演劇しよう!2
「『私は、フリックを信じてる!フリックが好きなの!』」
「……『俺もだ』……『きっと○○を幸せにする』」
甘い言葉ではあるが、声は平淡なものである。いわゆる、棒読みだ。
「ちょっと!もっと気持ちを入れて!」
痺れを切らせたエミリアが声を荒げた。
「……でも……」
○○は困った様に声を出す。
「おい!フリック!お前、○○を睨み過ぎだ!怖いぞ」
笑いをこらえてビクトールがフリックを見た。
「うるさい!元々の顔だ!」
フリックはイライラと叫んだ。
今は、台本を元にした台詞合わせをしている。
フリックとヒロイン(代理○○)のシーンだ。
フリックは端からやる気がないのか、終始辺りを怖い顔で見ている。○○はそれに怖がっていた。
「よし!次で上手く行けば今日はケーキでも奢ってやる!」
ビクトールはニヤニヤと笑いながら声を出した。
「ケーキ!……わかった!やる!頑張る!」
○○は手をぐっと握って気合いを入れた。
「頑張ろう!フリックさん!」
「……お、おう……」
○○の気合いにフリックは気圧されていた。
「はい、じゃあフリックとヒロインがヒロインの部屋で会話するシーンから!」
エミリアはパンッと台本を叩く。
「『誰?誰かいるの?』」
○○は台本を持ったまま、フリックがいるバルコニー(と言う事になっている所)に近付けた。
「お…『俺だ、○○。開けてくれ』」
フリックはため息を1つついてから、付き合う事にした。
「『フリック!良かった、無事だったのね!』」
○○はフリックを部屋に招き入れた。
「『あぁ。お嬢様』」
「『お嬢様なんてよそよそしい!名前で呼んで』」
○○はイヤイヤと首を横に振る。
「……『○○、お前カミューと結婚が決まったんだってな』」
「『……』」
「『どうした?』」
○○は顔を伏せる。それを(『心配そうに』)覗き込むフリック。
「『私……やっぱり』か『カミューとの結婚は止める!』」
『カミュー』と呼び捨てにするのを躊躇う○○は少し噛む。
「『そんな事……出来ないだろう』」
フリックは(『つらそうに』)○○を見た。
「『でも……でも!やっぱり私、フリックが!』」
「『それ以上言うな。俺も…』」
「『私……フリックとだったらどうなっても大丈夫だよ?』」
「『……お前はお嬢様なんだぞ?今更知らない土地で貧乏暮らしは出来ないだろう』」
「『そんな事ない!大丈夫!』」
○○は真剣にフリックを見上げる。
「『……俺は……お前を大切に思ってる』」
フリックは台本通りに○○の両肩に両手を乗せる。○○はビクリと体を揺らした。
「じゃ……『じゃあ、私をここから連れ出して!フリックと一緒じゃなきゃ幸せになんてなれない!』」
「『……苦労するぞ』」
「『うん』」
「『金なんてないぞ』」
「『うん』」
「『……はぁ』」
「『ふふ、フリックのため息は了解ね?』」
「『呆れているんだ』」
「『私はフリックを信じてる!フリックが好きなの!』」
「『俺もだ。きっと○○を幸せにする』」
「良いわね!じゃあ、このまま続き!カミューさんもお願いします」
エミリアは嬉しそうにイキイキとカミューに指示を出す。
ーーコンコン
「『○○、いるかい?』」
カミューは近くの机を叩いてノックを表現した。
「『カミューか……』」
フリックは○○から顔を上げながら呟く。
「『はーい!とりあえず、バルコニーに!見つかっちゃう!』」
○○はフリックをバルコニーへ押した。
「『○○、必ず迎えに来るから用意して待ってろ』」
「『うん!』」
○○はフリックの言葉ににっこりと笑顔で返した。
「『お待たせカミュー』」
○○はフリックが姿を消した(実際にはビクトールの隣に移動)のを確認してからドアを開ける(真似をした)。
「『こんにちは、○○。……誰かいたのかい?』」
カミューは部屋に入りながら(真似ながら)訪ねた。
「『いえ!まさか』」
○○は小さく手を振った。
「『……まぁ、良い』」
カミューはチラリと窓の方へと視線を向けた。
「『ところで今日はどうしたの?』」
○○は誤魔化す様に聞いた。
「『用が無ければ恋人の家に来てはいけないのかい?』」
カミューはにこりと笑った。
「……あ、『いえ、そんな事はないわ』」
