その口からその声で

「ふぁぁ」

朝の早い時間○○はすっかり日課になった、ジョギングをする為にアシタノ城を出た。
朝露に濡れ、風にそよぐ木々を見て、眠い目を擦った。

「昨日は雨も降ってたもんね」

○○はうーん、と伸びをすると、走り始めた。

すでに運動を続ける事、2ヶ月。
体も軽く、引き締まり、軽やかに走る事が出来る様になっていた。


「あ!クライブさん!おはようございます!」

クライブを見付けると、走りながら挨拶をする。

「……ああ」

クライブはチラリと走り続ける○○に視線を送った。

○○はクライブの側で止まる事なく走る距離を延ばしていた。





「おっ!○○、お前本当に走ってるんだな」

走り終えて、酒場近くの入り口付近の人通りが静かな場所で話しかけて来たのはビクトールだ。

「ビクトールさん!おはようございます。もちろん、続けて走ってますよ」

○○は肩に掛けたタオルで汗を拭きながら笑顔でビクトールに近付いた。

「へぇー、偉い、偉い!」

ビクトールは子供をあやす様にぽんぽんと○○の頭を他叩いた。

「えへへ、ありがとうございます!だいぶ、筋肉も付いて来たんですよ!ホラ!」

○○嬉しそうに腕捲りをして、少し盛り上がる筋肉を見せた。
ジョギングに加えて、腕立て伏せと腹筋もトレーニングメニューに加えたのだ。

「これでか?」

「……」

「いや、凄いぞ!○○は頑張ってるな!」

「はい!」

○○の不機嫌そうな顔ににっこりとビクトールが笑った。

「しかし、もう運動は要らないだろ?」

「え?でも、続けるのが大切だって言ってましたよ」

「いや、だから、運動なら夜にして」

「ビクトール殿、おはようございます」


ビクトールの言葉を遮る様に声が響いた。

「げ、カミュー……」

「カミューさん!おはようございます」

「おはようございます、○○さん」

にっこりと爽やかな笑顔で○○に挨拶をした。

「時にビクトール殿、一体なんの話をなさっていたのでしょうか?」

カミューはビクトールに向き直り、黒い笑顔を向けた。

「いや、その、なんだ、あれだ!もう、運動は必要ないんじゃないか?って話をだな!」

ビクトールはカミューの威圧感に押されながらも声を出した。

「へぇ」

カミューは冷たい視線をビクトールへ送った。

「でも、走るの楽しくなって来たし、適度な運動って良いって言うじゃないですか」

○○は嬉しそうにビクトールとカミューへ説明した。

「そうですね」

カミューは黒い笑顔を消して○○ににっこりと頷いた。

「そう!適度な運動やってんだろ?よ」


ーーーヒュンッ


「……」

「……」

「……か、カミュー……さん?」

ビクトールの言葉を遮る様にカミューは予備動作なく、ユーライアを抜くと、凄まじい速さでビクトールの顔スレスレを突き刺した。
スーッとビクトールの頬に赤い線が浮き上がった。

