「はぁ・・っ、はぁっ」
ナマエは走っていた。傷は消えてもまだ僅かに身体の中がチクチクと痛む。だがそんな事を気にしている暇も余裕も無かった。
(如何して・・!)
浮かぶ言葉は其れだけだった。
◇
「お疲れ様、敦君」
皆で敦と太宰を迎えに行った。其処には鏡花と社長の姿もあった。
「なんだい敦、怪我してるじゃないか」
「い、いや!大丈夫ですこの位!」
「遠慮するんじゃないよ、妾は医者だよ」
「知ってますよ!」
「また派手にやられたな」
皆が敦と鏡花に声を掛け、皆終わった戦いに安堵を浮かべ明るい声を上げながら探偵社へと帰って行った。
「あれ、太宰さんは」
そして漸くそこで一人姿が足りないのに気付いた。先程まで居たのに、と皆は首を傾げる。
「!」
すると突然探偵社の電話が鳴った。
「は、はい、此方武装探偵社です」
敦がまだぎこちなさそうにその電話を耳に当てる。そしてその表情が見る見る内に驚きに変わっていく様子に皆は静かに敦を見詰めていた。
「探偵社の人間とマフィアの人間が戦ってる・・!?」
「!」
「はい、それってこの近くの公園ですよね」
「・・っ」
「ナマエ!!」
敦がまだ電話対応をしていたが、ナマエは既に走り出していた。国木田の呼ぶ声が聞こえたが、聞こえていない振りをした。
(真逆・・!)
確証はない。だけど胸が騒ついて仕方なかった。探偵社で居ない人物はただ一人。彼を殺したい人間なんてマフィアには五万といる。
だがこの組合との異能戦争が終わった直後と云うタイミング的にも、その相手は一人しか浮かばなかった。
「中也・・っ!」
息も絶え絶えになりながらその名を呼んだ。そして探偵社の近くの公園、それを探して三つ目の処で漸くその姿を見つけた。
「・・なんで」
先に太宰の姿を見付けた。此方を向いている太宰は既に負傷し、その口元から血が流れている。そしてナマエに背を向けている人物、それは彼女と同じ外套を靡かせた彼だった。
「中也!」
「!」
ナマエがそう声を上げれば、驚いたその空の青色の瞳がナマエを捉えた。
「ナマエ・・!」
「!」
だが中也がナマエを見付けた瞬間、太宰がその隙をついて彼に脚を振り上げた。真面に食らった中也は吹き飛び、小さく舌打ちを漏らす。
「余所見は戦いに於いて死活問題だよ中也」
「手前・・っ!」
そんな二人のやり取りを茫然と見詰めた。二人は何故戦ってるのか、何の為に、如何して。そんな言葉が頭を駆け巡る。
「待ってろよナマエ」
「!」
起き上がり口元を拭う中也の言葉にハッとした。
「此奴を殺して、手前を連れて帰る」
「・・っ莫迦!私は自分で!」
「関係ねぇよ」
太宰から目を離さずに中也はフッと笑った。
「手前が俺を殺す?上等だよ」
「何云ってんのよ・・」
「惚れた女に殺されるなんて、本望だろ」
中也の言葉にナマエは思わず言葉を詰まらせた。理解が追いつかなかったからだ。
「大体、そんな簡単に死なねえっての」
「・・っ私が触れたら死ぬんだよ!?」
「だから良いって云ってんだろ!」
「良い訳ないでしょ!?本っ当莫迦!」
「あァ!?煩え!手前に云われたくねぇんだよ!」
二人はいつの間にか向き合って声を上げていた。
「私の何処が莫迦だってのよ!」
「全部だ莫迦!」
「はぁあ!?」
「なんで手前が先に云うんだよ!」
「なんの話しよ!」
「好きだって云ってんだよ!」
「!!」
その言葉にナマエの中に何かが走った。それは衝撃か、衝動か、駆け出したいのに足に根が生えたかの様に動かない。瞬きさえも忘れた。
「ずっと好きだった女が自分を好きだって云ったと思ったら。なんだよ、さよならって・・っ」
巫山戯んな、と中也は俯いて拳を握り締めた。
「触れたいだなんてなァ、俺はもうずっと・・何年も思ってんだよ!」
「嘘・・」
「其れでも傍に居られりゃ良かったってのに・・手前は・・っ」
「中也・・、」
ナマエが中也へと足を一歩踏み出した時だった。
「太宰、さん・・」
ナマエの前に一発の銃弾が撃ち込まれた。驚いてその先を見れば、冷酷に笑う太宰がいた。
「君はもう探偵社の一員だ。それ以上の接触は赦さないよ」
「太宰、手前・・っ!」
それに中也が駆け出す。太宰に異能は効かない為中也は体術で、そして中也に体術だけでは敵わない太宰は取り出した拳銃を合わせて二人はその火花を散らす。
「漸く手前殺せる!」
「中也が私を殺す?片腹痛くなる冗談は止めて欲しいな」
ナマエは動けずにいた。オマケに声も出ない。二人が戦っている事にも原因はあったが、先程の中也の言葉が耳に纏わり付いていた。
(中也が、私を好き・・?)
