甘いお菓子
雨が降り続く日々が続いていた。
ここアシタノ城では子供がまた暇をもて余していた。
もちろん、暇をもて余しているのは子供だけでも無かったが。
「雨……今日もやまないですね」
○○は酒場の窓から空を見上げた。
「そうだね……。暇をもて余した大人達が昼間から酒を飲んでるしね。まぁ、私としては儲かるから良いんだけどさ」
酒場の女店主のレオナはキセルをふかしながら言った。
「売り上げに貢献してるんだ。まぁ、良いだろう」
ビクトールはジョッキでグビリと酒を喉に流し込んだ。
「今日は相方はどうしたんだい?」
「あ?フリックか?フリックならU主と一緒にお散歩だ」
ニヤリと笑いながらビクトールは言う。
「お散歩って……」
○○はクスリと笑った。
「でも、まぁ、外は雨だしな。今日は早めに帰るとか言ってたぞ」
「そうかい」
「○○!!キッチン空いたよー!」
「はーい!ありがとう!」
厨房からの声に○○が反応して入って行く。
「なんだ?あいつ何か作るのか?」
○○の行動に興味を持ったビクトールがレオナに聞く。
「ふふ。何でも最近彼氏が出来たみたいでね、お菓子を作るんだと」
レオナは艶っぽく笑った。
「ほーー。それはそれは!」
ビクトールもニヤニヤと笑いながら○○を見た。
「さ、てと。卵を黄身と白身に別けて泡立てる」
シャカシャカと軽い音を立てて泡立て器でしっかりと混ぜていく。
「砂糖を入れてさらに混ぜてっと。腕疲れる……」
○○は何とか失敗する事無くケーキの生地を作る。
「これを型に入れて……竹串でくるくるっと。よし、オーブンへ」
余熱したオーブンに入れて焼き始める。
「よし、次は…」
オーブンで焼いているうちにクッキーも作る。
「お、良い匂いがしてきたな」
ビクトールは鼻をくんくんとならす。
「きっとあんたの口には入らないんじゃないかい?」
レオナが意地悪くニヤリと笑う。
「へいへい。人の恋路は邪魔しませんよー」
ビクトールは酒を煽った。
「休ませた生地を型で抜いて」
クッキーを次々と型抜きしていく。
ここの厨房にしまってあった物を洗って使える様にしたのだ。
「よっし、出来た!ケーキは?」
○○はオーブンを覗き込む。
「良い感じ!」
オーブンから出し、逆さまにして冷ます。
「で、このままクッキーを入れるっと」
空いたオーブンにすぐさまクッキーを乗せた天盤を入れる。
「ふぅ。ちょっと休憩」
○○はクッキーを入れる袋の準備をした。
そして
「クッキーも完成!美味しそうに出来た」
○○は嬉しそうに焼きたてのクッキーを金網に乗せた。
「で、さっきのケーキは冷めたから型から外して……」
○○は慎重にケーキを型から外す。
真ん中に穴が空いたふかふかのシフォンケーキが出来上がった。
「うん!上出来!!」
続けてクッキーも小さな袋に小分けにしていく。
「レオナさん!キッチンありがとうございました」
○○はかごいっぱいにケーキとクッキーを入れて厨房から出てきた。
「良いって事よ。それより出来たのかい」
「はい!あ、これどうぞ!」
レオナにクッキーの入った袋を渡した。
「ありがとう」
「はい!ビクトールさんにも!」
○○はビクトールにもクッキーの袋を渡す。
「おお!さんきゅ!」
ビクトールは嬉しそうに袋を開けると1つ摘まんで口に入れた。
「うん!旨いぜ!これなら彼氏も大喜びだな!」
ビクトールはニヤニヤと笑いながらクッキーを食べた。
「う、あ、ありがとう」
○○は顔を赤くしながら礼を言った。
「ところで誰なんだ?」
ビクトールがづづいっと身を乗り出して来た。
「へ?」
「彼氏だよ!彼氏!」
「う……誰だって良いじゃないですか!」
○○は困った様な顔をした。
「あ?……もしかして言えない相手なのか……?」
ビクトールは真剣な顔をした。
「そ……そう言う訳ではないと思うのですが……」
○○は付き合い始めたばかりのカミューとの関係は誰にも話していなかった。
ただ、何となくカミューに迷惑がかかる様な気がして言うのを躊躇うのだ。
「おい、○○。不倫は不味いぞ、不倫は」
「は?」
ビクトールの真剣な声に○○は間抜けな声を出した。
「あれか?フリードか?ヨシノとラブラブだと思ったが……」
「あれは不倫出来る器用な男には見えないねぇ」
ビクトールの突拍子も無い言葉にレオナが意見を言う。
「じゃあ、アレクッスもないな」
「ヒルダがいるしね」
「は?」
「それともなんだ?ギルバートか?」
「結婚してたのかい?」
「あぁ。確か故郷に嫁さんと子供残して来てるはずだぜ」
「ち、違います!」
「じゃあキバ将軍か!」
「あんなに大きな息子もいるのに……」
「ちがっ!」
「じゃあリドリーか?」
「異種間恋愛かい……大変だねぇ」
ビクトールとレオナは真面目な顔だが、面白がっているのが良く分かった。
「だから!違います!不倫とかじゃないですって!」
○○はむきになって怒る。
「じゃあ教えてくれよ。誰なんだよ?」
ビクトールが楽しそうに○○を問い詰めていく。
「び、」
「び?」
「ビクトールさんの、おやじ!!」
バタンと大きな音を立てて○○が酒場から出ていった。
「……地味に傷付くな……」
ビクトールはぽつりと呟いた。
「でも、あれだろ?あいつの彼氏って」
「ねぇ。だと思うんだけどね」
「何で隠すかね」
「それが恋する乙女って奴だろ?」
「そんなもんか?」
「そんなもんさ」
