「久々に腕がなるなぁ・・!」
「あんま派手にやらないでよね」
首領に怒られるから、と言葉を付け足して前に両手を突き出し指を絡める中也に忠告をする。
「分かってるよ、此方が異能力者連れて来たとなりゃ面倒になるからな」
戦うと云うのは面倒だ。お互いがお互いの正義を振り翳して殺戮を正当化するのだから。其処に他国民の増してや異能力者を参入させたとなればあの参謀は相手側からも自国民側からも卑怯者扱いとなる。
だからこそ隠密に、最低限の人員で鎮圧出来る此の二人が選ばれたのだろう。
「飽く迄私達は援助するのが仕事だよ」
戦果を得て英雄や救世主に成る為じゃないと云うナマエの言葉に中也は「面倒臭え」と悪態を吐く。
彼等は単騎で敵軍の側面に着いていた。目の前には遥か先から猛進して来る敵を待ち構えた者達が百人余りは居るだろうか。
此れを前進して来る味方が来る前に片付けるのが今日の仕事だ。異能力者とは云え銃弾が通らない訳ではない。単純計算で一人頭五十人以上。正直人使いが荒過ぎる、とナマエは小さくため息を吐く。
「風野郎に俺を巻き込むなって云っとけよ」
「大丈夫、小さくて見えて無いから」
「誰が見えねぇだ!」
木陰で様子を伺いながらそんな会話をした。
「ったく、そろそろ行くぜ」
「はいよ」
そう云って中也は帽子に手を当て、ナマエは右手に風を纏わせた。
「疾風、」
ナマエがそう云って前に手を翳せば、敵軍を一直線に風が吹く。其の風に触れた者は自分に何が起こったかも分からず血飛沫を上げ、其の身を地に伏せた。
「異能力、唯哀事勿レ」
そして其のまま灰と化した。まるで、最初から其の場に誰も居なかったかの様に。途端糸を切った様に銃を握り締める敵兵。
木陰に隠れた二人に取り乱した様に銃口が向けられ、数え切れない程の銃声と土煙が舞う。だが戦場にて取り乱した者の後に待っているのは大抵死だ。冷静を欠いた者がまず死んで逝く。其れは今此の場でも当て嵌まる事だ。
ナマエの攻撃は一、二十米は貫通しただろう。詰まり、其の一、二十米間の敵兵が取り乱し銃を乱射したと成れば同士討ちは必須。
そして同時に打てば、弾が切れるのも同時、と云う事に成る。二人の突入の合図は其処だった。
「中也、」
「おう」
銃声が鳴り止んだのを機に疾風が一瞬にして其の土煙を切り裂く。二人は其処から敵兵へと其の姿を晒した。
そして中也が走り出す。ナマエは其の援護。其れが二人の根本的な形だ。こう云った大きな任務に成れば成るだけ。
ポートマフィアでも一、二を争う体術使いの中也。そして重量を操る異能力を持つ彼の付かず離れずの距離を疾風とナマエが駆ける。疾風は最早ナマエの一部だ。初めは風でしか無かった彼は、彼が触れればナマエが触れた時と同じ様に異能力が発動する。其れこそ彼が生きているかの様に彼女の意図を汲み取って。
ナマエとの距離や其の範囲に限りがあり未だ未完成な連携と能力では有るが、其れも大分良くなった方だ。其れに寄って最近では中也の援助では無く、二大戦力として幹部に迄成り上がった。
時たま先日の港の時の様に殺すだけで異能力が発動しない事も度々ある。ナマエ曰く、「疾風は自分が赤色が好きだと勘違いして居る」だ。
疾風は偶然の産物だった。彼女がポートマフィアに来て彼女の異能力について色々調べはしたが、命を奪う事は出来ても命を与える事は其の能力の発動時間から灰として消えてしまう時間を考えても不可能とされてしまった。
だが現にこうして風の異能使いで無いにも関わらず、まるで意思を持っているかの様な風を纏わせて居る。
