「おい太宰、如何したらこうなる」
「んー何かな国木田君」

国木田は目の前の光景に思わず思考が停止する。思考を動かそうと試みたがどう頑張っても答えは出ずに結果停止させていた。

「何故病み上がりでマフィアの彼女が報告書を書いている」
「何故って、見れば判るだろう?」
「否、判らん」

即答する国木田に太宰は自身の右手を上げた。それに連動してナマエの左腕が上がる。そこには彼が何時も巻いている包帯がぐるぐると巻き付けられていた。

「私は利き手を塞がれている。彼女は利き手が空いている」

其れだけの事だよ、と太宰は笑う。その間もナマエの右手は横の太宰がまるで空気かの様に報告書を書き進めていく。

「・・出来た」

ふう、と一息吐いて彼女は国木田にその報告書を手渡した。

「一応確認して頂けますか」
「あ、ああ」

慣れた手付きでそう云うナマエに、国木田は思わず其れを受け取りパラパラと捲っていった。

「・・此れをこの短時間で書いたのか?」
「彼女は戦闘でも優秀だけど事務作業も優秀なんだよ」
「良く太宰さんの報告書を書いてましたから」
「・・成る程な」

ナマエの言葉に国木田は納得した様にその眼鏡をかけ直す。

「・・其れに一年もの間皆さんにお世話になってしまったみたいですし、何かしないと申し訳なくて」
「・・は?」
「え?」

ナマエの言葉に国木田はかけ直したばかりの眼鏡がずり落ちるのが分かった。横目で太宰を見れば何の唄か判らない鼻唄なんて歌っていて思わずため息をが漏れた。

「お前が眠っていたのは精々一週間だ」
「・・は?」

ナマエは国木田の言葉に目を瞬かせる。そしてその表情のまま太宰へと視線を移した。

「そうだったかな」
「太宰さん!?」

そんな遣り取りに国木田は盲目とは恐ろしいと思う。太宰に依って彼女の生い立ちや此処に至るまでの経緯は探偵社員に話されていた。

そして同時にあの日、組合ギルドと対峙した日を思い出す。敦を「殺せ」と呟いていた悲痛な表情の彼女を。

「まぁ良いじゃないか、君には此処の仕事を覚えて貰わないといけないしね」
「はぁ!?」

太宰の言葉に国木田は思わず声を上げ、ナマエは言葉にならない程驚いている。それはまるでこの先も彼女が探偵社にい続ける様な云い方だったからだ。

「君なら大丈夫だよ、優秀な私の部下だからね」
「否、彼女が優秀だとかそう云った事を云っているんじゃないだろう!」

ニッコリ笑う太宰に国木田はバンッとその机に音を立てて手の平を置いた。

「彼女はマフィアだぞ!」
「私も元マフィアだ」
「彼女は現マフィアだ!」
「此処に来れば元マフィアだろう?」

太宰の言葉に国木田は「ぐっ」と言葉を詰まらせた。

「・・だから、私を"繋いで"いるんですか」

俯くナマエは太宰と触れている左手にギュッと力を入れた。そんな彼女の手を触れている右手で太宰はそっと包み込んだ。

「此処なら誰かを殺せと命令される事はないよ」
「!」

太宰の言葉にナマエは僅かに顔を上げた。

「くだらない面子に縛られて仲間を見捨てる事もない」
「・・っ」
「私が居れば君は触れたいモノに触れ、感じる事が出来る」

畳み掛ける様に、でもそれでも優しく諭す様に太宰は言葉を並べていく。それにナマエは表情を歪め目を閉じた。

あの日、探偵社ここに来た時の事が脳裏を過ぎった。此処に居ればあんな日々が続くのだろうか。後ろめたさや罪悪感に襲われる事も、何が罪で何が罰なのかを問い掛ける日々は終わるのだろうか。

自分でも平和な日々が過ごせるのだろうか。遥か昔に家族と過ごした日々の様に。

否、そんなモノはもう振り切った筈だ。だってそれを受け入れてでも、それを正当化してでも、彼の傍に居たいと思ったから。

「君は、中也が好きなんだろうね」
「!」
「だから人を殺しても消えた命を見て見ぬ振りをする」

太宰の言葉に思わず顔を上げた。其処にはいつに無く真剣な表情の太宰がいた。

「君はそれで、本当に幸せかい?」
「・・幸せ、です」
「嘘だね」

即答する太宰にナマエは顔を顰める。そしてそんな彼女に太宰は「それに」と言葉を付け足した。

「君のその想いは、何れ中也を殺すだろう」
「なっ!?」
「他でもない、君の手に依ってね」

そんな事ない、言葉は出なかった。彼の言葉は忠告では無い。警告だ。それはその表情から痛い位伝わって来た。

「選択肢は君にある。良く考えるといい」

太宰はそう云ってナマエの左腕を解放した。瞬間、彼女の周りを優しい風が吹いた。

それはまるで、彼女を慰めるかの様に表情の消えた頬を撫でた。