「失礼、毒虫が居たもので」

カミューはにっこりと黒い笑顔でユーライアの切っ先に付いた虫の欠片をビクトールへと見せた。

「い、いや、は、ハハハハ」

ビクトールは冷や汗をかき、顔をひき吊らせて笑った。


そして、心の中で「カミューは怒らせてはいけない危険人物」と、強く認識した。


「っとに、ビックリしました……」

○○は目の前で起こった出来事に腰を抜かし、ぽすんとその場に座った。

「大丈夫ですか?」

カミューは少々やり過ぎたと思いながら○○に手を差し出した。

「あ、はい」

○○は照れた様にカミューの手を取り立ち上がった。

「虫が居たのがビクトールさんじゃなくて、私だったら大怪我ですね。避けられないもの」

○○は誤魔化す様にビクトールを見た。

「まさか!○○さんに剣を向けるだなんて危険な事しませんよ」

カミューはにっこりと微笑んだ。

「……」

二人の世界に入り込んでしまったカミューと○○を呆れながらビクトールは見ていた。

「ってかさ、お前ら付き合って結構経つよな?まださん付けなんだな」

ビクトールがふと、気になった事を口にした。

「え?あ、そうですねー、うん」

○○はビクトールの言葉に気付かされた。

「まぁ、でも……」

○○はチラリとカミューを見上げた。

「歯切れ悪いな。カミューだって呼び捨てして欲しいだろ?」

ビクトールがニヤニヤとカミューを見た。

「え?ええ、まぁ」

カミューは困った様に笑った。

「ほらな!○○もカミューも運動ばっかに気を取られてないで、他の所にも気をかけてみなー!じゃあな」

ビクトールはカミューの鋭い視線から逃げる様に走って行った。

「……全く、あの人は……」

カミューは呆れた様にビクトールの去った方向を睨み付けた。

「さて、朝食でもいかがですか?」

「……」

「○○さん?」

黙ったままの○○を不思議そうにカミューは覗き込んだ。

「……カミューさん」

「はい?」

○○は不安に揺れる瞳をカミューへ向けた。

「……あの……」

「○○……」

カミューの言葉に○○は顔を赤くする。

「解っています。私がこう呼ぶのは抱く時だけですからね」

カミューは優しく○○を抱き寄せた。

「……あの……」

○○は戸惑いながらも、カミューを抱き返した。

「はい?」

「やっぱり呼び捨てが良いですか?普段も……」

○○はカミューを真剣な表情で見上げた。

「……正直に言っても良いですか?」

「は、はい」

カミューは少し考えてから口を開いた。

「もちろん、呼んで欲しいですよ。貴女のその口から、そして、その声で」

カミューは穏やかに微笑みながら、指で○○の唇をなぞった。

「……私、雰囲気を大事にしたいと言いますか……その……」

「はい?」

「カミューさんが私をそう呼んでくれる時が特別なのが嬉しいんです。……それに……」

「それに?」

「あの……」

○○は照れきった顔でおずおずと口を開く。

「カミューさんが私を呼ぶ時の顔を、他の人には見せたくなくて……」

○○はチラリとカミューを見上げた。

「○○さん」

「あ、でも!嫌な訳じゃないんですよ!その内、呼びたいとは思ってるんです!」

「はい、今はそれで良いです」

カミューはにこりと笑った。

「……カミューさん……」

「もちろん、○○さんが呼びたくなった時で良いですよ。あ、でも」

「でも?」

「この戦争が終わったら、是非呼んでください」

カミューは優しく○○へと唇を落とした。

「はい!わかりました!」

○○は嬉しそうに頷いた。

「でも」

カミューはグイッと○○を抱き締め、口付けをする。

「んっ」

最初は唇を合わせるだけだったが、だんだんと深くなっていく。

「なっ、ん、かみ」

何とか声を出そうと試みるが、カミューの口付けはそれを許さない。

「んっ」

「はぁ」

じっくりと○○の唇を堪能したカミューはようやく離れた。

「二人の時には名前を呼んでください」

「か、カミュー……」

○○はトロンとした熱っぽい瞳でカミューの名を口にした。

「上出来です、○○」

カミューは普段では決して見せない熱を帯びた目で○○にもう一度触れるだけの口付けをする。

「ふふ。物足りないですか?」

カミューはイタズラっぽく笑った。

「なっ!カミューさん!」

○○は怒った顔でカミューを見上げた。

「私は足りませんよ、全然」

カミューはにっこりと少し黒く微笑んだ。

「ー!!」

「では、続きは今夜」

カミューは耳元でそう囁くと、○○の耳に唇を落とした。

「んっ!」

ダイレクトに聞こえるリップ音に○○は背中をゾクリと震わせる。

「○○さん。あんまり可愛い反応しないでください」

カミューは困った様に笑うと○○を拘束していた手を緩めた。

「か!カミューさん!なんか、イジワルですよ!」

○○は照れ臭いのを誤魔化す為に声を出した。

「元々の性格です」

「……」

当然の様にカミューは綺麗な笑顔を○○に向けた。

「さて、朝食にしましょう」

カミューはいつもの笑顔を○○へと向けた。

「そうですね。お腹ペコペコです」

○○は差し出されたカミューの手を自然な動作で取り、二人はアシタノ城へと入って行った。

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