初めは知らなかった。自分にこんな異能力モノが眠っていたなんて。

彼女の能力は生を受けた其の時既に備わっていた。だが彼女が生まれたばかりであれば能力も又生まれたばかり。

誰かに触れた瞬間命を奪うと云う事は皆無であった。だが其の命を奪うと云う能力が完全に眠っている訳では無い。彼女に触れた者の命を、異能力それは少しずつ、だが確実に奪っていた。

先ずは母親だった。其れは至極当然の結果だ。赤子に授乳するにしろ子守唄を歌うにしろ、寄り添うのは何時も母親だったからだ。

彼女の母親は彼女が齢四つの時に死んだ。原因は不明。未だ彼女の異能力も未熟な為灰にすらならなかった。

二人目は齢の離れた兄だ。母が死んだ事にまだ理解が着いていかなかった彼女を悲しませまいと母親の様に寄り添った彼が其の二年後に死んだ。

名目上は交通事故によるものとされたが、共にいた友人は横断歩道の信号待ちの際に彼から何かが舞っていたと云う。不思議に思って見つめれば、彼は突然倒れ走行車と衝突したと証言していた。

当時齢六つ。哀しみを知っても絶望と云う文字すらまだ知らずに居た。

残ったのは父だけだった。仕事の忙しい父は彼女に触れる機会が母や兄に比べて極端に少なかった。だけれど哀しみを仕事で紛らわせようと父は必死だった。

夜中、父の啜り泣く声が聞こえるのは日常茶飯事。彼女は失った哀しみよりも父を支えなければと其の小さな身体から涙を奪った。

三年もすれば父が啜り泣く声はもう殆ど聞こえなくなっていた。仕事仲間と飲みに行き、少し飲み過ぎた日には家に帰って来て泣いていた。

でもそんな時は彼女は父に寄り添い背中を撫でた。父も最愛の娘を愛でる様に抱き締めていた。

其れから暫くして、彼女の誕生日に父が犬を買ってくれた。新しい家族に彼女は歓喜し、頬を寄せれば其処を小さな舌がくすぐる様に撫でた。

だが其の小さな小さな命は、一週間と持たなかった。父が不在の家で彼女は兄を失った日以来の涙を零した。如何して、自分はこんなにも失うのだろうか。こんなにも、大切にしていたのに。

そして其の亡骸を抱き締めてハッとした。手の平から何かが溢れたからだ。灰だ。暖炉やバーベキューの時しか見た事は無いが間違いない。何故こんなものが自分の手に。

そんな疑問が過ぎった瞬間だった。亡骸だったものは其の全てを灰と化した。

理解が追い付かなかった。汚れた手と顔、そして服。呆然と其の手の平を見詰めた。

やがて父が帰って来た。何時もは着いている筈の明かりが無く、其の足取りは焦っていた。真逆彼女迄。父の脳裏には最悪な状況が浮かばずには居られなかった。

だが居間への扉を開ければ、其の後ろ姿があって張り詰めて上がったままの肩を漸く下ろした。

彼女の名前を呼んでそっと近付いて行った。そして思わず目を見開く。何故なら呆然とする彼女は灰まみれだったからだ。

何があったのか、彼女の手を握ってそう云った父が、其の場で灰と化した。

矢張り頭が着いていかなかった。父の着ていた物が其のまま床へと堕ちて行くのがやたらゆっくりと見え、自分が何を失ったのか、本当に失ってしまったのかさえ分からなかった。

だが本人の理解とは裏腹に、彼女の能力は彼女の中で完成形となった。触れれば奪う、常世の闇の様な絶望を孕んで。


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「成る程」

太宰は腕を組んで彼女の話した内容の感想をそう完結的に云った。

「詰まり死に場所を探していたら袋を被せられ誘拐された君は、君に触れた"荷物"を殺し騒ぎに駆け付けたマフィアを殺したと云う訳だ」
「其処まで云ってねぇだろ」

太宰の悪意のある云い方に中也は思わずため息を吐く。だが当の本人は笑っている。「だが何も間違ってはいないだろう」と自信満々に彼女へと言葉を放つ。

彼女はただ、その辺を歩いていたら袋を被せられ誘拐され、此処に押し込まれた。そして自分に触れた者は皆死んだとしか話さなかった。

だが太宰の言う通りだ、と思った。父を亡くしてからもうどれ位の時が経ったのかさえ分からない。其れほど唯生きているだけだった。

行く宛も無く彷徨っていた自分は恐らく死に場所を探していたのだろう。そして其の近辺で人身売買の取引が行われている等知らずに足を踏み入れたが為に捕まった。何とも呆れてしまう理由だ。

そしてスーツの男を殺したのも矢張り自分だ。不要いに自分に触れ、能力に気付き悲鳴を上げた"荷物"に銃を向けた男の腕を思わず駆け寄って掴んだ。

何を思ってそうしたのかは分からない。そうすれば死ねると思ったからかも知れない。そうだ、決して誰かを護ろうと思ったからでは無い。絶対に。

「どうすんだよ」

そんな事は最早どうでも良いと言わんばかりに中也が口を開いた。其の言葉に太宰は「うーん」と少し考える素振りを見せて首を傾げる。

「良し、君一緒に来ないかい?」
「はぁ!?」

パンッと音を立てて彼の手の平が重なった。彼の表情は「名案だろう」と誇らし気で、中也は頭痛を訴えて今すぐ家に帰りたいとさえ思った。