「だーかーらー!平気だってば!」
「煩え!良いから無線機だけは付けとけ!」
「あーもう煩い!本当ハゲろ!ハゲちまえ!」
手前てめぇ・・!」

探偵社、組合ギルド、そしてポートマフィア三社の全面戦争が始まった。ポートマフィアの首領ボスである森鴎外は敵対者の徹底的排除の命を下した。

「紅葉さんの雑用だけだってば!」

今日彼女に云い渡された任務は泉鏡花奪還の補助。先ずは彼女の持つ携帯電話への介入を可能にし、そして万が一の時の為の予備兵を率いる役だ。

「運転手みたいなモンでしょーが!」
「それでも、探偵社と顔合わせんだぞ!」

そう、泉鏡花奪還と成れば恐らく誰かしらとは交戦する刃目になるだろう。あの日、あの中にいた人物が誰かしら。

それはナマエも重々承知していた。それでも与えられた任務に拒否権なんて無い。

「・・私が行く頃には、紅葉さんが殺してるよ」

とてもじゃ無いが、あの中に紅葉の異能力である金色夜叉に敵う者が居るとは思え無かった。奇襲な上に探偵社も組合ギルド対応に追われている筈だ。

携帯電話会社への襲撃さえ終えれば今日の任務は終わったも同然だと思われた。

「中也も別の任務有るんでしょ」
「あ、おい!話しはまだ」

ナマエは「時間だ」と行って中也に背を向ける。そんなナマエに中也は声を上げた。

「無線機は付けるよ、其れでいーでしょ」
「・・なんかあったら直ぐ連絡入れろよ」
「分かってるよ、相棒」

フッと笑ってナマエは手を振った。其れを中也はその背中が見えなくなるギリギリまで見つめていた。

「・・気を付けろよ」

厭な予感を拭えないまま、中也もまた、ナマエとは別の道へと歩き出した。





「紅葉さん、泉鏡花の持つ携帯電話への介入が可能と成りました」

携帯電話を耳に当て、今回の任務の責任者でもある紅葉へと連絡を入れる。

「彼女は現在市内にある法廷を出、近くの公園内へと足を踏み入れた模様です」
『そうか、ご苦労じゃった』
「では、我々も其方へ向かいます」

紅葉の返事を聞いてその電話を切る。

「行くよ」

そう彼女が一言云えば、黒づくめの男達は一斉に彼女の後に続いた。

(探偵社、か)

数日前の事を思い出した。皆気心知れた様に仲が良く、こんな自分でもすんなりと受け入れてくれた。もし、もし太宰が自分を拾った時にあの場所に既にいたのなら、自分は彼処に居たのだろうか。

(・・バカバカしい)

そんな自分の考えを振り切る様に首を横に振った。正直、彼等を躊躇いなく殺せる自信は無い。でも戦いに成ってしまったら、殺るしか無い。

其れに、自分が初めからあの場所に居たとしたら、相棒である中也とは敵同士。其れこそ殺せる気がしなかった。

(大丈夫。私は殺るよ、中也)

目的地の公園が見えた処で煩い相棒が脳裏を過ぎった。

「付けるって云っちゃったしね」

ポケットから無線機を取り出し、その耳に当てた。

「・・聞こえる?」
『遅え』

直ぐさま聞こえた声に思わず笑った。屹度ずっと前から其れを付けて連絡を待って居たのだろう。

「今から現場の公園に突入する」
『其処から現状は見えるか』

中也の言葉にナマエは前を見据えた。紅葉と鏡花の背中を確認した。

「ああ、・・もう終わってる」

車を降りてそう一言呟いた。

「紅葉さん、お疲れ様です」
「ナマエか、後は任せたぞ」
「はい」

そして後ろに下がる紅葉と鏡花とは逆に、ナマエは血塗れで倒れている探偵社員の前へと足を進めた。

「あ、貴女は・・!」
「敦君・・」

其処には辛くも彼女の手を握った中島敦がいた。

「ごめん、此れも任務なの」
「ナマエさん!貴女は、それで良いんですか!」
「・・如何いう意味」

敦の言葉にナマエは顔を顰める。

「太宰さんは云ってました。貴女は全てを愛すが故に、全てを消してしまうのだと」
「何を、云って」
「本当は何も奪いたく無い筈だ!其れこそ、小さな猫の命ですら!」
「・・っ」

