09
とうとうハイランドとジョンストン都市同盟との間に休戦協定が結ばれた。
国境付近の住民はホッとひと安心と言うように平和な日々を送っていた。
しかし、喜ばしい事ばかりではなかった。
「おいおい○○ちゃんよ!今日もこれだけかい?」
傭兵の砦にある食堂では傭兵達が食事中だ。
「量はあるんだから良いでしょ?」
○○は鍋やフライパンなどを洗いながら言った。
「でもよー。もう少し肉が欲しいなぁ……」
傭兵達は食卓に並んだ料理を食べながら文句を言う。
「じゃあ、猟にでも行ってきてよ!こっちも人手不足だし、大変なの!」
「そうか!おい!明日は猟にでも行くぞ!自分達の食うもんくらい自分達で採るぞ!」
「「「おー!!!」」」
傭兵達は一致団結していた。
休戦協定のお陰で傭兵達の仕事は減り、何人かの傭兵は砦を去って行った。
そして、ミューズからの支援も少しではあるが、減ってしまったのだ。
「おぉ!なんか盛り上がってるな」
「ビクトール隊長!!俺達の班は明日狩りに行きましょうよ!!」
「狩り?!」
ビクトールは驚いた顔をしたが、食卓に目をやり、気付いた。
「なるほど、良いな!そうするか!」
ビクトールも楽しそうに笑った。
「宜しくね!ビクトール」
○○はにこにこと笑った。
「……」
ビクトールは○○をじっと見てニヤリと笑った。
「な……何?」
「○○!お前も来るか!つーか、行くぞ!言い出しっぺだもんな!」
「え?」
「じゃあ、明日は朝食食ったら出掛けるぞー」
「「「おーー!!!」」」
「ちょっと!!」
○○の声を無視して傭兵達は楽しそうに食事を始めた。
「まぁ……良いか」
○○も久しぶりの外出にわくわくした。
「じゃあ、フリック、行ってきます」
「あぁ、気を付けて行けよ」
翌朝、ビクトール部隊と共に狩りに行く事になった○○をフリックが見送りに来ていた。
「お昼は野菜たっぷりのシチュー作っておいたからね!」
「あぁ、わかった」
○○はにこやかにフリックに昼食の事を言う。
「フリック隊長は○○の事になると過保護ですよね!」
「あぁ?!」
傭兵の言葉にフリックがキッと目を鋭くした。
「だよなぁ、特にミューズに行ってからか?」
「そうそう!」
「大丈夫ですって!今回はみんないますし!」
「そうそう!ビクトール隊長だけじゃないですからね!」
傭兵達は次々に言葉を発した。
「お前らなぁ……」
フリックは面倒になり反論を止めた。
「じゃあ、行ってきます」
○○はフリックに手を振り、ビクトール達と共に狩りに出掛けた。
「よし!この辺りで良いだろう」
ビクトールの号令で拠点を作り始めた。
各々荷物を下ろし、荷物を立て。
石を集めて火を起こし、キャンプを作る。
「よし!各小隊で最低一匹!最高数採った隊には○○の特別手料理が待ってるぞ!!」
「「「おおおおーーー!!!」」」
ビクトールの言葉に傭兵達は盛り上がる。
「あ、この為に連れて来られたのね。ってか、私の手料理なんて毎日食べてるじゃない」
○○は不思議そうに首を傾げた。
「違うぞ!○○!『特別』ってのが違うんだ!!」
「『特別』?私、そんな何か特別な料理とか自信無いよ……」
○○は困った様な顔をした。
「大丈夫!簡単だ!ただ、食べさせてやれば良い」
「た、食べさ?」
「『はい、あーん』」
「『よせよ!恥ずかしいだろ』」
「『大丈夫よ!誰も見てないわ!あーん』」
傭兵2人がコントを始めた。
「ってな訳だ!よし!野郎共!張り切ってやって来い!!」
「「「おおおおーーー!!!」」」
「……」
傭兵達の盛り上がりを他所に、○○は少し呆れていた。
「ね、ねぇビクトール」
「ん?」
傭兵達が狩りに出掛けた後、ビクトールと○○、荷物番の何人かが残っていた。
「私、血抜きとか出来ないよ?」
○○はこそこそとビクトールに耳打ちをした。
「あ?あぁ、別に俺達が出来るから大丈夫だ。解体も結構物によっちゃ、力もいるしな」
ビクトールは剣の手入れをしながら答えた。
「良かった。コックなんてやってるけど、私、精肉になってるのしか調理した事ないの」
○○はコックとして少し恥ずかしそうに答える。
「そうか。まぁ、良いんじゃねーか?ほとんどの猟師が血抜きから解体までするからな。恥ずかしがる事じゃないぜ」
ビクトールは何でもないと言うように笑った。
「……ありがとう」
「お礼はちゅーで」
「……聞かなかった事にしてあげる」
「冷てーな」
ビクトールはニヤニヤと笑った。
「ビクトール隊長と○○って怪しいよな」
「あぁ。ビクトール隊長と○○?やっぱりミューズ辺りから仲良いもんな。まぁ、前から仲は良いけど」
「○○ってビクトール隊長とフリック隊長の次に古株だもんな」
