「どー?そっちの状況は」

−−横浜。海に面した栄えた其の土地が彼等の戦場であり、生きる場所だ。

其の一角の港場、其処に彼等はいた。

「如何もこうも、きな臭くて仕方ねぇ」

無線越しに中也は其のカビ臭い辺りを見回しながら舌打ちを漏らす。そんな彼の言葉に小さく「そう」と呟いてナマエは壁に背を預ける。

「裏口は如何だ」
「変わり無し」

中也の言葉に短くそう返して、ナマエは空を見上げる。

(もう直ぐ陽が暮れる)

赤く染まった空に自分の同色のワンピースが同化しそうな感覚を覚えて、思わず目を細めた。

「!」

途端、耳元と背後の建物からけたたましい銃声が鳴り響いた。其れに一つの息を吐く。どうか、此の扉が開きません様に。と

「・・あーあ」

だが其の小さな願いは脆くも叶わず、大きな扉が動き出した。

「ポートマフィアが出て来るなんて聞いてねーぞ!」
「いいから早く逃げろ!」
「くそ!此の扉開くのに時間が・・」

焦った彼等の声がピタリと止んだ。彼女の靡く赤が目に入ったからだ。

「・・赤い、羽衣」
「まさか!じゃあ此奴があのポートマフィアの」

震えながら云う彼等の言葉に、ナマエは口元に弧を描く。

「疾風、」
「!」

彼女が呟けば風が吹いた。其れに呆然とする一人の男。耳に聞こえた水とは明らかに違う液体が飛び散る音、物質が其の重力に平伏す音に、恐る恐る振り返れば辺りは血の海だった。

男は思わず腰を地に付け、彼女に乞う。命だけは、と。

其れにナマエは一歩、また一歩と其の距離を縮める。彼の絶望に満ちた表情に一瞬顔を歪めて、ナマエは彼の前に到着すると其の目線を合わせる様に膝を地に付けた。

「・・・」

怯えた男の頬にそっと触れた。其れに男は目を見開き、瞳に僅かな希望が生まれた。

「助けてくれ、るの」

そして男は其の瞳の侭、背中から散り行く様に灰になって逝った。


"異能力−−唯哀事勿れただかなしむことなかれ"


そっと立ち上がり、其の灰が舞い上がる空を見上げた。

「せめて、唯安らかに」

手の平を掲げれば、其処に風が纏わり付いた。

「疾風、擽ったいよ」

其れはまるで彼女の言葉を理解して居るかの様に、彼女の服や髪を靡かせる。其れにクスクスと声を漏らして、目を閉じる。

「・・神は望む物を与えず、望まぬ物を与える」

何処かで読んだ本に書いてあった一節だ。人は其れを試練と呼び、其の先に望む物が有るのだと夢を見る。

其れが所詮夢で有る事を知らずに。

「私は大丈夫、貴方がいるし。其れに」

そう云って建物から聞こえる足音に目を向けた。

「お疲れ、中也」

そんな彼女の言葉に、中也は少し不機嫌そうに短く「ああ」と呟いて其処に転がった屍に目をやる。

「ったく、誰だ此の中に異能力者が居るなんて偽情報ガセネタ流した奴は」
「中にも居なかったんだ」

舌打ちを漏らす中也に、ナマエも転がる屍を見る。八裂きとは此の事か。辛うじて形を保って居る彼等も異能力者では無かった。

「ああ、幹部二人が出揃う迄もねーな」
「結果的にはね」

ナマエはそう云って徐ろに携帯を取り出して其の耳に当てた。二回程音がして、ガチャリと別の音が鳴った。

「ナマエです」

ナマエは其の音にそう言葉を紡いで、完結的に電話の相手へ状況を説明して行く。

「はい、分かりました。・・え、待って首領ボス
「?」

だが途端に混乱した様に、慌てた様に声を上げるナマエに端から見ていた中也は首を傾げる。

「は!?ちょ、詳しく・・!」

音が途切れたのか、ナマエは携帯を耳から外しギリっと音を立てて握り締めた。

「あの幼女趣味ロリコン野郎・・!」
「・・おいおい、首領ボスは何だってんだよ」

今にも携帯を投げ付け兼ねないナマエに、中也は落ち着けと言わんばかりにそう云った。

「鎮圧任務だって、西方の」
「はあ!?」

然も今日、と言葉を付け加えるナマエに、中也は先程のナマエに納得した。思わず帽子に手を触れて頭を抱える。

「そりゃまた随分急だなおい」

そんな中也にナマエも笑うしかないとため息を吐いて携帯をしまった。

「んなもん芥川辺りにやらせりゃ良いのによ」
「彼に鎮圧は向かないでしょ」

無関係の者まで殺し兼ねない、と云うナマエに「問題児め」と中也は視線を明後日の方向へ向ける。

「其れに彼は今人虎を追って探偵社と切った張ったしてる様だしね」
「・・・」

そう云ったナマエに中也はチラッと視線を向ける。其の横顔は付き纏うしがらみに痛む様に歪み、其の瞳に僅かな哀しみが潜んでいた。

そんな彼女を見て、中也は心で舌打ちをする。こんな時、掛けてやる言葉も浮かばないなんて、と。

「そりゃ忙しいこったな」

俺達程じゃないけどよ、と上空に到着したヘリコプターを見上げて云う。

「・・そうだね」

結局自分には此の顔を晴らす事が出来ない。其れがもどかしくて仕方ない。其の表情に気付かない振りをして、中也はギュッと其の拳を握り締めた。








唯哀しむ事勿れ【ただかなしむことなかれ】
−−筆者 ミョウジナマエ
主人公が愛した女性を苦悩から救う為に殺害し、自らも命を絶つ恋愛小説。
異能力−触れた者に命を与え、命を奪う。奪われた者は灰と成る。