そう心で呟いた瞬間、彼から貰った言葉が死期が近い訳でも無いのに走馬灯の様に駆け巡った。否、死期が近いのかも知れない。
(如何して、気付かなかったの)
彼の云う通り、自分は矢張り大馬鹿らしい。中也は優しい、意外と面倒見も良かったりする。部下も大事にするし仕事もキチンとする。
だから、自分が特別だと気付かなかった。相棒だからと一まとめにしてしまっていた。
(本当、莫迦だね・・っ)
それなのに自分の気持ちを云うだけ云って別れを告げた。彼の為だと思ったのに、結局は彼の気持ちなんてこれっぽっちも判ってなかった。あんなにずっと傍に居てくれたのに。
自分の言葉にどれ程彼は傷付いたのだろうか。自分が太宰を失った時の様な絶望を彼も感じてしまったのだろうか。そう思うと申し訳なくて涙が出た。
「うわああん!お母さああん!」
「!」
ふと直ぐ傍で子供の泣き声がした。パァンと一発の銃声が鳴る。
「っ、!」
「!」
それを中也が避け、その背後を見て目を見開いた。弾道に子供の姿があったからだ。それに中也とナマエは冷や汗が顳かみを伝った。だが二人の距離から子供まで間に合わない。
「・・っ疾風!」
ナマエがその名前を呼んだのと、彼女の身体にその銃弾が食い込んだのはほぼ同時だった。
「・・っ」
「ナマエ!!」
ナマエが背後の子供の無事を確認して痛みに膝を付く。子供は恐怖に怯え公園から去って行った。
「・・残念、避けないと思ったんだけどな」
「手前、正気かよ・・っ」
「私は中也を買い被っていた様だよ」
太宰は敢えて子供を狙った。それに中也が気付けば弾道上にいる中也に弾が当たると踏んだからだ。だがその予想は呆気なく外れた。
そして負傷したナマエに駆け寄ろうとした中也の背にその銃口を向けた。そんな太宰に中也は顔を顰めた。
「まぁ良い、彼女も怪我してしまった様だし今日は引き分けとしようじゃないか」
「・・巫山戯んな」
そう云って銃を降ろした太宰へと向き直った中也は俯きその拳を握り締めた。
「手前は今この場で殺す・・!」
「・・如何やら本気で怒らせてしまった様だね」
中也のその殺気に太宰が冷や汗をかきながら苦笑いを零した。
「・・めて」
二人が再び戦いを繰り広げる中、腹部を抑えて座り込むナマエはか細くその口を開いた。
「やめてよ・・」
だがその声は二人には届かない。
「なんで・・っ」
俯いたその瞳から涙が溢れ地面に跡を残した。彼女の脳裏には、三人で過ごした日々が浮かんでいた。
自分達は一つのチームだった筈だ。互いの背中を護りあって戦場を駆け抜けた筈だ。なのに、如何して。
「やめて・・!」
そう顔を上げれば、中也が太宰にその手刀を振り上げた処だった。
「っ疾風!!」
半ば叫ぶ様に呼んだその瞬間、ナマエが消えた。
「!!」
「なっ・・!」
「っ、」
二人の間に風の如く現れたナマエに、中也と太宰は目を見開いた。
「ナマエ・・」
思考が停止した。何が起きた?自分の手を見ればそれは彼女の胸に突き刺さっていて、目の前が暗闇に襲われた。
「なんで、何でだ・・っ!そんなに其奴が良いのかよ!こんな・・っ」
そう混乱する様に声を上げる中也にナマエは痛みに顔を歪めながらも口を開いた。
「ごめ、・・でも、あんたにこの人を・・殺して欲しくないの」
「・・っ」
中也の腕がナマエが太宰に倒れ込んだ事に依って抜けた。太宰が携帯を片手に焦った声を上げていた。中也は唯茫然とナマエを見下ろしていた。
そんな中也にナマエは口元から血を滴らせて、それでも笑った。
「ごめんね・・−−中、也」
中也に伸ばされた手が、地に堕ちていった。