「○○もやるな、両隊長を手玉に取ってるよな」
「きっとあいつにはそんなつもり無いだろうな」
荷物番の傭兵達はこそこそとビクトールと○○を見ていた。
「おーい!○○!そこの弓矢取ってくれ!」
「良いよ!」
暇そうにしていた○○に傭兵が声をかけた。
「はい!」
「さんきゅ!頑張って狩って来るからな!」
「期待してる!」
傭兵を見送ると、ビクトールを振り返る。
「ねぇ、ビクトールはしないの?狩り」
「俺がしちまったら勝負にならないぜ?」
ビクトールはニヤリと笑った。
「ふーん」
○○は余っている弓を手にした。
「あ、意外に重い」
「なんだ?やってみるか?」
弓に興味を持った○○にビクトールが近付いた。
「やってみな」
ビクトールが矢も渡す。
○○は見よう見まねで弓を引くが……
「あ……」
矢はポロリと落ちてしまった。
「ほれほれ、弓はこう持つんだ」
ビクトールは○○に弓を持たせる。
「そうそう、で、ここを指で……そうだ!よし、引け」
ビクトールの号令で○○は弓を引くが……
「ん!かっかた……」
「力ないなぁ。ほれ」
ビクトールが○○の背中に回り込んで一緒に弓矢を持つ。
「ほれ、引け!」
ビクトールの力も借りて、○○は力一杯弓を引く。
「よし、そしたら標準を合わせて。ちゃんと目は開けてろよ!」
「う、うん!」
木に狙いを定めて、
そして
「うわ!」
○○は勢い余って背中のビクトールに寄りかかった。
「大丈夫か?ほら!ちゃんと刺さったぜ!」
ビクトールは○○を支えながら矢の飛んだ方向を指差した。
「あっ!本当だ!」
○○は嬉しそうに矢の刺さった木に歩み寄った。
「練習したら○○でも一人で飛ばせる様になるぜ?」
ビクトールはニヤリと笑った。
「そうかな?でも、今ので指がヒリヒリする。料理出来なくなっちゃう」
○○は恥ずかしそうに手を見た。
「それは困るな。おっ!ほら!獲物を採ってきた奴等が帰って来たぜ」
「うわ!!凄い!」
「隊長!まだまだ行ってきます!!」
そして、昼食を跨ぎ、狩りは終わった。
「よーし!じゃあ、持って帰るぞ!!」
ビクトールの号令で狩りで採れた獲物を担いで砦まで帰って来た。
傭兵達は慣れた手付きで血抜きしておいた獲物を解体していく。
「ねぇ!凄いでしょ?!」
○○は嬉しそうにフリック達、留守番隊に言った。
「大猟だな!」
「だろ?」
フリックの感心した声にビクトールがニヤリと笑った。
「今日は頑張って腕をふるっちゃうよ!」
○○はウキウキと大量の肉を持ってキッチンに向かった。
手早く夕飯の支度と、保存用の干し肉や塩漬け肉も作る。
「さあ!召し上がれ!」
「「「いただきます!!!」」」
砦で働く全員が食事を始めた。
「うめー!」
「やっぱり肉だよな!」
「なんか、生き返るぜ!」
「肉最高!!」
傭兵達は盛り上がりながら肉料理の数々を口に運んだ。
「そう言えばビクトール、勝った人への『特別』は?」
○○も今日はみんなと一緒に食べるためにフリックの隣に腰を下ろした。そして、向かいに座るビクトールに話しかけた。
「あ?ああ」
「『特別』?」
ビクトールはもぐもぐと食べながら頷き、フリックは胡散臭げにビクトールを見た。
「おう、○○ちゃん、俺達は良いから新入りのポールにやってやれ!」
「そうだ!それが良い!」
ニヤニヤと傭兵達はそう言い始めた。
「は?僕ですか?」
ポールは訳の分からないまま○○が座る席まで押されて行った。
ちなみにポールは今回の狩りには未参加で、意味が分かってない。
「な、なんでしょう?」
ポールは両隊長の近くで緊張しながら○○の前に出た。
「はい!あーん!」
「ぶふー」
「フリック、汚ねぇ」
○○が嬉しそうに(できる限り可愛らしく)肉を刺したフォークをポールに差し出した。
「え?」
ポールは訳が分からずキョロキョロと辺りを見回す。
「ほれ、ポール!さっさと食え!」
「羨ましいなぁ!ポールちゃん!」
などなど傭兵達からニヤニヤと野次が飛ぶ。
「ポール君、私からのは食べてくれないの?」
○○も少し悪乗りしながらうるうるとポールを上目使いで見る。
「え?え?」
ポールは戸惑いきった顔をしたが、意を決してぱくりと肉を食べた。
「どう?美味しい?」
「はひ」
○○のにっこり笑顔を間近で見たポールは顔を真っ赤に染めながら頷いた。
「あははは!」
「良いな!ポール!!」
野次が飛ぶ中、ポールは慌てて席に戻ると食事を再開した。
「……一体なんだったんだ……」
フリックは疲れきった顔をしていた。
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