121 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]