二日後、ポートマフィアは異様な空気に包まれていた。

「ビルが消えたって如何いうことよ」
「んなモン俺だって聞きてぇ」

ポートマフィアのフロント企業が入っていた七階建てのビルが一夜にして消えた。

「これって矢っ張り」
「ああ、組合ギルドだろうな」

ポートマフィア本部ビルの廊下を二人は険しい表情のまま早足に進んで行く。二人だけで無く其処にいる全ての者が二人と同じ表情を浮かべていた。

二日前の探偵社にいた時の電話で中也は「任務だ」と云った。それはその組合ギルドが日本に来ていて、ポートマフィアにも刺客が送られたとの情報が入ったからだ。任務はその刺客の特定と抹殺。彼等だけで無く全ての構成員にそれは通達された。

「遠路遥々ご苦労ですね」
「全くだな」

外に出て他の構成員と連絡を取る。如何やらその刺客は街の裏路地に逃げ込んだ様だった。

「とばすぞ」
「はいはい」

中也の車に乗り込み、シートベルトを装着する。明らかにスピード違反であろうその速さももう慣れつつある。

「・・大丈夫か」
「何がよ」

そうぶっきら棒に返すナマエに、中也は「いや」と言葉を打ち切った。

「・・平気だよ、今は」

だがナマエはそう云って流れる景色に目をやった。そんなナマエに中也は「そうか」とだけ返す。

「駄目そうなら直ぐ呼べよ」
「頼もしい事」

ナマエがフッと笑えば、同じ様に中也も笑った。

「でも刺客如きに首領ボスも外に出てるなんて、大事だね」
「ああ、戦争みたいなモンだからな」
「この前他国の戦争鎮圧して来たばっかなんですけど」
「確かにな」

ふとうんざりして云うナマエの携帯電話が鳴った。

「はいナマエ」

直ぐさまそれを耳に当てる。そして一言二言話してその電話を切った。

「目の前の角で先降りる」
「分かった」

無線機を耳に付け、シートベルトを外した。

「中也は予定通りの場所で待ち構えて、私達が誘導する」
「ああ」

そして車が完全に止まらない内にナマエはその扉を開けた。

「ナマエ、」

駆け出そうとした瞬間、中也がナマエを呼び止めた。彼女は外に半分出た身体そのままに、視線で「なんだ」と彼に問う。

「無茶するんじゃねぇぞ」
「・・分かってるよ、相棒」

本当、心配性はハゲるよ。と笑ってナマエは走って行った。

「心配させてんのは手前てめぇだろうが」

ったく、とため息を吐きつつも、その口元は笑っていた。

正直あの後は如何したものかと悩んだ。だが意外にも普通にする彼女に幾らか安心はした。それが強がりだと分かっていながらも。

『中也、刺客が其方に向かった』

セットした無線機からナマエの声が聞こえた。

「ああ、もう着く」
『了解』

そして既に一部の構成員が待ち構えていた。中也の到着に部下である皆は頭を下げる。

「中也!」
「・・来たか」

無線機越しではないナマエの声が聞こえた。その方角を見れば自分とナマエの間に一人の男が見える。

「俺がやる」

そして男の終着地点、目の前に中也がいる事に気付いた男は瞬時に方向をナマエへと変えた。男を相手にするより女を相手にした方が逃げ道を作れると思ったからだ。

「馬鹿な野郎だ」

中也がそう呟いた途端、男が舞い上がった。

「・・あーびっくりした」
「どこがだよ」

棒読みで路地から姿を現したナマエに中也は呆れながら云った。瞬間、二人の目の前に血塗れの男が降り注いだ。

「また灰にならない。本当、気まぐれなんだから」
「そっくりだな」
「如何いう意味よ」

その時、二つの足音が聞こえた。僅かに男の声と少女の声が聞こえ、その場は静まり返った。

そしてその男が現れた瞬間、中也とナマエを含めた全ての構成員が地に膝を付けた。

「此れが、組合ギルドの刺客かね」
「はい」

その男は他でもないポートマフィアの首領ボス−−森鴎外だ。鴎外の言葉に中也は鴎外を見つめながら一言そう答えた。

「探偵社に組合ギルド、我々も又困難な戦局と云う訳だ」

鴎外はまるで目の前に死体がないかの様にそれを踏み付けて真っ直ぐに進んで行く。彼の通った道に、その紅い足跡が残った。

「最適解が必要だ」

その後ろ姿を中也はジッと見つめた。鴎外が髪を掻き上げ、皆に振り返る。

組合ギルドも探偵社も、敵対者は徹底的に潰して殺す」

其の言葉は、三社の全面戦争を意味した。

「・・・」

中也は横目でナマエを見つめた。薄く開かれた其の瞳に、光は宿っていなかった。