19
「お!○○!!無事だったか?!」
合流地点にはビクトールが馬と一緒にいた。
「う……うん。生きてる」
○○は曖昧にそれだけ言うとフリックのマントをきつく握った。
「そうか、とにかく良かった」
ビクトールは何となく事態を察知して、○○の頭を二回ぽんぽんと叩いた。
「う……ん」
○○は耐えていた涙がゆっくり流れた。
「よしよし」
ビクトールは優しく笑うと、頭を撫でた。
「猛将に会った」
フリックはふぅーと息を吐いた。
「何?!猛将って、あのシードとか言う奴か?」
ビクトールは驚いて目を丸くした。
○○はシードの名前にビクリと体を震わせた。
「あぁ」
フリックは馬の様子を見る。
「そうか、○○。良く無事だったな」
ビクトールは肝心した様に○○を見た。
「フリックが来てくれなかったら……。ありがとう、フリック」
○○はにっこりと笑ってフリックを見た。
「あぁ。俺もな、あの時は助かった」
フリックは馬が走れる事を確認すると、○○に近付いた。
「あの時?」
「【ねむりの風の札】」
「あぁ!」
○○はポンと手を叩いた。
「でも、ねむりって」
フリックは呆れた様に笑った。
「え?だって!他に持って無かったし」
○○は不思議そうに頭を傾げる。
「おいおい」
フリックははぁーと溜め息をついた。
「な、何で溜め息?」
「ねむりの風は強い相手にはかかりにくいんだよ」
ビクトールが苦笑いをしながら教えた。
「そ、そうだったんだ!……効いて良かった……」
○○は恥ずかしそうにうつ向いた。
「いや、助かったのは事実なんだからな」
フリックは優しく笑うと、○○の頭を撫でた。
「さて、ほんじゃま行くか!白鹿亭」
ビクトールがそう言いながら馬に乗る。若干、恐る恐るだ。
「え?ミューズじゃないの?」
○○は不思議そうにビクトールを見上げる。
「……あー、まぁ、急がなくて良いだろ」
ビクトールは歯切れ悪く言う。
「ほら」
フリックがひょいっと○○を馬に越せ、自分はその後ろに乗る。
「この格好であんな街の中を歩きたくはないだろう」
フリックが耳元で静かに言った。
「っ!そ、そっか、ごめん。ありがとう!」
○○は今更ながら自分の姿に恥ずかしくなり身を縮めた。
フリックはそんな○○を優しく見ると、馬を走らせた。
「いらっしゃいませ」
白鹿亭に着いて、一番に見たのは女亭主のヒルダの優しい笑顔だった。
「3人だ」
ビクトールが手短にそう言うと、ヒルダはにこりと笑って鍵を二つ用意した。
「シングルとツインで宜しいてますね。では、こちらへ。お風呂の用意は出来ていますよ」
ヒルダは○○の格好を見ても騒がす、慌てず、浴室へ案内した。
「殿方はお部屋へどうぞ」
「あぁ、任せるよ」
ビクトールは軽く手を振ると、フリックと二人で二階の客室へと消えて行った。
ヒルダは他の人間に○○の姿を晒さない様に、然り気無く浴室へと案内する。
「はい!我が宿の自慢のお風呂です!貸切りにしますから、ゆっくり汗を流すと良いわ」
ヒルダはにこりと風呂の蓋を開けた。
「あ、ありがとう」
○○はヒルダの然り気無い優しさにまた涙が出そうになった。
洗い場に置いてある椅子に座り、洗面器でお湯をすくい、体にかける。
「っ!!」
知らすぬまに付いた小さな擦り傷はお湯に濡れると痛んだ。
体と髪を丁寧に洗い湯船に浸かる。
「ふぅ」
一日で、色々な事があったせいか、とても疲れてしまっていた。
○○は静かに目を閉じて鼻のすぐ下までお湯に浸かる。
「っ!!」
すぐに、先程のシードとの行為が思い出され、恐怖が甦って来た。
「お客様ー」
「あ、はい!」
ヒルダの呼ぶ声にホッとして、声を出す。
「ここにタオルと、私のお古で申し訳ないのですが、服を置いておきますね。後、下着は新品ですから!」
「すみません」
ヒルダの優しい声に○○は自然に笑顔になる。
「いえ。それと、要らない物がありましたら、この袋に入れておいてくださいね」
ヒルダはそれだけ言うと、部屋へと消えて行った。
「良い人……」
○○はほっこりとした気持ちになり、風呂を満喫した。
風呂からあがり、着ていた服や下着は全て処分した。
お気に入りの下着ではあったが、とても履く気にはなれなかった。
用意して貰った着なれない服を着て、フリックのマントを丁寧に畳むとフロントに出た。
「もう宜しいのですか?」
いち早く気が付いたヒルダが○○へと声をかける。
「はい!あの、ありがとうございます」
○○は美人女亭主にお礼を言う。
「いえいえ。この世は持ちつ持たれつですわ。はい、お部屋の鍵です。すぐにお食事になりますので、お連れのお客様とこの階の食堂へお越しください」
ヒルダはにこりと食堂の方を手で示しながら言った。
「はい」
○○は鍵を受け取ると、まずは自分の部屋へと入り、リュックサックを置いた。
そしてすぐに隣の部屋をノックする。
ーーーガチャッ
「あ、食事だから食堂へだって」
ドアが開き、ビクトールが出て来たので、手短に言う。
「おう!腹も減ったしな……」
ビクトールはそう言いながらもじっと○○の格好を見ている。
「な、何よ……。あぁ、この服?ヒルダさんのお下がりを貰ったの!普段こんな服着ないからね、変?」
○○はビクトールのジロジロと見て来る視線に、照れながら答える。
ヒルダの用意した服はとても可愛らしい膝たけのワンピースで、ヒルダが着るにも少し若い感じの物だ。
「いやいや!良いぞ!馬子にも衣装だな!」
「それ、褒めてないわよ!」
ビクトールの軽口に○○は言葉を荒げた。
いつもの様なやり取りに、○○はビクトールに心の中で感謝した。
「入り口で何をやってるんだ」
呆れた様にフリックが出て来た。
「いや、○○の格好が似合ってるって話だ」
ビクトールがニヤニヤとフリックを手招きする。
「ど、どうかな?」
やはり、何故か照れながら○○はフリックに聞いた。
「あぁ。似合ってるぜ」
フリックは素直ににっこりと笑った。
「ありがとう」
○○は嬉しそうに笑った。
「それだけー?それだけですか?色男さん」
ビクトールがつまらなそうにフリックを見る。
「充分だよ!それにビクトールは一言余計なの!」
○○は少し怒った振りをしてビクトールを見上げる。
「だとよ、熊」
フリックはニヤリと笑いながらビクトールを見た。
「二人とも冷たいわー」
ビクトールはすねた様に口を尖らせた。
「ほら!早く行こう?私、お腹ペコペコだよ!」
○○は二人の手を引く。
「そうだな」
「よし!行くか」
二人は素直に○○に従った。
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