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「ほ、ホウアン!!」

フリックが○○を抱えて診療所へと慌てて入って来た。

抱えられた○○は頭に大きなこぶを作り、青白い顔で動かない。

「どうしたんですか?!とりあえずはベッドへ」

ホウアンは素早く指示を与える。

フリックは空いているベッドに出来るだけ丁寧に○○を横たえる。


ホウアンは○○のこぶを見る。

「これは?」

「シドから逃げていたチャコと激突したんだ。チャコはピンピンして走ってったが、○○の反応が無くて」

フリックは焦りながら説明する。

「そうですか。氷をたくさん持ってきてください。ここからなら酒場が近いでしょう」

ホウアンは○○を覗き込むフリックに指示を出す。

「わかった。○○を頼む!」

フリックは青雷の名に恥じない速さで診療所を出て行った。

「さて」

ホウアンは○○の服を緩め、聴診器で心音を聞く。
こぶ以外の外傷が無いことを確認すると、脈拍や血圧もはかる。

「持ってきたぜ!」

珍しく息を切らせたフリックが氷の入った麻袋をホウアンに渡す。

「ありがとうございます。心音も脈拍も落ち着いています。そう、心配する事はないでしょう」

「そうか」

ホウアンの言葉にフリックはホッと胸を撫で下ろした。

「動かしても大丈夫なので、あちらのカーテン付きのベッドに寝かせてくれますか?」

ホウアンは奥のベッドを指差す。

「分かった」

フリックはそっと○○を横抱きにすると、言われたベッドへと運んだ。

静かにベッドへ下ろすと自分はその脇にある椅子へ座る。

フリックは○○の眠る顔を見る。
倒れてから動かない○○を見て、血の気が引いた。自分の手が冷たく動かないのに驚いた。

また、大切な女を亡くすのかと恐怖を感じた。

(オデッサの時は死体すら見られなかったからな)

フリックは自分を嘲る様に笑った。

(こんなにも俺は弱かったか)

