「こんな処に隠れてるのか」

外部の人間に探偵社の社長の暗殺を依頼した。だが其れは当然の如く失敗に終わっていた。だが刺客の袖に付けた放射性追跡元素スカンジウムマーカーが隠れた探偵社達の居場所を知らせた。

辿り着いた講堂に通常入り口は無く、地下の廃路線を中也は一人歩いていた。目的は探偵社と組合ギルドを衝突させ、ポートマフィアは高みの見物をする為の情報を彼等に渡す為だ。

既に組合ギルド側への情報提供は終わっている。正直情報を渡した男二人の内何方か、若しくは二人が彼奴あいつを傷付けたかも知れ無いと思ったら手が出そうになった。

だが其れではこの作戦の意味がない。異能力者二人に無傷で帰る事は難しいだろう。況してや手負いとは云えあの異能力を持った彼女が重傷を負う程の敵だ。迂闊に手は出せ無い。

暫く歩けば自動迎撃銃座が起動して彼の胸元に標準が合わさる。其れに気付いて攻撃すればそれは容易く壊れた。

何事もなかったかの様に歩けば二人の探偵社員が姿を現した。それはあの日探偵事務所にいた二人に間違いは無かった。

核心を外し、完結的に手短に要件を告げる。そうすればその核心を欲した探偵社は、一人の男は線路を力任せに剥がし、一人の女は大きな鉈を構えた。

「・・矢っ張り仕事はこうじゃねぇとなァ」

明らかな敵意に口角が上がった。そして男の破天荒な攻撃を避け蹴り飛ばす。着地の瞬間背後に女の気配を感じて天井へとその足を付けた。

「矢っ張りあんたが重力遣いの中原中也だね」

この前探偵社に来た、と女は呟く。

「チッ、太宰の兵六玉が喋ったか」

一度顔を見られた上に太宰がいる。自分の情報は探偵社には筒抜けと云っても過言では無い。だが筒抜けだからと云って倒される程弱くは無いと自負している。

「さァ、重力と戦いてぇのは何方だ?」

地面にヒビを走らせながら着地すれば、二人は冷や汗をかかずにはいられない。

そして監視システムから探偵社社長である福沢諭吉が声を上げた。「何を隠しているのか」と。それに対し中也は「何も」と笑みを浮かべて答えた。

「やぁ素敵帽子君」

福沢諭吉とは別の人物の声がシステムから聞こえた。彼は云う。組合ギルドも罠は承知だった筈。なのに何故それを引き受けたか。それは偏に其の彼等を"釣った餌"が余りにも魅力的だったからだ。

「何で組合ギルドを釣った?」

それに対し中也は平然と探偵社が避難させた"事務員の居場所"を教えたと云った。直ぐに避難させれば間に合う上に組合ギルドは探偵社が動く事を知らない。楽勝だ、と彼は呟く。

「自分達は汗ひとつかかずに二つの敵を穴に落としたって訳かい」
「穴だと判っていても探偵社は落ちずにはいられねぇ」

首領ボスの言葉だ、と中也は冷酷に笑った。そして要は済んだとばかりに中也は踵を返して行く。それを二人は見張る様に見詰めていた。

「・・なんだい、まだ要があるのかい」

ふと足を止めた中也に女はそう持っていた鉈を握る手に力を入れる。

「・・彼奴あいつは此処にいるのか」
「・・その事だろうと思ったさ」

僅かに振り返って問い掛ける中也に、女はため息を吐き鉈を下ろした。

「あの子は探偵社にいるよ。まぁ、まだ目覚めちゃいないけどね」
「・・そうか」

そう云って顔に影を落とす中也に、女は「やり辛いね、どうも」とため息を吐く。

「与謝野とか云う医者は此処に居るのか」
「あ?そりゃあたしの事だが」

女の探偵社員−−与謝野晶子は「なんだ」と首を傾げた。

「・・彼奴を助けてくれた事、感謝する」
「!」

中也は「そうか」と呟いて身体を与謝野へと向け、そう云って頭を下げた。それに与謝野のみならずそれをシステム越しに見ていた福沢諭吉も驚きの表情を見せた。

「ポートマフィアの特使よ」
「!」

ふとシステムから福沢諭吉の声がした。驚いて顔を上げればレンズが僅かに光を放った。

「現在、事務所に人はいない」
「!」
「その隙に虜囚を奪還されようとも此方は出だしは出来ん」

そんな福沢の言葉に中也は思わず苦笑いを零す。「随分甘い組織だな」と。

「・・生憎、此方は幹部二人失って忙しい。連れ帰ったとしても傍にはいてやれねぇ」

それに、彼女が急変してもマフィア側では手のつくしようが無い。

「今後彼奴が戻って来る為にも、其方に置かせて貰う」
「・・此方側が彼女を殺すとは考え無いのか」

福沢の言葉に中也はハッと笑った。

「太宰にそれが出来るとは思えねぇ」

こんな提案をして来る手前てめぇらにも。そう云って中也は今度こそその場を後にした。

「全く、マフィアに礼を云われる日が来るとはねぇ」

中也が消えた其処で与謝野は遣る瀬無さそうにそう呟いた。

「余っ程大切なんでしょうかね」

中也を迎え撃ったもう一人の探偵社員−−宮沢賢治は幼げな表情のままそう呟く。

「敵に頭を下げる位だ。・・本当、やり辛いね」

まだ目覚めた訳でもないってのに、与謝野はそう表情を顰めて呟いた。

「太宰の奴は」
「矢っ張り毎日顔出してるみたいですよ、彼女の処に」

宮沢の言葉に与謝野は「そうか」とだけ呟いた。