「・・随分劣勢みたいだけど」

地上に降り立って、其の惨状にナマエは思わずそう呟いた。矢張りこう言った現状は上から見ただけでは測り兼ねる。

小競り合いとは云い様で、最早小規模では有るが其れは戦争に近い。死体袋の山を見て、ナマエはそっと手を伸ばした。其の手を伝って疾風が一帯を駆け巡る。

「・・せめて、大切な人の元へ」

途端、灰になった其の山にナマエはそう囁く。戦死した者は普通なら家族の元へ帰される。だが此処まで多くなると其の作業は辛くも削除される。

其れにそんな事は戦が終わってからの話しだ。其れまで彼等を此処に置くのは彼等も、そしてまだ生きている者達に取っても辛いもの。

そんな彼女を垣間見る度中也は思う。マフィアらしく無いと。其れでも戦場に立った彼女は其の衣服と触れただけで敵を灰と化す異能力から【赤い死神】と呼ばれていた。

そして、今では前の相棒との名残もあり、中也とナマエ二人のコンビは【黒赤】と裏社会では知らない者がいない迄になった。

「ポートマフィアの方々かな」

そんな二人を見て、参謀らしき者が現れた。

「死者の弔いに感謝する」

そう云って彼はナマエの手を取ろうと手を伸ばした。

「・・触るな、死にてぇのか」

だが其れを間に入った中也が止めた。其の眼からは殺気が漏れ、参謀は一歩身を引く。

「・・失礼、貴殿らの国では軽薄な行動だったか」

何処か勘違いをした彼に中也は一つ舌打ちをする。だが毎度の事だ。其れを分かっていつつも、思わず過剰な云い方になってしまう。

ナマエの異能力は年中無休だ。何時だって彼女に触れれば、彼女に触れられれば、其の身は灰と化す。肌を合わせると云う条件は有る物の、其れが作動して仕舞えば止める術は無い。唯一人の男を除けば、だが。

其の本人の意思とは関係無く現れる異能力を彼女が一番嫌っている。だが持って生まれてしまった物を嘆く時間は彼女だけで無く、異能力を持つ者皆等しく有りはしない。

「否、此方こそ失礼した。戦況を教えてくれ」

中也はそう云って帽子を胸に当て一つ会釈をする。相手はそんな中也に幾らかホッと胸を撫で下ろし二人を案内した。

「−−あ、美味しい」

そして宿舎にて食事が振る舞われた。其処は綺麗、と迄は行かずとも、食住に困る事は無さそうだった。

「良く食うな」
「中也はもっと食べないとチビの侭だよ」
「余計な御世話だ!」

ったく、と机に置いて有る葡萄酒ワインを開ける。真逆此処に来てこんな物が飲めるとは思わなかったが、在れば飲む。其れが彼だ。

「お、酒もイケるな」

一口含んで中也がそう声を上げる。一瞬にして上機嫌な彼にナマエはヘリの中で彼に云われた言葉を思い出した。

手前てめぇは如何なんだよ』

正直驚いた。云われた言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。でも、

(好き、か・・)

そう表情を落とさずには居られなかった。

『うんうん、君にはやっぱり赤だよ』

其れは遠い過去に云われた言葉だ。あの人が、赤が似合うと云った。だから屹度、新しい服を見に出掛けようとも赤色しか見えない。

其れはあの人からの呪いの一つだ。振り払おうとも振り払えない呪い。現に赤いワンピースを着て、仕舞いには赤い死神だなんて呼ばれる始末だ。

つくづく自分が厭に成る。私はあの日から変わってない。あの人が居なくなってしまった四年前から。もうずっと、あの人の影に囚われた侭だ。

(もう酔ってる)

横を見ればもう既に顔から耳から真っ赤の中也が居る。いつも思うが、彼は酒好きの割には其れに弱い。進み具合ペースが早いのも有るが、寝床ベッド迄毎回引き摺って行かなければいけない此方の身にもなって欲しいと思う。まぁ最近は疾風が連れて行くのだけれど。

・・中也の事は好きだ。あの言葉に嘘は無い。だけど其れはポートマフィアの皆に対する好きと変わらない。否、もうコンビを組んで四年だ。彼等よりかは頭一つ二つ飛び抜けて居るのは確かだ。

だが其れが恋愛感情かと問われれば疑問だ。だって私が彼を好きに成ろうとも触れる事も触れられる事も無い。其れでその感情が成立するかと言えばノーだ。

だから、そう思わざるを得ないのかも知れない。あの人以外私に触れる事が出来ない。あの人が私に与えた、二つ目の呪いだ。

「おーい、もう寝んのー?」

フォークで其の頬を突けば、「痛え」と小さく声がした。其れで食後の後菓子デザートを口に含む。

(あ、美味しい)

再び口元に手を当ててそんな事を思う。

「ねぇ中也、此れ美味しいから食べて見てよ」
「・・あぁ?」

そう云えば机に伏せた顔が僅かに上がった。其れに乗せた後菓子デザートを中也の前に持って行く。一瞬中也がナマエの顔を見れば「ほら」とナマエが催促する。渋々開けた口に其れを押し込めば、中也が頬杖を付いて噛み締めた。

「・・甘え、」

其の頬の赤みは酒か其れとも。だがそんな中也にナマエは笑う。「だって洋菓子だもの」と。