01
「疲れたか?」
「いいえ」
隣で運転するシャンクスの言葉にハルは笑顔で首を左右に振る。
「もうすぐ着くからな」
シャンクスはチラリとハルの方を向いてから言う。
「はい!」
ハルは笑顔で頷くと、再び流れる景色を見るため、窓に目を向けた。
忙しく働くシャンクスだが、2日間の連休を勝ち取り、2人で温泉旅行へとやって来たのだ。
事実上の新婚旅行である。
まだ心も体もちゃんとした夫婦となって日もあまり経たない。
やっとシャンクスに貰った指輪が馴染んで来た頃の話。
「着いたな」
パタンと車のドアを閉める。
「…………こ、ここですか?」
見るからに高そうな高級老舗旅館にハルの動きは止まる。
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前は」
上品な着物の女性とスーツに半纏を着た男性がすぐさま玄関から現れる。
「シャンクスだ」
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
慣れたようにシャンクスは車のキーを渡す。
男性はキーを受け取ると今乗って来た車に乗り込む。
「お荷物を」
「俺のは良いよ。彼女のを持ってくれ」
「では」
手を出してきた仲居へ慌てながらも素直に荷物を渡す。
「お願いします」
「かしこまりました」
ハルの言葉に仲居はにこりと笑った。
ロビーに通され、落ち着いたテーブルとふかふかな椅子を進められた。
まだ時間が早いためか、他に客はいない。
お茶とお茶菓子が置かれ、シャンクスには宿泊記帳を渡す。
シャンクスがさらさらと書いている間、ハルはそわそわとお茶を飲みながら辺りを見回す。
「ありがとうございます。お部屋にはすぐにご案内を?」
仲居はシャンクスから記帳された紙を受け取る。
シャンクスがチラリとハルを見る。
ハルは居心地が悪そうに頷く。
「あァ、頼む」
苦笑を漏らしなから仲居へと頷く。
「では、鍵をお持ちいたします」
仲居が一度フロントへ戻り、すぐに鍵を持ってきた。
「こちらへどうぞ」
仲居の後に続き、2人は歩き出す。
長い廊下の果てにたどり着いたのは離れだった。
「ここが今日お泊まりいただく、紅葉の間でございます」
仲居に進められ、館内用のスリッパを脱いで入る。
「……う……わぁ」
広い畳張りの部屋は上品な和室。
真ん中に置かれた漆塗りの背の低いテーブルが存在感がある。
奥には障子を挟んで品の良い椅子と机が置かれ、その向こうには大きな吐き出し窓。その先には紅葉の間に相応しく、立派な紅葉が輝いていた。
仲居がシャンクスに夕飯の時間や、大浴場の時間。貸し切り風呂の時間や注意事項などを説明している。
その間ハルは座椅子に座り、キョロキョロと部屋を眺める。
最後に抹茶と温泉饅頭を2人の前に置くと仲居は部屋を後にした。
「どうだ?気に入ったか?」
シャンクスは抹茶を飲む。
苦い薫り立つ抹茶に甘い温泉饅頭が合う。
「は……い」
ハルは呆然と部屋の中を見ながら頷く。
「…………気に入らなねェか?」
「い、いいえ!とんでもないです!」
シャンクスの言葉に慌ててハルは勢いよく首を左右に振る。
「ただ、こんな良い所に来た事無いので……少し緊張、します」
ハルは照れた様に抹茶をすする。
「はは、一応俺の……俺達のマンションも高級マンションなんだがな」
シャンクスが笑う。
「そ、そうは思うのですが……。その……最初の印象が……」
ゴミ溜めの様な部屋は見事に高級感を壊していた。
「それも、そうか」
だっはっはっとシャンクスが笑う。
「あの、シャンクスさん」
「ん?」
そわそわとハルがシャンクスを見る。
「た、探検して良いですか?」
ハルが目をキラキラさせて言う。
「ぶはっ!良いぞ、もちろん」
吹き出した後のシャンクスの言葉にハルは座椅子から立ち上がる。
先ずは入って来た方に行き、トイレや洗面台を見る。
「うわ!お洒落な作り!アメニティも充実してる」
石鹸や歯ブラシセットの他に、シャンプーやリンス、洗顔料や化粧水まで置いてあった。
部屋に一度入り、隣の部屋へ。
どうやら布団を敷く専門の部屋らしい。
押し入れには浴衣の他、足袋や半纏も入っている。
しかも、女性用浴衣は可愛らしく上品な蝶々の模様入りだ。
「うわぁ」
ハルは楽しそうに声をあげる。
次にまた部屋を通り、今度は窓に近付く。
「あ!シャンクスさん!」
「ん?」
ずっとハルの様子を目で追っていたシャンクスが立ち上がる。
「見てください!お部屋に露天風呂まで付いてます!」
シャンクスが近くまで来た事を確認してから外を指差す。
大きな茶碗の様な陶器の湯船。
大きさは普通の風呂よりは小さいが、それでも大人2人が入っても窮屈ではない大きさだ。
シャワーや木桶、シャンプーなどもちゃんと付いていた。
「本当だ」
シャンクスも驚いて声を出す。
「こんな所に泊まれるなんて……。本当にありがとうございます!」
ハルはにこりとシャンクスに礼を言う。
「おいおい。……まァ一応新婚旅行だからな」
シャンクスは頭を乱暴にかいた。
「そ、そうでした」
ハルは照れた様に笑う。
そんな可愛らしい我妻にシャンクスは優しく口付けた。
「悪かったな。本当なら1週間くらい休み取って海外とか行きたかったんだがな」
シャンクスは少しだけ残念そうにハルの頬を両手で優しく挟み、間近で見る。
「う、ううん。私はこうしてシャンクスさんと旅行出来るだけで嬉しいです」
近いシャンクスの顔にドキドキと胸を高鳴らせながら力強く言う。
「そうか」
シャンクスは優しく笑うともう一度ハルと唇を重ねた。
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