○○は一瞬カミューの台詞に惚けた。
「『別に○○を困らせる気はないよ。ただ、結婚式の事でね』」
カミューは右手をするりと上げて○○の髪を少し掬い上げた。
「『君の髪をアップにするか、下ろすかを決めようと思ってね』」
そう言いながら持ち上げていた髪に口付けをした。
「……っ!!『あ、あの、カミュー』……『その……結婚の事何だけど』」
○○はカミューの台詞通りの動きに驚き固まるが、何とか続きを言った。
「『なんだい?』」
「『そ、その……中止に出来ないかしら?』」
○○はおそるおそるカミューを下から見上げた。
「『中止?どこか調子でも悪いのかい?』」
カミューは不思議そうに声を出した。
「『いいえ!いたって健康よ!そうじゃなくて…』」
○○は言いにくそうに下を向いた。
「『……フリック……か』」
「『カミュー……』」
「『さっき部屋にいたのもあいつだね?』」
カミューは少し厳しい顔付きで言う。
「『あのね、カミュー!』」
カミューは何か言いたそうな○○の顎を曲げた人差し指で持ち上げ、視線を無理やり合わせた。
「『俺はあなたを愛しているよ、誰よりも』」
「っ!!か『カミュー……』」
○○はさすがのカミューの動きに顔を赤くしてしまう。
本来はつらそうな顔をするはずの場面である。
「良いわ!良いわ!!良いわ!!!」
突然したエミリアの声に○○はハッとした。
「カミューさん、最高です!」
「それは……光栄です」
エミリアの興奮した声にカミューは苦笑しながら頷いた。
「この『カミュー』には違う場面も用意しなきゃ!あぁ!忙しくなりそう!」
エミリアは嬉々として部屋から出ようとする。
「もう終わりで良いのか?」
ビクトールは慌ててそう聞いた。
「今日は大丈夫ですわ」
エミリアは笑顔でそう返す。
「ところでヒロインはどうする?このまま○○で良い気がするが?」
ビクトールは○○を親指で指した。
フリックとカミューからも無言ではあるが、賛同するように顎をひいている。
「わたくしも先程までそう思いましたが今では違う役を用意することにしましたわ!」
エミリアはそれだけ言うと走り去っていった。
「……はぁ…」
フリックはため息をついた。
「さてっと、じゃあそろそろ行くか?」
ビクトールは少し呆れながらカミューと○○を振り返る。
「ん?どうした?」
動こうとしない○○をフリックは不思議そうに見た。
「っと!大丈夫ですか?」
ふらりと○○が崩れ落ちるのをカミューが腰に手を回して支え、その場に座らせた。
「おいおい!どうした?」
ビクトールは驚いて○○に近付いた。
「……腰が……抜けました……」
○○は顔を真っ赤にしながらうつむいた。
「……カミュー、やりすぎだな」
フリックは呆れながらカミューを見た。
「そうですか?」
カミューはしれっと言う。
「はは!」
ビクトールはカミューの態度に笑った。
「ほら」
ビクトールが握った手を出してきた。不思議に思いながら手を出すと、ちゃりんとコインが数枚落とされた。
「ケーキでも買って来い」
「多くないですか?」
○○はビクトールから受け取った金を確認した。
「俺の分も買って来いよ」
ビクトールはニヤリと笑った。
「お!なら俺も」
フリックも数枚同じ様にコインを○○の手のひらに乗せた。
「えー?!これじゃあ、使いっ走りじゃない!」
○○は不平を訴える。
「そんな事ねーよ。金は多目に渡したから依頼だよ」
ビクトールはニヤニヤとする。
「酒場で待ってるぞ」
フリックは○○の頭をぽんぽんと叩く。
「フリックさんまで……」
○○はため息をひとつついた。
「○○さん、一緒に行きましょう」
カミューがにこりと笑った。
「え……良いんですか?!」
○○はカミューの申し出に顔を明るくした。
「もちろん、どうぞ」
カミューは自然な動作で○○をレストランの方へとエスコートした。
「……あいつらくっ付くかねぇ」
ビクトールはレストランに向かった2人を見てポツリと呟いた。
「さあな」
フリックは疲れた様に首を鳴らした。
「で?何でホール2つ?」
「だって三割引なんだもん!」
「こんなに食えねぇよ!!」
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