貴女と暗闇で
「ただいまー」
「○○、お帰り。良いのあったかい?」
「これ!大根!さすがトニーくん!良い出来ですよ」
酒場に食材を持って帰ると主人のレオナが出迎えた。
「今日はふろふき大根を目玉にしようかね」
レオナは上機嫌でキセルをふかした。
「ふろふき大根かぁ、良いな」
「あ!ビクトールさん!こんな時間からやってるの?」
テーブルではビクトールが酒を煽っていた。
「なんだよ、○○。口うるさく言うなよな」
クツクツと笑うビクトールに嫌味のひとつでも言いたい○○だか、口では勝てないので、無視する事にした。
「じゃあ、大根切りますね」
「あぁ、頼むよ。あ」
そこでレオナは気付いた様にビクトールを見た。
「あんた、そろそろ行かなくていいのかい?U主が呼んでるんだろう?」
「あぁ、そうだな…」
ビクトールはグイッと最後の酒を飲み干した。
「ほんじゃま行ってくるわ、またな」
面倒臭そうに立ち上がると、ビクトールは酒場を後にした。
「何かあるんですか?何だかビクトールさん面倒臭そうでしたね」
不思議そうにビクトールが出て行ったドアを見ながら声を出した。
「何でも、まあU主の思い付きで何かやるみたいだよ」
レオナは少し楽しそうに声を出した。
「へぇ」
U主の思い付きは今回が初めてでは無い。
ある時は大食い大会。また、ある時はどこから聞いてきたか、クリスマスパーティー。
そして、年越しには除夜の鐘を鳴らすと言う行事を行った。
「今回はなんですかね?」
「さぁねぇ」
二人はそんな話をしながら食事の下ごしらえをした。
「おはようございます」
「おはよーございまーす」
次々と従業員達が出勤してくる。
「○○、早番お疲れ様!もう、上がって良いよー」
「はーい、お疲れ様でした」
早番は、食事の下ごしらえの為に早く出勤するが、早めに終わるので人気だ。
「さて、今日は何しようかな?」
アシタノ城を歩きながら○○はこれからする事を考えていた。
「あれ?」
廊下の反対側から、赤騎士の影が足早に近付いて来た。
(そう言えばさっきから色んな人が走ってるなぁ)
などと、ぼんやりと考えていた。
「カミューさん!こんにちは」
「これは○○さん、こんにちは」
やはり、近付いて来たのは元赤騎士団長のカミューであった。
「何かお急ぎですか?」
「えぇ、まぁ…」
○○の質問に珍しく歯切れ悪く答える。
「来た。○○さん、こちらへ」
突然カミューは○○の手を取ると、手近な部屋へ入った。
「なっ!ちょっ!カミューさん?」
「シッ!」
突然手を握られ、二人きりになり○○は少なからずドキドキと戸惑った。
その一方、カミューは少し厳しい目で静かにするようにと、人差し指を自身の口元に当てた。
「……○○さん、少々失礼します」
キョロキョロと部屋を見回してからカミューは再び○○の手を引いた。そして、置いてあったクローゼットの中に入った。
○○は訳が解らず、おどおどとするが、クローゼットの中の暗闇に慣れるため、目を瞑った。
「すみませんが、少しの間声は出さず、身動きはしないで下さい」
カミューの声が耳元で聞こえた。
息のかかるくらいの位置から声をかけられ、○○は心臓をバクバクとさせながら両手で口を押さえてコクコクと頷いた。
狭いクローゼットの中、目を開けると、うっすらと見る事が出来た。
○○はクローゼットの扉を背にしている。目の前にはカミューの騎士服が見えた。
少し視線を上げれば、扉の隙から外をうかがうカミューが見えた。
○○はカミューに抱えられるようにいたのだ。
(なんか、カミューさんって良い匂いがする。コロンとかつけてるのかな)
などと、考えていると
ーーガッチャン!!
「ここね?!」
突然、部屋のドアが開き、ナナミの元気な声が響いた。
それに驚き、ビクリっと体が揺れれば○○の背中をカミューの手が優しく撫でた。
「あっれー?おかしいなぁ!ここだと思ったのに!」
ナナミは残念そうに、部屋へ入り見回した。
「隠れてるのかしら?」
ナナミはテーブルの下を覗き込んだりして、クローゼットに近付いた。
「ナナミー!こっちにフリックさんがいた!!」
「あぁん!お姉ちゃんが行くまでまちなさーい!」
U主の声に素早く反応したナナミは足早に部屋を飛び出した。
足音は部屋から離れて行った。
「突然すみませんでした。もう大丈夫ですよ」
カミューは足音を確認してから、クローゼットから出た。
「びっくりしました。どうて隠れたりしたんですか?」
まだ、ドキドキの収まらない心臓を押さえながら○○は離れて立つカミューを見た。
「U主様発案の鬼ごっこ大会なんです」
カミューはにっこりと微笑む。
「鬼ごっこ…ですか?」
「ええ、U主様の鬼から始まり、捕まったら鬼になるんですよ。鬼が増えて行くので、なかなか怖いですね」
「なるほど」
カミューの言葉にビクトールの行動を思い出した。
きっと彼もこの鬼ごっこに参加して(させられて?)いる事だろう。
「やるからには全力でやらないと」
と、カミューはイタズラっぽい笑顔をした。
「説明している暇がなく、一緒に隠れていただきましま」
「いえ、私もドキドキしましたが、楽しかったですよ」
○○はそう素直に笑った。
「そう言っていただけると、私もほっとしますね。と、お喋りはここまでのようです」
カミューはそう言って窓際へ移動した。
「え?」
ーーバーン!!
「カミューさん、みっけ!」
突然部屋のドアが開き、テンガールが入って来た。
「おや、素敵なレディに追っていただけるとは光栄ですね。ですが、逃げます」
カミューはにっこりと笑うと窓を開け、バルコニーからひらりと飛び降りた。
○○とテンガールは驚いてバルコニーに駆け寄り下を見ると、すでにカミューは遠くに走って行った。
「あー!逃げられた!ヒックス!飛んで!」
「む、むちゃだよ」
テンガールの言葉に、後から入って来たヒックスは眉根を下げて答えた。
「もー!行くよ!!」
「あっ!待って!」
仲良しカップルが出ていくと、○○はクローゼットを何となく見た。
頬に熱を感じながらにやける顔をパチンと叩いた。
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