「私を此処に置いて下さい」
次の日、探偵社にてナマエはそう云って武装探偵社社長−−福沢諭吉に頭を下げた。
其の様子を探偵社員一同が見守る中、福沢諭吉はその鋭い視線をナマエに向け口を開いた。
「マフィアには君を待っている者が居るのでは」
福沢の言葉にナマエは顔を上げた。
「彼は君の治療を受け持った与謝野に、敵であるにも関わらず頭を下げた」
「・・・」
「其れを捨て置くのか」
真っ直ぐにナマエを見詰める瞳。それは彼女を試すかの様に言葉を紡いでいく。
「彼を護りたいからです」
福沢の言葉にナマエはそう云って笑った。その言葉に福沢は「そうか」と答えた。
「・・だがうちの社員には君に襲われた者もいる」
福沢はそう云って敦を見詰めた。それに釣られてナマエも敦を見詰めた。「ぼ、僕ですか」と敦は肩を揺らす。
「判っています。一人でも反対するのでしたら此処には居られない」
「その時は如何する心積りだ」
「その時は・・」
ナマエは少し俯いて考え、そして困った様に笑った。
「旅にでも、出ようかな」
答えは無かった。もうマフィアに戻るなんて出来ない。かと云って探偵社にも居られないとなれば居場所は無い。ならば、と考えたがそんな素っ頓狂な言葉しか浮かばなかった。
「そうか」
「はい」
ナマエの言葉に福沢は再び皆へと視線を向けた。
「皆は如何思う」
その言葉に皆が敦を見詰めた。それに気付いた敦は緊張した面持ちをし、そして意を決した様にナマエへと進んで行った。
「ナマエさん」
「・・・」
面と向かった真剣な表情の敦をナマエも真っ直ぐ見詰めた。殺されてもおかしく無い。その瞳は覚悟を含んでいた。
「貴女は優しい人です」
「!」
敦から出た予想もしていなかった言葉にナマエは目を見開いた。
「だから、もう一度」
そう云って敦は微笑みながら彼女へと手を差し出した。
「宜しくお願いします、ナマエさん」
それに太宰がナマエの肩に触れた。そんな彼に目線を送れば、柔らかい笑顔を浮かべていた。
「ありがとう、敦君・・」
そっとその手を取って、ナマエはその瞳に僅かに涙を浮かべて笑った。
「だが、今は戦争中だ」
其れを見届けた福沢が再び口を開いた。
「一時的な停戦をしているにしてもマフィアとの交戦は何れ来るだろう」
ナマエは福沢の言葉を真剣に聞いていた。
「元同僚達と戦えるのか」
最後の質問だった。それにナマエはギュッとその手の平を握った。
「それでも、戦えとは云っても殺せとは仰らない」
そうですよね、とナマエは口角を上げた。そんな彼女に福沢はフッと笑った。
「話しは終わったな」
「あ、あの!」
踵を返す福沢にナマエは咄嗟に声を上げる。
「ありがとうございます」
そう云って深々と頭を下げた。それに福沢は一つ笑みを零して去って行った。
「・・ふう」
頭を上げてナマエはそう一息漏らす。
「良かったね」
「はい」
背後から太宰がそう云って顔を覗かせる。それにナマエは微笑んで返事をした。
「あ、あのナマエさん」
ふと敦がそう云って小さな袋を手渡した。
「俺からもだ」
それに便乗する形で国木田も紙袋をナマエに手渡す。
「なんだい、皆して。まぁ妾はあんたの服だよ」
戦闘でボロボロになってたから似た様なのを買って来た、と与謝野も服の入った袋を手渡した。
「皆さん・・如何して」
「え!えーっと、何でですか国木田さん!」
「何故俺に振る!?否断じて昨日の一部始終を聞いていた訳では・・」
「く、国木田さんも!?」
「なに!?なら敦もか!」
そんな二人のやり取りにナマエは「成る程」と思った。探偵社の下宿。そのベランダで話せば静かな夜。寝ても居なければその声は筒抜けだったのだろう。
オマケに散々大声で泣いてしまった。それを二人は聞いていたのだろう。
「済みません、何か気を遣わせちゃって」
「違うんですよ!気遣ったとかじゃなくて!ねぇ!国木田さん!」
「だから何故お前は俺に・・!だが断じて気を遣った訳では・・」
「はいはーい、二人ともナマエちゃんが探偵社に入って嬉しいんだよね」
太宰の言葉に二人は黙りそっとナマエを見詰めた。
「大丈夫ですよ、僕等がいます」
「・・敦の云う通りだ」
二人の言葉にナマエは思わず茫然とした。云われた言葉を理解するのに時間が掛かったからだ。
「ナマエさん、これ」
「それ、は・・」
そして谷崎が差し出したモノ。それは彼女が着ていた外套。彼から貰ったそれだった。
「血塗れだったんですけど、洗えばまだ着れるかなって思って」
綺麗に折り畳まれた其れを、ナマエは両手で受け取った。
「・・っ」
思わず外套に顔を伏せた。もう匂いは完全に消えてしまっていた。だけど、それでも僅かに彼を感じた気がして涙が出た。
「皆さん、ありがとう」
顔を上げてナマエは笑った。今自分に出来る精一杯の笑顔で。