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「ん……」

朝を過ぎた高い太陽に○○は目を覚ました。

「……ん?」

目を開けると、そこは見慣れない天井。

「え?ここは?」

○○は驚き起き上がる。
しかし、全く覚えのない部屋に○○は不安を感じた。

「ふ、フリック?」

アシタノ城で同室になった恋人の名を呼ぶが、反応はない。

「え?え?え?ちょっ、やだ!」

○○はパニックを起こしかける。
首元を触るとちゃんとパールのネックレスと指輪があった。

その感触に少し冷静さを取り戻す。

「あ、私の荷物」

○○は荷物を確認すると、どうやら旅支度をちゃんとして来たらしい。

「と、とりあえず着替えて」

○○は着替えを済ませると荷造りをして、すぐに出られる様にする。

「ここ、宿屋かな?」

冷静に見ると、宿屋の様だった。

「あ、なら、他の部屋にいるのかな?」

○○は意を決して部屋から出た。

階段を降りる。

「おはようございます。今朝も良く眠れましたか?」

宿屋の主人らしき男が声をかけてきた。

「っ!は、はい、お陰さまで」

○○はドキドキとしながら返事を返す。

「朝食の支度が出来てますよ。お迎えの方とどうぞ」

「お迎え?」

主人の言葉に不思議そうに○○が食堂とおぼしき所へと足を踏み入れる。

「よう、○○。今朝は寝坊か?」

「フリック!!」

いつもの青いマントとバンダナを身に付けたフリックが席についていた。

○○はホッとした顔でフリックに駆け寄り、抱き付いた。

「っ!と、どうした?」

フリックは驚きながら○○を危なげ無く抱き止め、自分の膝の上に横抱きに乗せる。

「こ、ここどこ?!何で私ここにいるの!?」

○○は今にも泣きそうな声を出した。

「お前、記憶が……。名前は?」

フリックは訝しげに○○を見る。

「記憶?」

「俺の質問に答えろ」

フリックは不思議そうにする○○にきつく言う。

「名前……○○だけど……」

フリックの真剣な顔におずおずと答える。

「普段はどこで何してる」

「そ、そんな事何に……」

「答えろ」

フリックの射抜くような目に○○は気圧される。

「アシタノ城の酒場でコックしてる」

○○は怖々答える。

「俺との関係は?」

「へ?あ、こ、恋人よね?」

フリックの質問に訳がわからず答える○○。

「正解だ」

フリックはぎゅっと○○を抱き締める。

「っ!フリック?!」

○○は慌ててフリックの名を呼ぶ。
誰もいないが、ここは宿屋の食堂なのだ。
フリックの膝の上に乗っているだけでも恥ずかしい。

「良かった……」

フリックの声があまりに弱々しかったので、○○はフリックを抱き返した。

「ごめんね」

○○は何故か謝った。きっと知らず知らずの内にフリックを傷付けたのだと思った。



「……あの、朝食……」

「あんた、邪魔しちゃダメよ!!」

食堂裏でそんなやり取りがあるとは知らなかったフリックと○○だった。




「じ、じゃあ、記憶喪失だったんだ」

○○は不思議そうにフリックの話を聞いた。

「で、記憶喪失の時の記憶が無いのか?」

フリックも不思議そうに○○を見る。

「う、うん。確か、アシタノ城で誰かにぶつかって……。その後の目が覚めたらここにいたの」

○○は困った様に笑った。

「そうか。確か、ホウアンに日記つけろって言われてたぞ」

フリックは思い出した様に言う。

「え?……さっき荷造りしたけど、そう言うの無かったよ?」

○○は思い出しながら言う。

「……おかしいな。まぁ、良い。とりあえず医者の所に行こう。そしたら帰るぞ」

フリックはそう言うと席を立つ。

「うん」

○○は慌ててフリックを追った。





「えー、うん、問題ないですね」

医者はにこりと笑った。

「あの、記憶喪失の時の記憶が無いんですけど」

○○は初対面だが、この4日間毎日顔を合わせていたらしい。

「そう言う事例も良くあります。えー、気に病むこともないでしょう」

医者はそう言うと「ホウアンに宜しく」と締めくくった。


「よし、なら帰るか」

診療所を出たフリックが口を開いた。

「うん……」

○○は足を止めうつ向く。

「どうかしたか?」

フリックが不思議そうに○○を振り返る。

「フリック、私、少し歩きたい」

○○はフリックを見つめた。






シードはいつもの場所の木の上で○○を待っていた。
昨日、○○の部屋から持ち出した物はどうやら日記の様だった。

悪いと思いながらもシードはそれを読んだ。

「あいつ俺にベタ惚れじゃねーか」

シードはニヤニヤと笑った。

「あー、早く来ねえかなぁ」

シードは木の上で器用に寛ぐ。

「お、来た」

シードが○○の姿を確認する。

「○○」

声を掛けようとしたが、先に別の男が声をかけた。

「フリック」

○○はフリックを振り返る。

(あれは、青雷……)

シードはそっと様子を見る。

「で、誰かいたか?」

フリックは辺りを見回す。
シードはその視線に触れない様に身を屈めた。

「ううん……」

○○は首を横に振る。

「本当に誰かと約束したのか?」

フリックは不思議そうに聞く。

「……分からない」

(っ!!)

○○の言葉にシードの表情が揺れる。

それを敏感に感じたのはフリックだ。とっさに剣の鞘を左手で握り、いつでも抜ける様にする。

「何か、大切な約束をしてた気がしたんだけど……」

○○は寂しそうな顔をする。

「……記憶喪失の時の記憶が無くてもそこは覚えてるのか?」

フリックは辺りを警戒しながら○○を見る。

「分からないの。そう、思っただけだし。それに、誰もいない」

○○の声は静かにシードの耳にも入った。

(記憶が……戻ったのか……)

シードは深いため息をつく。
まるで、こうなる事を予測していた様だ。

「○○、どうした?」

「え?」

「泣いてるのか?」

フリックに言われ、初めて自分が泣いてると分かった。

「え?え?な、なにこれ……」

○○は勝手に流れる涙に戸惑いながら声を出す。

「……○○」

フリックは心配そうに○○を見る。

「……記憶喪失の私にとって、大切な約束だったのかな……」

○○は泣きながらそう呟いた。

「……行こう。ここにいつまでもいても仕方がない」

フリックがそっと○○の背中を押す。

○○はそれに素直に従った。






「…………不毛な事……か」

シードは一人木の上で呟いた。

「あいつは確かにいたのにな」

シードは日記を大切にしまった。

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