戯言だ。自分を何も知らない死に損ないの少年の狂言だ。なのに何故か、彼に云われているのに太宰に云われている様な気になった。

「・・其れでも、」
「え?」
「其れでも私は、彼奴あいつといる為に君を殺す・・」

他の命を、何を犠牲にしようとも。そう誓った。あの日車の中で。彼に、もうあんな顔をさせないって。

「じゃないとさ、彼奴本当にハゲそうだし」

硬く握った拳を緩めた。「本当、ごめんね」そう云って目を伏せた。

「殺せ」

ナマエの号令で、部下達が銃を構えた。

「頭下げてくださーい」
「!」

途端、上空に舞う一台の車。それはナマエ達が乗って来た物の一つだ。

「・・チッ」

其れを見て落下地点にいたナマエは後ずさる。

(矢っ張り、来ちゃったか)

目の前には太宰と親しそうにしていた国木田独歩とまだ幼さを残す宮沢賢治が中島敦に加勢した。

「・・マフィアと云う話しは本当だったんだな」

ナマエの姿を見て国木田はそう顔を顰める。

「国木田さん信じて無かったんですか・・?」
「・・信じれるか」

国木田はそう云って掛けていた眼鏡を指で上げた。

「あんな、握手如きで泣く様な女がマフィアだなんてな」
「国木田さん・・」

如何やら彼等は鏡花の携帯電話に着信が有れば信号が出る様細工していた様だった。

「この忙しい時期に」

探偵社とポートマフィアが睨み合った。ナマエはその状況に無線機に手を当て、小声でその先の人物へと語り掛けた。

「ごめん中也、今から衝突する」
『はぁ!?手前さっき終わってるって』
「仕方ないでしょ」

煩いな、と声を漏らしてナマエも戦闘態勢へと入った。一触即発。何方かが手を出せばそれが開戦の合図となる。

「ワァ、タイミング最高」

ふと、全く別の処から声がして皆が一斉に声の方へと振り向いた。

「・・真逆、」

悠々と現れた二人の男。明らかにこの国の者ではない二人の姿にその場に居た全員が脳裏に同じ言葉が浮かんだ。

「紅葉さん、此奴ら・・もしかして」
「ああ、最悪じゃ」

紅葉ですら驚きを隠せず、ギリッと歯を食い縛る。不味いな、と心底感じた。こんな緊張感はかつて双黒と共に異能集団拠点に突っ込んで行った時以来・・否、あの時の危機感を優に超えていた。

組合ギルドの給料分は仕事しますか!」

その陽気な男の言葉にナマエは「矢っ張り」と舌打ちを漏らす。そしてすかさず無線機に手を伸ばした。

「中也、」
『手前!勝手に切るんじゃねぇ!』
「あーごめん、ってか最悪だわ」
『・・何があった』

ナマエの声のトーンから異変を察知した中也も、声を低くしてそう問い掛ける。

「それが」
「ああ、そこ危ないよ」

ふと構成員達がいる場所を男が指を指す。

荷物パッケージが届く頃だから」
「!」

途端、疾風が上空に舞った。

「なに・・、」

上を見上げれば、一瞬何が光った。

「っ避けろ!!」

ナマエが声を上げた直後、彼等の頭上に何が降り注いだ。

「っ、」

ナマエの声虚しくこの場にいた者は消え、代わりに四人の男女が立っていた。

「例の組合ギルドの登場だよ・・っ」
『何!?』

ナマエが顔を顰めて中也に報告をする。其の口元は余りの状況に思わず笑っていたが、顳かみを冷や汗が伝わずにはいられなかった。

「いかん!」

紅葉が直ぐさま察知し、構成員に「撃て!」と命令する。

だが異能力者六人により、その場は瞬時に血の海と化した。