レオナは妖艶にキセルを吹かす。
「レオナ、酒」
酒場のドアを開けて入って来たのは遠征に出ていたフリックとカミューだ。
「おや、帰ったのかい」
レオナはカウンターに座ったフリックに酒を出す。
「あぁ。ぷはぁ。生き返るぜ」
「カミュー、あんたも飲むかい?」
レオナが立ったままのカミューに酒瓶を見せる。
「いえ、○○さんはいますか?」
カミューは首を横に振ると店の中を見回した。
「いや、今ビクトールにいじめられて出て行ったよ」
「また何かしたのか、熊」
「ちょ、レオナもフリックも酷いな」
ビクトールは落ち込んだふりをした。
「……行き違いでしたか」
カミューは酒場のドアの方を振り返った。
「おい、カミュー。○○の彼氏ってお前だろ?」
ビクトールは酒を煽りながら聞いた。
「えぇ。そうですが」
「いやにあっさりだな」
カミューのあっさりとした発言にビクトールは拍子抜けした。
「そうなのか?」
フリックは珍しい物を見るような目でカミューを見た。
「えぇ。……何かありましたか?」
カミューは少し真剣な目をした。
「いや、なに。○○の奴が頑なだったからな。お前が口止めでもしたのかと思ってな」
「何故」
「さあな。本人に聞いてくれ」
ビクトールはニヤリと笑うと酒をお代わりした。
ーーコンコン
「はーい」
部屋のドアがノックされ○○は声をかける。
「私ですが」
「今開けます!」
カミューの声に○○は嬉しそうにドアを開けた。
「カミューさん、おかえりなさい!」
「ただ今帰りました」
「どうぞ」
「失礼します」
○○は笑顔でカミューを部屋に招き入れた。
「今、紅茶入れますので座ってください」
○○はウキウキと例のカミュー専用カップと自分のカップを取り出し、沸かしてあったお湯をポットに注いだ。
「どうでした?遠征」
「大きな収穫はありませんでしたが、フリック殿にまた風船がついてましたよ」
「フリックさん、運悪いんですねー」
○○はクスクスと笑いながら温めたカップに紅茶を注ぐ。
「どうぞ、今日はシフォンケーキも焼いてみたんです」
○○はシフォンケーキを切り分け、カミューの前に並べた。
「いただきます」
カミューはシフォンケーキを口に入れた。
「うん、美味しいですよ」
「良かった」
○○はホッとした表情をすると、自らもケーキを食べた。
「今日も雨ですね」
○○は窓に当たる雨を見た。
「そうですね。道もぬかるんで大変でした」
カミューは苦笑した。
「そっか、大丈夫でしたか?」
「えぇ。帰ってすぐに大浴場行きでしたが」
「あ、それで」
○○はカミューがいつもの騎士服ではないラフな服装を見た。
「えぇ。……ところで○○さん」
カミューはカチャリとカップをソーサーに戻した。
「はい?」
○○はケーキを口に入れた。
「何故ビクトール殿に私と付き合っている事を言わなかったのですか?」
カミューは真剣な表情で聞いた。
「けほっ!」
突然の質問に○○はむせてしまった。
「大丈夫ですか?」
「けほ、はい」
カミューからカップを受け取ると一気に飲み干した。
「はぁ、突然どうしたんですか?」
○○はカミューを下から見上げた。
「ビクトール殿に聞きました。貴女が私と付き合っている事を言わなかったと」
「……」
「私との事を言うのは嫌ですか?」
「違います!」
「恥ずかしい?」
「……と、言うのもあるのですが、照れくさい?」
○○は真面目に自分の気持ちと向き合った。
「何て言ったら良いのか……」
「……何か嫌な事でもありましたか?」
「いえ!そんな事は!ただ……」
「ただ?」
「ただ……カミューさんに迷惑がかかるかと……」
○○は消え入りそうな声を出してうつ向いた。
「迷惑?」
「……はい」
「迷惑だと思っていたら始めからお付き合いなんて申し出ません」
カミューはハッキリと声を出した。
「……すみません」
○○はつらそうな声で謝罪した。
「いえ、私は怒っている訳ではないのですよ」
カミューは優しく○○に笑いかけた。
「……」
「私達は別に悪い事をしている訳ではないのですから」
「そうですね、そうですよね!」
「えぇ」
○○の元気の出た顔を見て、カミューもにっこりと笑顔になった。
「別に誰彼構わず言えと言う訳ではないです。でも、聞かれたら言うくらいで良いのではないでしょうか?人間隠すと余計に知りたがりますからね」
「わかりました。……ありがとうございます」
○○はにこりと礼を言った。
「カミューさんは凄いですね。私、何だか自信がないんです」
○○は席を立つと再び紅茶をカップに注ぐ。
「……」
「何か、私みたいな人がカミューさんの彼女で良いのかしら」
○○は困った様に笑いながら、元のベッドへと腰を下ろした。
「当たり前ですよ。他の誰でもない、○○さんの事が好きなんですから」
カミューは珍しく力強い声を出した。
「ありがとうございます。……すみません、今のはカミューさんにそう言って欲しくてわざと言いました」
○○は恥ずかしそうに笑う。
「……。そうですね……」
カミューは○○の座るベッドに移動した。
「カミューさん?」
カミューは○○の隣に座り、にこりと笑うと
軽く唇を重ねた
「これで少しは信用して頂けますか?」
カミューは顔を近付けたまま囁いた。
「あ……。はい!」
○○は嬉しそうに笑った。
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