フリックは天井を仰ぎ見た。

「ああ」

弱い人間だと、フリックは自覚した。

「はいります」

ホウアンは声をかけてからカーテンの中に入って来た。

「これで冷やしてください」

ホウアンは言いながら○○の頭のこぶに氷と水の入った麻の袋を上からぶら下げる様に乗せた。

「なぁ、いつ目を覚ますんだ?」

フリックは小さく呟いた。

「そうですね。まだかかるかもしれませんし、今かもしれません」

ホウアンはそう柔らかく笑った。

「時間もかかるかも知れませんからフリックさんも適度に休んでくださいね」

ホウアンはそう優しく言う。

「ああ。ここに居ても良いか?」

「もちろん構いませんよ。目が覚めたら教えてくださいね」

フリックの言葉に頷くと、ホウアンはカーテンの外へ出て行った。


「……早く目を覚ませ」

フリックは小さく呟くと、○○の頬を撫でる。

「……○○」

フリックは小さく名前を呼ぶ。







いつの間にか寝てしまったようで、外は暗くなっていた。

○○の様子を見ると、先程よりも血色も良く、スヤスヤと規則正しい寝息も聞こえている。

「○○」

「ん……」

フリックが小さく呟くと、○○は小さく声をもらした。

ホッと胸を撫で下ろし、フリックは静かに○○に近付き、口付ける。

「ん……んっく」

止まない口付けに息苦しそうに○○は声を出した。

「…………?フリック……?」

○○は不思議そうに声を出した。

「っ!!○○!大丈夫か?」

フリックはつい大きな声で○○に呼び掛けた。

「え?うん。っ!頭痛い……」

○○は体を起こし、その反動で痛がる。

「まだ起きるな。今、ホウアンを呼ぶからな、待ってろ」

「え?ホウアン先生来てるの?」

フリックの言葉に○○は不思議そうに声を出す。

「ああ、医務室に運んだからな」

フリックは頷くと、カーテンから出て行く。

「医務室?」

○○はそう呟くと辺りをキョロキョロと眺めた。

「失礼します」

「あ、はい!」

ホウアンの声に○○は答える。

「どうですか?」

ホウアンは先程までフリックが座っていた椅子に座る。
後ろからフリックもついてくる。

「頭が痛いです」

○○は素直に答える。

「でしょうね。見事なたんこぶでしたよ」

ホウアンはにこにこと優しく笑う。

「え……?」

○○は不思議そうに頭を触る。すると、確かにこぶが出来ていた。

「ふふ、覚えていませんか?チャコくんとぶつかった様ですよ。診察します。服を上げてください」

「え?あ、はい。……」

上げようとして、フリックがいる事に気付き、じっとフリックを見る。

「……フリックさん、少し出て行って貰えますか?」

ホウアンはそう優しくフリックを促した。

フリックは素直にカーテンの外に出る。が、どこかへ行く気は無いようで、カーテンから青いマントが見えた。

「うん、心音にも異常はありませんね。血圧も計りましょう」

ホウアンはそう安心する顔をする。

「あの、先生」

「血圧も異常無しですね。何ですか?」

○○は不思議そうにホウアンを見る。

「あの、ここはどこですか?」

「医務室ですよ。診療所とも言いますか」

ホウアンは器材を片付けながら言う。

「…………あ、あの。どこのですか?」

○○は少し不安そうな表情だ。

「もちろんアシタノ城のですよ」

ホウアンは○○の顔を正面から見る。

「………………あ、あの。それはどこなんですか?」

○○は不安しかない顔をする。

「○○?!お前……」

フリックは焦った様にカーテンの中へ入って来た。

「ふ、フリック。ここは?傭兵の砦じゃないの?ホウアン先生がいるならミューズ?」

○○は今にも泣きそうな顔をする。

「っ!!」

フリックは眉間にシワを寄せ、驚いた表情を作る。

「大丈夫ですよ、○○さん。少し混乱しているのでしょう。貴女はどこの誰で何をしているのか言えますか?」

ホウアンは優しく○○に聞く。

「え、えっと名前は○○。今はフリックとビクトールの傭兵の砦でコックをしてます」

○○はそうはっきりと答えた。

「なるほど。最近何したか覚えてますか?」

ホウアンはにっこりと笑う。

「え……えっと……。あ、あれ?」

○○は困った様に頭を触る。

「大丈夫ですよ、落ち着いて」

ホウアンは優しく声をかける。

「はい。えっと、確かビクトール達とみんなで狩りに行って……」

○○はポツリと呟いた。

「どれくらいですか?」

ホウアンはフリックに小声で聞く。

「U主を拾うすぐ前だ」

フリックはそう言う。

「あ、あれ?」

○○は不安そうに声を出す。

「あ、あの、私のネックレス知らない?猫の」

○○は困った様に首を触る。

「…………無くしたんだよ。今、付けてるのが代わりに買ってやったやつだ」

フリックがそう言った。

「……そうなの?覚えて……ない」

○○はショックを受けた。

「……○○さん。貴女は少し記憶を無くしてます。不安でしょうが、ここには私もフリックさんもビクトールさんもトウタもレオナさんもバーバラさんもゲンゲン君もみんないます。心配しないでください」

ホウアンはにっこりと優しく、柔らかく、安心させる様に言った。

「…………はい。ご迷惑をおかけします」

○○は不安そうに頷いた。

「とりあえず、今日はここに泊まって行くと良いですよ」

ホウアンはにこりと笑った。

「ありがとうございました」

○○が礼を言うとホウアンはカーテンから出て行った。

「……記憶喪失だって」

○○はポツリと呟いた。

「ごめんね、フリックにも迷惑かけちゃって。私は大丈夫だから、フリックも帰って良いよ」

○○はフリックに心配かけまいとにっこりと笑った。

「……そうも行かないだろ」

フリックは椅子に座り直した。

「え?」

「不安なんだろ?素直になれよ」

フリックはため息をつくと、優しく笑った。

「っ!う、ん」

○○は普段見ないフリックの優しい笑顔に頬を熱くする。

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