其の結果、彼女の能力は命を与え、奪うモノとされた。彼が居なければ、唯の命ある者を灰と化すだけの能力だっただろう。
「ったく、ド派手にやれりゃ一瞬で終わるってのにな」
「だーかーらー」
殺しても殺しても湧いて来る敵兵を蹴散らせながら、中也が思わずそんな言葉を漏らす。其れにナマエは目くじらを立てて中也を見る。
そんなナマエに「分かってる」と言葉を遮って中也は異能力と体術を使って、唯の民衆であったであろう敵を赤子の手を折るが如く敵を倒して行く。
「手前こそあんま異能力使うと頭数合わな過ぎて怪しまれるぞ」
「・・面倒臭いな」
「手前なぁ・・」
散々人に云っておいて、と中也は顔をしかめながらそんな事を漏らすナマエにため息を吐く。だがそんな彼女だからこそやり易さはあった。其れこそ、元相棒何かよりもずっと。
戦場に似つかわしく無い小綺麗な格好は其のまま街を歩いて居てもおかしくは無い。二人並べば何処かのレストランにでも行くのかと思える程だ。
「!」
「っ、」
ふと背後から一発の銃声が鳴り響いた。
「ナマエ!」
其れはナマエの腕を捉え、腕が吹っ飛んだかと思う程の激痛がナマエを襲った。其の衝撃で身体が地に伏せる。中也は咄嗟に足を止めナマエに駆け寄った。
「異能力使い過ぎない様にした途端此のザマか」
腕を押さえて立ち上がったナマエは、まるで自分を自嘲するかの様に笑った。小綺麗だった筈の服は土まみれになり、顔にも其れは付いてしまった。
「おい、大丈夫か」
駆け寄った中也がナマエを庇う様に前に立ち、そう声を掛けた。顔だけ振り返れば冷や汗をこめかみに浮かべ青白い顔をしたナマエ。腕は引っ切り無しに血が伝い、其の下には既に血溜まりを作っていた。
一発食らったにしては出血が酷い。恐らくは貫通したのだろう。そして恐らく撃たれたのは旧型の弾丸が大きい物、急所に当たらずとも出血死を目当てに作られた殺傷能力の高い種類の物だろうと推測された。
ナマエを撃った者は其の後息絶えた様だった。詰まり最期の悪足掻きとでも云おうか。正に執念が付けた傷だった。
「平気、此のくらいなら」
ナマエはワンピースの上に羽織っていたコートを半分脱ぎ、袖の部分で其の傷口を縛った。
「手前は下がってろよ、後は俺が」
「馬鹿言わないでよ」
「ばっ!?」
「まぁ、私が死んだら後は宜しく」
「・・っ」
自分の横にそう云って並ぶナマエに中也は顔を顰める。彼女が怪我をするのは初めてでは無い。マフィアとも成れば殺しは日常。となれば其れに付き纏う危険も又日常だ。
怪我も死も又然り。だが彼女は其れがどれだけ身近に迫ろうとも引かない。其れはマフィアの掟からか。否、中也の瞳には彼女が死に急いでる様にしか映らなかった。−−四年前の、あの日から。
自らの死に何とも思っていない。其れを求めている様にすら感じるナマエに中也は小さく舌打ちをする。
「さっさと終わらせる」
「中也・・?」
そう呟いて右手に力を込める中也に、ナマエは思わずそう名前を呼んだ。
「手前は俺が死なせねぇ」
「・・・」
顔を顰めながら敵を睨み付ける中也を、複雑な表情で見つめた。其の言葉は、過去にも聞いた事があった。
(私にそんな価値なんてないよ、中也)
貴方に護って貰える価値なんて、そう思わずには居られなかった。彼は優し過ぎる。あの時と変わらない言葉を、こんな私に投げ掛けてくれるのだから。
そんな事を思えばふと目頭が熱くなって、其れを隠す様に俯いた。