片付く部屋7
23時過ぎに仕事を終え、ユニホームから着替える。
少し重い足取りで裏口のドアノブに手をかけた。
片付く部屋7
「○○」
出てすぐに声を掛けられた。
振り返ると暗い道にシャンクスは立っていた。
久し振りの姿に○○はどきりとした。
「ごめんね、待たせて」
○○は声を出す。
「いや」
「どうする?どっかお店入る?それとも公園に行く?」
○○は提案する。
店だと人目につく。有名会社の社長が元妻と会っているのを見られたら変な噂が立ちかねない。
夜中だが、まぁシャンクスがいるから平気だろうと公園を提案する。
「……公園」
「じゃあ、こっち」
○○はシャンクスを見ずに公園を目指した。
そこは小さな小さな公園。
滑り台とブランコだけが置かれていた。
○○はブランコに腰かける。
シャンクスは○○と向き合う様にブランコを囲う柵に腰を下ろした。
「えっと、どうしたの?何か不備でもあった?」
○○は軽くブランコを揺らしながらシャンクスを見る。
「………………何でこんなの置いて行ったんだよ」
シャンクスは内ポケットから紙をかさかさと出す。
「へ?なっ!!まだ持ってたの?!」
○○は焦った声を出す。
それは紛れもない半年前に書いた離婚届だった。
「お前の手掛かり、これしか無いからな」
シャンクスは低い声で言う。
「……」
○○は黙ったままそれを見ると夫の欄は空欄だった。
「ずいぶん探したんだ。まさか、こんな近くにいるとはな」
シャンクスは小さな声で続ける。
「ふん、探してないから見つからないんでしょ」
○○は少し苛立たし気に言う。
前に住んでいた家から2駅ほどしか離れていない。
いくら会社とは逆側でも、探そうと思えばすぐに見付かる場所だ。
「…………探したよ。前のアパートも、○○の実家も」
「実家って!もう私の両親もいないのに」
呆れた口調でシャンクスを見る。
「それしかお前の行きそうな所なんて知らない」
「知ろうとしなかったもんね」
○○は吐き捨てる様に言う。
「知らないでしょ?私がここに住んでた事も、髪の毛が短い方が好きな事も、ワンピースよりジーパンが好きな事も!」
○○は今まで我慢していた事を口にする。
○○はシャンクスに嫌われたくないばかりに、彼に口答えをする事もなく、言いたい事も言えずにいた。
「…………あァ」
シャンクスは小さく頷いた。
「ごめん。別に責めたい訳じゃなくて……。あー、なんだっけ?年金?」
○○が声を出す。
「年金?いや違う」
「じゃあ、離婚届の不備?これから一緒に出しに行く?」
「……いや」
シャンクスは首を振る。
「じゃあなに?こんな所彼女に見られたら誤解しちゃうよ?ってか、そもそもさっきの彼女も奥さんと違う人だし」
○○は捲し立てる。
「奥さんはお前だろ」
「っ!!違うでしょ!!」
○○は立ち上がりシャンクスのシャツの襟元を両手で掴み上げる。
「しっかりしろ!あんたそれでも人の親になるの?!子供が出来たのにあっちフラフラこっちフラフラして!!!これ以上不幸な人増やして何が楽しいの!何が満足なの?!」
○○はシャンクスを怒りの目で見下ろす。
「何を言ってる?」
シャンクスは驚いて目を見開く。
「何?ここまで来て、しらを切るの?あんたの彼女さんから、母子手帳見せられて!その子に父親が必要って言われて!!!浮気を許しても!!子供が出来たら浮気じゃないでしょ?!」
○○は耐えきれずにぼたぼたと涙を流す。
その涙がシャンクスの顔に当たった。
「わ、私には上手い事言って、子供作らない様にしてた、くせに!!!要らないなら……、要らないなら要らないって面と向かって言えば良いじゃない!!!!!」
○○は涙も止めず、シャンクスを睨み続ける。
「馬鹿、みたいじゃない、私。一人であの家であんたの帰り待って……。ひっく、どうせ、帰って、来ない、のに!!」
○○はシャンクスから手を離し、よろよろと後ろへ下がる。
「ごめん。私、こんなに醜いの。ずっと貴方に捨てられるのが怖くて。でも、私は貴方の命の恩人だから無下にも出来ないの知ってたよ」
○○は涙を拭う様に手の甲で乱暴に目を擦る。
「…………言いたい事はそれだけか?」
シャンクスは静かな、だが強い口調で言った。
「っ!!……うん」
○○は頷いた。
「まず、俺から言いたいのは離婚はしねェ」
「……?」
シャンクスは真剣な顔のまま立ち上がり、○○に近付く。
「そんなに世間体が大切?大丈夫だよ。今時離婚なんて珍しくもないし」
○○は情け無さそうに言う。
「違ェ。俺がお前を離したくない」
「……」
シャンクスの言葉に耳をおおいたくなる。
信じたくなる。
「俺は浮気なんてしてねェ」
「っ!!ウソなんてつかないでよ!!」
「嘘じゃねェ」
「っ…………」
怒鳴った訳でもないのにシャンクスの言葉は凄味を増し、○○を黙らせる。
「……どこのどいつだか知らねェが、その母子手帳やらも怪しいな。そもそも、母子手帳の父親の欄は飾りみたいなもんだろ」
シャンクスはスッと目を細めた。
「……」
「お前の願いを叶えてやりたくて、仕事に集中し過ぎた。悪ィ」
シャンクスはすぐ近くで頭を下げる。
「俺も○○とのガキが欲しくなってさ。取り合えず仕事を早く終わらせたくてな。したら、普通に1ヶ月とか経っちまって……」
バツの悪そうな顔でシャンクスは頭をガシガシとかく。
「やっと家に帰ったらお前も荷物もねェし、アルバムはごみ袋に詰め込まれてるし、携帯は解約されてるし、こんなもんと指輪とブローチも置いてある」
シャンクスは眉間にシワを寄せる。
「……」
「悪かった。本当に。俺の所に戻ってきてくれ」
シャンクスは深く頭を下げる。
「……だって」
「ん?」
「こ、この半年で会社の景気良くなったって……」
○○は声を出す。
「そりゃ、お前がいなきゃ、他にやる事なんざねェしな。それにお前が言ったじゃねェか?『仕事頑張れ』ってな」
シャンクスは苦笑する。
確かに最後の電話で○○はそう言った。
「い、いつも私からだし」
「……」
「わ、私が好きとか言うとむ、難しい顔するし」
「……」
○○の言葉にシャンクスはお得意の難しい顔をする。
「それ!その顔……」
「………………照れ隠し」
「は?」
シャンクスは頭をガシガシとかく。
「だってよ。俺の方がずいぶん年上だしよ!あんまり素直に表情に出すのが照れ臭くてさ」
シャンクスは難しい顔を止めるとだらしなく笑う。
「…………ま!紛らわしい!!」
○○は怒鳴る。
「な!何それ!私、いつも!その顔にショックを受けてた!好きとかも言ってくれないから!」
○○はボロボロと泣き出す。
「悪かった。そんなに不安にさせてたなんて気付かなかったんだ」
シャンクスは○○を抱き寄せる。
「愛してるよ。お前だけだ○○。離れないでくれ。俺にはお前だけなんだよ」
シャンクスの声は弱々しい。
「っ!!そ、そんな事今まで言ってもくれなかった!!」
○○はシャンクスを抱き返す。
「あァ、悪かった。好きだよ、○○」
シャンクスはぎゅっと抱く力を強くする。
「わ、私も好き……」
○○は自分の顔をシャンクスに押し付けた。