105
一日目は診療所を出て宿屋に連泊を申し出た。
部屋は古いが、綺麗に掃除されている部屋だった。
とりあえずはのんびりと過ごす事にする。
自分の感覚では毎日毎食食事を作り続けていたのだ。休みの日などなかった。
これは神様がくれた休暇と思うのが良いだろう。
○○の一日目が終わった。
二日目は朝から診療所へと行き、診察を受ける。
まだ記憶は戻っていないが、あせる事はないと言われた。
「気持ち良い」
○○は森に囲まれた町でのんびりと散歩を楽しんでした。
小さな湖があり、散歩コースには持ってこいの場所であった。
○○がのんびりと歩いていると鳥が集まっている所があり、行ってみる事にした。
(人がいたんだ)
○○は男が木に寄りかかり目を閉じているのを見付けた。
男の手にはパンが握られていて、鳥たちはそれを食べに集まっているようだった。
(……寝てるのかな?起こしちゃまずいよね)
○○は静かに男を起こさない様に通り過ぎる事にした。
ちらりと見ると赤毛で、赤と白の服が目立った。
○○はそっと隣を通り過ぎた。
「キャッ!!」
急に腕を引かれ、振り返ると今まで寝ていたはずの男が驚いた顔をして○○の手を握っていた。
「○○……か?まさか!なんでここに?」
男は驚いた声を出した。
「え?私を知ってるんですか?」
キョトンとした顔で○○は男を見た。
「知ってるも何も……」
男は眉間にシワを寄せた。
「あ、怪しまないでください!私、今ちょっと記憶喪失で、ここ数ヵ月の記憶が無いんです」
○○は困った様に笑った。
「記憶が……無い?」
男は不思議そうに声を出した。
「はい。なので、私的には初めてお会いする形になってしまって……。申し訳ないです」
○○は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そう……なのか?俺の事も忘れてる……のか?」
男は真偽を確かめようとするように○○をジロジロと見た。
「はい。残念ですが」
○○は困った様に笑い、その場に座った。
手はまだ男に握られている。
「あの、出来たらお名前を教えて貰えますか?」
○○はおずおずと聞いた。
「…………シードだ」
男ーーシードはじっと○○を見つめていた。
「シードさん!素敵なお名前ですね!」
○○はにっこりと楽しそうに笑った。
「っ!!」
シードは不意打ちの笑顔に顔を赤くした。
それもそうだ。
○○からの敵意も緊張も感じない顔は初めてなのだ。
そして、邪気のない笑顔も。
「さん付けなんて止めてくれ、よそよそしい」
シードはそう笑った。
「え……と、じゃあ、シード。あなたも同盟軍の一人?」
○○は不思議そうにシードを見る。
「いや、俺はお前の恋人(になる男)だ」
シードはニヤリと笑った。
「え?…………ええ?!!」
○○は驚きながら声をあげた。
「そ、そうなの?」
○○は顔を真っ赤にしてシードを見た。
「ああ」
シードは頷いた。
「本当に?」
「もちろん」
「からかってる?」
「するか」
○○の焦った質問に当たり前の様に頷くシード。
(え?今の私はフリックと付き合ってるのかと思った!って事はフリックには勘違い?!は、恥ずかしい!!)
○○は真っ赤になった顔を両手で覆った。
「で、でも、何でシードは一人でここにいるの?」
○○はシードを見上げた。
「お前に会えたから忘れちまった」
シードはニヤリと笑った。
「……」
○○はシードの笑顔に見とれた。
「ところで、何で記憶喪失なんかになったんだ?大丈夫なのか?」
シードは少し心配そうに○○を見た。
「え、うん。何か、子供に激突されたみたい。頭にこぶも出来たし」
○○はそう笑った。
「こぶ?それは痛かったな」
シードは○○の頭を撫でた。
フリックとは違い、隠さない好意の視線に○○は恥ずかしそうにした。
「で?久し振りに会った恋人になんもなしかい?」
シードはニヤリと○○を抱き寄せる。
「っ!!わ、私としては、会って数分しか経ってないんだけど」
○○は顔を真っ赤にしてシードを見た。
「そうだったな。じゃあ、抱き締めさせてくれ」
シードは真剣な顔で○○を見つめた。
「う、うん」
あまりの真剣さに、座ったままの○○はされるがままに抱き締められた。
「………………柔らけぇ…」
シードは○○の胸辺りに頭を押し付けて言った。
「っ!ちょっ!」
○○は怒った様に声を出した。
「それに良い匂いもするな」
シードはぎゅっと腕に力を入れた。
「………………○○、もうどこにも行かないでくれ」
シードは弱々しく呟いた。
「……シード?」
何故だか似つかわしくないと思った○○はシードの頭を優しく撫でた。
「……ごめんね、思い出せなくて」
○○は申し訳なさそうにシードを撫でる。
「……最初からやり直せるんだ。何も不満はないぜ」
シードはニヤリと笑ったが、その顔は何だか寂しそうに見えた。
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