貴女がいて良かった
「私はマイクロトフさんかな。あの、たくましさが良い」
「私はフリックさんかなぁ」
「ニナちゃんと張り合うんだ?」
「あはは。あの若さには負けちゃうかも」
「私はザムザさん」
「「「マニアック!!」」」
「○○ちゃんは?」
「私?私はやっぱりカミューさんが好き」
「うーん、王道ね!」
短い休憩時間に話すのはタイプの男性の話。
「ほらほら!そろそろ休憩終了!!」
「「「「はーーい」」」」
「私、午後使う布巾貰いに行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
○○は、食堂で使う布巾を貰うために中庭のヨシノの元へ向かった。
今日は太陽の輝く明るい日だった。冬でも、薄着で出歩ける過ごしやすい日。
「こんにちは、ヨシノさん」
「○○さん、こんにちは。はい、これ出来上がってますよ」
ヨシノから布巾を受け取る。洗濯された布は太陽のような暖かい匂いがする。
「ありがとうございます。今日は良いお天気ですね」
「ええ、本当に。まさに洗濯物日和ですわ」
ヨシノは嬉しそうに風ではためく洗濯物を見て笑った。
「さて、私はまだまだ洗濯物をしなきゃ!○○さんもこれから夕飯の仕度ですか?」
「はい。私も頑張って美味しい物作りますね」
笑顔で別れると、足早に食堂へと向かった。
たくさんの布巾を持っているせいで、目の前を10歳くらいの男の子が横切るのを確認するのが少し遅れてしまった。
「わぁっと!」
「お姉ちゃん、ごめんね!」
男の子は笑顔で、手を振りながら走って行ってしまった。
「まったくもー!でも、元気なのは良い事かな?」
そこまで考えて、○○は男の子の消えた方を見た。
「こっちのが、近道なのかな?」
狭そうだが、なんとか通れそうなのでその道を進んでみた。
今は使われていない、昔の道らしく、所々壊れた舗装してある道を進む。
「ラッキー!本当に近い!あの男の子に感謝だわ」
○○が上機嫌で前を見ると男の子が壊れかけた橋の上を歩いていた。
嫌な予感がすると同時に○○は駆け出していた。
距離にして50mくらいだった。
○○が橋にたどり着いた時には男の子の足元が崩れた。
「うわっっ!!!」
まるでスローモーションのように、男の子は下に落ちて行った。
○○は持っていた布巾をばらまいて、男の子の腕をギリギリ握った。
「いっ!!」
「ぁ!お姉ちゃん!」
男の子の体重に加えて、落ちるスピードが加わり、掴んだ手は激しく痛んだ。
「だ、いじょうぶ?」
「うん」
「声だして。何とか、助けを呼ばなきゃ」
「う、うん。誰かーー!!」
震える声で男の子が声を出す。
○○では、男の子を引き上げる事も出来ない。
むしろ、緊張で汗をかき、いつまでもつかわからない。
自分で声を出せば早いのかもしれないが、下手に力を入れてしまったら、男の子を離してしまいそうだった。
「もっと!」
「誰かーー!!助けてーー!!!」
こんな狭く、誰も通らないような道だ。黙って待っていて誰かに見つけて貰うのは不可能に近い。
「もっと!お姉ちゃん、手を離さないから、頑張って!」
「誰かーー!!誰かーー!!」
男の子の声は泣き声になって行く。
「泣かないで!声が小さくなる!頑張ろう!」
○○の腕はつらく、まだ何とかもつ。しかし、汗が滑りを良くして行く。
「っ!!」
「うわっっ!!!」
腕を掴んでいた手は、滑り、何とか手を掴む事で止まった。
「うわぁぁぁぁん!!」
「だ、誰かーー!!」
○○は大きな声を張り上げた。男の子は泣き出し、動くので、余計な負担もかかってきた。
(う…も、もうっ!)
「もう少し!」
後ろから誰かが走って来る気配を感じ、声がした。
男の子の腕をグイッと掴んで○○ごと持ち上げ、地面に2人を地面に下ろした。
「大丈夫かい?」
柔らかい声が男の子に向かった。
「う、うわぁぁぁぁん!!」
その声に安心したのか、男の子は声の主に抱きついて泣き出した。
「よし、怖かったな。でも、男がそんなに泣くなよ」
にっこりと笑うと男の子はぐっと泣くのを我慢した。
「よし、良いぞ。じゃあ、行って良いよ」
よしよしと頭を撫でると男の子は頭を下げた。
「お姉ちゃん!お兄ちゃん!ありがとう!」
男の子は一度振り返って○○達に向かって笑顔で礼を言うと城の方へと走って行った。
「大丈夫ですか?」
「カミュー…さん」
2人を助けてくれたのは、紛れもなく○○の想い人のカミューであった。
「……」
「間に合って良かった」
カミューはにっこりと微笑むと、座り込む○○の目線に合わせた。
「訓練から終わって、歩いていたら、悲鳴が聞こえたので慌てましたよ」
「…」
「怪我はないですか?」
カミューを何も言わずに見つめていた○○は急に震えだした。
「ダメかと思った……」
「……」
「もう、本当にダメかと思ったんです」
震える声とともに涙も溢れて来た。
「腕は痺れてくるし、汗で滑るし、もう、本当にダメかと…」
泣き始める○○の背中を優しく撫でるカミュー。
「手を離してしまいそうで……」
「失礼ですが、レディお名前は?」
「……○○です」
「○○さん、ありがとうございます。あなたがいなかったら、あの子は無事ではすみませんでした」
カミューは○○の目を見て真剣に語り始める。
「あ…」
「ありがとうございます」
カミューはもう一度礼を言うと、○○の背中を優しく撫でる。
「でも、もし、私が手を…」
震えの止まらない体を自分で抱き締める。
「それでも○○さんは手を離さなかったじゃないですか。大丈夫」
「…ふ、ふぇーーー」
「よしよし、頑張りましたね」
耐えきれず泣き出した○○の頭を優しく撫で、カミューは落ち着くまでそうしていた。
「…す、すみません」
時間にした、数分の出来事に○○は急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら、謝った。
「落ち着きましたか?」
「はい。すみません」
落ち着きを取り戻すと、襲ってくるのはどうしようもない羞恥心。知らず知らずにうつむいてしまう。
「では、そろそろ帰りますか。どうぞ、レディ」
カミューの差し出す手を恥ずかしそうに取ると、○○はエスコートされるまま、城に帰って行った。
それから2人は会えば挨拶をする仲に前進した。
そんな、冬のある1日の出来事。
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